事件の始動
プログラムを組んだあの日からわずか1週間後、武蔵は突然会社を休んだ。武蔵は無断欠勤をするような人ではない。それは僕を含め会社に勤めている全員が知っていた。無断欠勤が続いて7日目の夜。「武蔵、今日も来なかったですね。これで1週間ですよ。」同期の信濃が声をかけてきた。彼は武蔵の知り合いで、営業部に勤めている。僕が人懐っこい笑顔が特徴的な彼を覚えていなかったのは、僕は営業部に関わりがないのと同期の名前と顔を武蔵しか覚えていなかったからだ。最近こうして武蔵の共通の知り合いとして話すことで彼のことについて分かってくるようになった。「武蔵何してるんですかね。」本当にそうだ。1週間も無断欠勤をして。今度来たときはうんざりするくらいまでこの1週間の話を聞き出してやろう。だが、武蔵から話を聞き出す日は二度と来なかった。
「今日未明、河内市で乗用車3台を巻き込む玉突き事故が発生しました。この事故で亡くなったのは堺中央市に住む今宮武蔵さん……」いつも通り淡々とニュースを伝えるニュースキャスターの声は続いていた。しかし、僕はだんだんと気が遠くなって、僕の耳は周りの音を拒絶したかのように音を聞き取れなくなっていた。パリンッ。足元でマグカップが真っ二つに割れた。その音で僕は我に返った。繰り返される武蔵の名前。詳しく説明される玉突き事故。そのすべてが現実ではないような気がして、事故に遭ったのはあの武蔵でなくて別の武蔵さんなのではないか?なんて浅はかな期待もした。しかし、堺中央市に住む今宮武蔵。間違いなく彼だった。
彼の葬儀はその後すぐに行われた。派手で交友関係の広かった彼の葬儀とは思えないほど小さなものだった。こんな葬儀になってしまったのも、蒼の麒麟が活動し始めてからだ。蒼の麒麟がどこを攻撃するのか分からないから、あまり大勢の人が一度に集まることは避けるようになってしまったためだ。
今回の葬儀も本来は武蔵の家族だけでひっそりと行う予定だったらしい。まぁ今のような状況では当たり前の判断である。しかし僕たち同僚まで葬儀に招待して別れの場を設けてくれたのは僕たちにとって本当にありがたいことだ。武蔵との時間に区切りをつけられる。
「大和さん。武蔵から何か聞いていませんか?」
「いや、特に何も聞かされていないな。信濃こそどうなんだ?」
「そうですか…ありがとうございます。」と、肩を落として足早に去っていった信濃を不思議に思った。
「どうしてそんなこと聞くんだ?信濃。」
信濃はクルッと180°回転して焦ったような素振りを見せて、こちらに走ってきた。
「あっ。えっと。ほら、武蔵さんしばらく無断欠勤してたじゃないですか。その理由とか。」
信濃はそれだけ言うと「では。」と愛想笑いを浮かべながら去って、すぐに彼の姿は見えなくなった。
その後、武蔵の事故は仕組まれたものの可能性があると警察から発表があった。武蔵の車に搭載されていた自動運転システムが突然暴走を起こし、制御不能になったらしい。一方、武蔵が乗る車の少し前を走っていた車では突如急ブレーキがかけられ、武蔵の車が追突した。その事故に武蔵の後ろを走るトラックも巻き込まれ、武蔵の車は間に挟まれ原形をとどめていなかったそうだ。仕組まれた事故。AIの普及で自動運転システムはより一般的なものになっていた。武蔵も自動運転用のAIを作成したことがあったはずだ。そんな武蔵が殺されてしまったということだろうか。僕はまだ信じられない気持ちでいた。一体誰に。なぜ殺されたのか。僕には見当もつかなかった。




