布石
脅威として襲いかかってきた軟体はいっちゃんの手によってただの肉の塊と成り果てた。私は目を背けてしまったが、血の生臭さが嗅覚を否応なしに刺激する。
「軟体を破ったか。さすがはD-20。これは有望だな」
呑気に感心している所長。こいつだけは許せない。
「ふざけるな! いっちゃんを元に戻せ!」
暴走するいっちゃんを見て、満悦そうな所長が私へ振り返る。
「H-14。キミには失望したよ。死にこそしないもののメガエネルギーの恩恵を受け取れないとは。まあいい、いずれ発現する筈だ。気長に待とうじゃないか」
取り巻きが私の両腕を掴む。どこかへ連行するつもりなのだろう。抵抗しようにも銃を持った他の奴らに囲まれているので何もできない。
「お前ら、自分たちが何をしようとしてるのかわかってんのか!」
凄んだところで敵わない。
「元気のいい娘だな。俺達は所長のもと、世界平和のためのお手伝いをさせてもらっているだけだ。それが分からないのなら――――――」
喋っている職員の首をいつの間にか回り込んでいたいっちゃんが掴む。
「うわっ!」
「キシャァァァ!」
そのまま私を掴んでいる者を二人とも投げ飛ばした。
「クカカ、イッチャン、クカカカカ!」
いっちゃんは投げ飛ばした者を追撃し先程の軟体のように頭を握り潰そうとする。
「待て!」
さすがにもう見ていられない。親友がこれ以上罪を重ねるのはなんとしてでも止めなければ。
「もうやめてくれいっちゃん!」
私はいっちゃんの背中に飛びつき羽交い締めにした。
「グギギ……」
とてつもない力で拘束を解こうとするいっちゃん。これでは先に私の骨がオシャカだ。
「頼む! もとに戻ってくれ!」
私の悲痛な叫びは届かない。恐ろしいほどの馬力でいっちゃんは私の腕を振りほどいた。
「ググゴガァ!」
勢いよく床に叩きつけられた。
「ハカナチャン……クカカカカ!」
いっちゃんは私の襟を片手で鷲掴みにし、吊り上げる。両足が浮いた時点で私は詰んだことを悟る。
「や、やめ、あゃ」
もう言葉が出ない。
「いかん、H-14を死なせては駄目だ!」
慌てて止めに入った職員を片手が塞がった状態でも突きと蹴りで返り討ちにするいっちゃん。
一人、また一人と床に転がされていく。
吊られている私もだんだんと目の前が霞んできた。
「ここまでか……」
収用所の外の広い世界。それを自分の目で見て、自分に本当の居場所かあるのか探したい。私には見果てぬ夢だったのだろうか。
「アガッ!?」
突然いっちゃんの背中に石が飛んできた。ダメージにはなっていないだろうが、驚いたいっちゃんは私を解放した。
「ごほっ、がはっ」
急な空気に思わず咳き込む。なんにせよ助かった。
「何だ!?」
所長が神経質そうにあたりを見回す。しかし探すまでもなかった。
講堂の隅に移動したアイが懐から石を取り出し、いっちゃんの背中にぶつけている。
「アイ!」
「お前はそれでいいのかよ! こいつは俺らの友達だろ! 話が通じないならガツンとやってやれ!」
もちろんよくはない。友が道を踏み外した時、標となるのが友の役目だ。
組み合うこともなく遠距離から自分に攻撃を加える彼にいっちゃんもやや戸惑っているようだ。先程からその場で動かない。
とさかにきた所長。取り巻きに命じる。
「あの目障りなガキを捕まえろ!」
再び拘束されてしまったアイ。
「アイ! 待ってろ今助ける!」
しかしアイは私の目の前で立ち尽くすいっちゃんを指差した。
「俺のことはいい! ぶちかませ!」
考えるより先に体が動いた。
「いい加減正気に戻れ!」
私はいっちゃんのに渾身の右ストレートをお見舞いした。




