終焉
特に語ることはありません。下へ。
「お久しぶりです。永劫さん」
「お前、戻ってきてたのか!」
そこにいたのは収用所にいるはずの古賀だった。初めて永劫たちと会った日のままの姿をしている。本当に懐かしい。
「夜分にすいません。久しぶりに帰ってこれたのでどうしてもお二人に会いたくなったんです」
永劫は刹那を呼んだ。赤ん坊を抱いたまま玄関まで出てきた刹那。古賀を見て目を丸くする。そこそこ絵になる。
「古賀……!」
「ご無沙汰してます。刹那さん。お二人が結婚したとは聞いていたのですが、式には間に合いませんでした。すいません」
刹那は古賀の肩をぽんぽんと叩く。
「おつとめだからしかたない……」
「お、この子はお二人の?」
古賀はぐずっている赤ん坊をあやす。なんとか泣き止んだ。
「そう、去年生まれた新しい家族……」
「会長がわざわざ収用所まで教えに来てくれましたよ。話には聞いていましたが、本当に両親にそっくりだ。きっと美形に育ちますよ」
やはり収用所で訓練をしていたようだ。
「戻ってきたということは能力を制御できるようになったのか?」
「ええ、おかげさまで」
「そうかそうか。まぁ、こんなところじゃあれだ。ちょっとあがっていけよ」
永劫は古賀を居間に通した。刹那はいそいそとエプロンを脱ぎ、茎茶を用意する。だいぶ前にドクターSに貰ったものが意外なところで役に立つというミラクル。
「それで? こんな夜遅くに来るってことは何か他に用があるんじゃないのか?」
茎茶を勧めながら、永劫が訊ねる。たしかにわざわざ夜訪れたのにはわけがありそうだ。
「実は聞きたいことがありまして」
「何……?」
赤ん坊をベビーベッドで寝かしつけ、刹那も居間に戻ってきた。古賀の話が気になるようでどことなく楽しそう。丸くなったのか元からなのかはわからない。
「前に永劫さんたちがドクターSについて話してましたよね。こうして能力者となれた身。ご挨拶に伺おうと思うんです。居場所を教えてくれませんか?」
「ごめんな。それは出来ない」
目を剥く古賀。きっと教えてもらえるものと思っていたようだ。
「なぜです?」
「お前のことを信用していないわけじゃないんだが、あの人の秘密についてあまり口外したくないんだ」
静かに語る永劫。うなずく刹那。
「そうですか……それではしょうがないですね」
「悪いな。子どもがもっと大きくなったら復帰するから、そのときはまた一緒に任務に就こうぜ。エリオットも連れてチーム再結成だ。無敵だぜ」
「大丈夫です。もう任務なら始まっていますから」
ボソリと言う古賀。びっくりしたようで刹那と永劫は一瞬固まった。
「え?」
じっと二人を見つめる古賀。ぞっとするような笑みを浮かべている。
「刹那さん、永劫さんとの最後の任務。すなわちお二人の暗殺に参りました」
「なにを言っているの……?」
「会長から全部聞きましたよ。あの戦いのあと、皆さんは俺を厄介払いするため収用所送りを決めたそうですね。毎日毎日DNAを打ち込まれる日々。この苦しさが分かりますか?」
「おい、古賀」
古賀の目が据わる。怒りを滲ませ語気を荒くする。
「黙っててください。なんとか戻りたいと何度も会長には願い出ましたよ。それでやっと許可されたんです。その条件が」
「ドクターSの居場所と俺たちの暗殺ってわけか」
「まぁ、会長には暗殺ができればいいと言われましたが。というわけでお二人とも。ここで死んでください」
「おいおい。冗談きついぜ。変なもんでも食ったか? 会長が俺たちを消せだなんて言うはずないだろ」
「これでも信じませんか?」
瞬間、古賀は永劫に殴りかかった。すんでのところでかわす。
「今のが会長の意志です。これは直々の任務なのですよ」
「刹那! こいつ洗脳されてやがる! なんとか動きを止」
「無理ですね」
突然古賀の体から黒い触手が現れた。禍々しいそれは一瞬で刹那と永劫に絡み付く。Aクラスの二人でも何も対応できなかった。
「これが俺の真の能力。収用所でヤギシフに保存してあった能力者のDNAを無理やり摂らされましたから。お二人でも今の俺には勝てませんよ」
影を操る力に加え、今まで倒れていった沢山の能力者の力を得た古賀。戦いの場を離れていた二人には酷な相手だ。
「だいたいなぜですか! 俺たちはヤギシフのイヌ、忠実な兵でなければならないんです! 今さら家族ごっこなんて何が面白いんですか!」
指一本動かせない永劫たちに怒鳴り散らす古賀。かつて刹那に驚かされていた見習い御庭番衆の面影はそこにはない。
「なんとか言ってくださいよ!」
触手で二人を容赦なく締め付ける古賀。
「こ、古賀。おま、えはなに、も分かっ、ちゃいな、い」
永劫がなんとか声を絞り出す。古賀は締め付けを緩くした。
「今さらなにを」
「人間ってのはな。誰かを愛することでもっと強くなれるんだ。それが分からないお前には俺たちを倒すことなんて出来ない!」
叫ぶと同時に触手を引きちぎり、古賀の腹にきつい一発を食らわせる。刹那も触手を振りほどき、アッパーカットをぶちこんだ。
「ぐっ!」
ボキッという音とともに、壁にめり込む古賀。あばらをやったかもしれない。
「さぁ、観念するんだな」
形勢逆転。誰もがそう思った。
「くくく。だからあんたらは甘いって言ってるんです!」
「え……?」
起き上がった古賀が指を鳴らすと、刹那と永劫の後ろに黒い十字架が現れた。あっという間に磔にされる二人。
それを確認し、古賀は奥の部屋へ行き赤ん坊を抱いて戻ってきた。古賀の腕のなかで赤ん坊は再び泣き出した。
「もしかしたらその磔も突破できるのかもしれませんが、もし、そうしたらこの子の首がころりといきますよ?」
「卑怯なやつめ! その子は関係ないだろ!」
「早く放しなさい……!」
赤子の首をひねるとはまさにこのこと。こうなっては二人は手が出せない。
「もともとお二人にはこれでとどめをさす予定でした。再生の力は厄介ですからね」
そう言って取り出したのは時限装置つきの爆弾。ヤギシフで作られた特注品である。
「永劫さんの再生は面倒ですが、爆散した体に瓦礫が降り積もってはその力も意味をなしませんよね。俺はこれで晴れてAクラス入りがかないました。爆弾は三分後に爆発するのでよろしく」
完全に見える永劫の能力の唯一の弱点をつく古賀。軟体との戦いもあながち無駄ではなかったらしい。
触手がさらに現れ二人を先ほどよりきつく締め付ける。今度こそ脱出不可能だ。
古賀は居間をあとにする、が振り向いて赤ん坊を抱き上げて見せる。
「この子はサラブレッドとして会長と社長へのお土産にしますね。なんてったってAクラスを両親に持つスーパーベビー。きっとすごい殺戮兵器に育ちますよ」
「ぐぐっ……」
永劫が何か言おうとするも、声にならない。刹那はすでに気を失っている。
古賀は靴を履き、家から十分に距離をとる。赤ん坊に語りかけた。
「今まで殺し合いをしていたような奴らが、愛とやらで敵を倒せるかって話だ。さ、お父さんお母さんにさよならを言いな」
いっそう泣き出す赤ん坊。近所に家がないため、誰も出てくることはない。
一方、息を吹き返した刹那と永劫は顔のまわりの触手を噛みちぎり、最後の抵抗をしていた。
「刹那! 大丈夫か?」
「私は平気……でもあの子が……」
悔しそうに顔を歪める刹那。彼女でも脱出は不可能のようだ。
カチコチと時限装置が時を刻む。
「願わくば、もう一度名前を呼んでこの手であの子を抱き上げたかった……」
永劫はなんとか磔から抜けようとするが、かなわない。彼はついに抵抗をやめた。ふうと息を吐いて唐突に切り出す。
「なあ、どうして俺たちの子にあんな名前をつけたか分かるか?」
「私には学がないから……」
小首をかしげる刹那。
「お前は刹那。刹那とは一瞬という意味だ。そして俺は永劫。こっちは永遠という意味。その間に生まれたんだから一瞬と永遠の中間という意味の名前をつけたんだ。お前にちゃんと言うのは初めてだったか?」
時限装置が無情にカチカチと音をたてる。もう爆発までわずかだ。
「古賀もあの子をすぐに殺すつもりはないみたいだ。大丈夫。あの子は俺たちの自慢の子だ! ヤギシフに連れて行かれようが、ちょっとやそっとのことでくたばるはずがない」
それにアレも隠したし、と笑う永劫。
力強く頷く刹那。その瞳には涙が光る。
永劫は戒めを少しずつ解き、腕を伸ばし刹那の手を握ろうとする。刹那もほとんど動かないはずの腕を永劫へ伸ばす。その距離はどんどん縮まり、そして……。
ついに家が爆発した。焼け焦げた表札が古賀の足元へ。拾い上げて、赤ん坊の靴下に縫われた名前、服のイニシャルと見比べる。それらを読み上げて古賀はニヤリと笑った。
「H・A。朝霧儚か。朝霧刹那と朝霧永劫の間に生まれた子どもが儚とはなんとも詩的な」
古賀は儚を抱きかかえ、待たせていた車に乗り込んだ。
1994年8月31日。朝霧儚、一歳の誕生日前日の出来事。
~二章 二人の少女に続く~




