異世界で、二人乗り 第二部 第11話 「帰ってくる護衛」
グレイブワームとの戦闘を終えたあとも、一行はしばらく街道を進み続けた。
湿った風が吹くたび、焼けた肉と腐臭が薄く戻ってくる。
馬が落ち着かない。
鼻を鳴らし、耳を忙しなく動かしている。
夕方が近づいていた。陽はまだ残っているが、森の影は長い。
タイラーはジュリオを馬車の横へ寄せた。左手で軽くアクセルを開ける。
ポコポコというエンジン音が、今日は少し遠く感じた。
左腕が熱い。
火傷ではない。
骨の奥に熱が残っているような感覚。
剣へ炎を宿した時の感触が、まだ身体の中へ残っていた。
(……使いすぎたか)
歩けないほどじゃない。
だが、もう一戦来たら嫌だな、と思う程度には消耗している。
その時、後ろから小さな布包みが差し出された。
タイラーは左手で受け取る。
中には、薄く切られ干したカリナの実が入っていた。
赤茶けた果肉は、乾いて少し縮んでいる。
「干してたのか」
「昨日の朝」
あおいが短く答える。
森を出る前から、少しずつ作っていた保存食だった。
丸ごとのカリナの実は水気が多い。りんごのような甘酸っぱい果実。
だが薄く切って干せば、長く持つ。
この世界に飛ばされてきた時、最初に食べた世界の味。
走りながらでも食べやすい。
タイラーは一切れ口へ放る。
最初に酸味。少し遅れて、濃くなった甘味が残る。
噛むほど味が出る。
乾いた喉へ、ゆっくり果汁が戻ってくる感覚があった。
左腕の奥に残っていた熱が、ほんの少しだけ軽くなる。
「……うまいな」
「疲れてる時は、甘い方がいい」
後ろで、あおいが静かにもう一切れ食べる気配がした。
御者台では、ローディス氏が小さく咳き込んでいた。
マレイア夫人がすぐ視線を向ける。
「少し休まれては」
「問題ないよ。大丈夫だ。」
そう返すが、顔色はまだ悪い。
夜襲で受けた傷は塞がっている。だが、失った血までは戻らない。
手綱を持つ手にも、まだ力が戻り切っていないのが分かった。
「護衛に全部を任せるわけにはいかない」
弱い声だった。
だが、引かない。
ローディス氏は姿勢を正し、もう一度手綱を握り直す。
「私は商会の代表だ。荷を運ぶ責任があるんだ」
マレイア夫人は少しだけ目を細める。
その瞬間、ローディス氏の肩が僅かに揺れた。
呼吸が浅い。
マレイア夫人は何も言わず、ローディス氏の額へ手を当てる。
「……熱が上がっていますね」
「問題――」
「あります」
即答だった。
次の瞬間、マレイア夫人はローディス氏から手綱を受け取った。
ほとんど奪うような動きだった。
「今日は私がやります」
「しかし――」
「座っていてください」
有無を言わせない声。
ローディス氏は何か言い返そうとして、結局小さく息を吐いた。
マレイア夫人に押されるように、荷台の席へ移る。
セイルが小さく口笛を吹く。
「強い女性だ。本当に」
感心半分。呆れ半分。
ガレンは少しだけ口元を緩めた。
「ローディス殿も、昔からああやって怒られてる」
「なるほど。慣れてる顔だ」
ローディス氏が苦笑する。
「反論して勝てた事がありません」
「知ってます」
マレイア夫人が前を向いたまま返す。
少しだけ空気が緩んだ。
街道は昨日より乾いていた。
それでも、馬車の車輪は時々ぬかるみへ沈む。
マレイア夫人は器用に手綱を操っていた。
商人の妻というより、長年旅をしてきた人間の動きだった。
ローディス氏は荷台へ腰掛け、時々咳を押し殺している。
タイラーはそれを横目で見ながら、ジュリオの速度を少し落とした。
前を走りすぎると、護衛の意味がない。
ガレンもセイルも、隊列の距離をかなり気にしている。
危険地帯では、離れすぎるだけで死ぬ。
陽が傾き始めた頃、ガレンが歩みを止めた。
視線は街道脇の浅い林へ向いている。
「……今日はここまでだ」
セイルが空を見る。
「まだ進めるぞ」
「進めるのと、安全に進むのは違う」
短い返事。ガレンは周囲を見回した。
「ローディス殿の傷もまだ浅くない。馬も疲れている」
そこで一度言葉を切る。
ガレンの視線が、タイラーの左腕へ一瞬だけ向いた。
「消耗した状態で夜戦は避けたい」
タイラーは何も言わなかった。
見えている。
だが、余計に踏み込まない。
そういう言い方だった。
セイルが肩をすくめる。
「了解。今日はちゃんと寝るか」
「お前は寝すぎる」
「見張りは起きてるだろ、毎回」
「ギリギリな」
そんなやり取りをしながら、二人は自然に野営準備へ入っていく。
ガレンは馬車を林側へ寄せ、風向きを見ながら焚き火の位置を決める。
周囲から薪を拾い集め、地面の湿り具合まで確認していた。
対してセイルは、荷台から細い糸と小さな鈴を取り出す。
タイラーはその動きを目で追った。
セイルは木々の間へ糸を張っていく。
ただ結ぶわけじゃない。
人が通りそうな場所。獣道。暗がり。死角。
そういう場所を自然に選んでいた。
鈴は小さい。
だが、少し触れただけでも乾いた音が鳴る。
「罠か?」
タイラーが聞く。
「警報だな」
セイルは器用に指を動かしながら答えた。
「夜の襲撃ってのは、“気づくのが一瞬遅い”だけで死ぬ」
その言い方に、夜襲の時の空気が少し戻る。
「この前の盗賊連中は手練だったからな、上から来た」
行きの道中、襲われた兵士落ちの盗賊団。
蔦とロープで、木々の間からの襲撃だった。
「こういうのは、ガレンより俺の仕事だ」
「お前の方が細かいからな」
ガレンが返す。
「脳筋には難しい技術なんだよ」
「聞こえてるぞ」
だがガレンは怒らない。軍隊みたいに厳密ではない。
それでも、役割が自然に噛み合っていた。
あおいが小さく呟く。
「……長い」
「ん?」
「二人。一緒に仕事してる」
タイラーは少し納得した。
命を預ける仕事だ。
付き合いが長くなければ、こういう空気にはならない。
「オレたちも、見習わないとな」
「…うん」
あおいが弱く返事する。
焚き火へ火が入る。ぱち、と乾いた音。
湿った夕方の空気の中で、炎だけが少し明るく見えた。
タイラーは、その火を少しだけ見つめる。
今日、自分が使った炎とは違う。
薪を燃やす、普通の火。
自分の炎は、もっと不自然だった。
湿った空気を押し退けるような熱。
それを思い出すと、左腕の奥が鈍く疼く。
そこへ、セイルが干し肉を火へ向けながら言った。
「しかし、ああいう魔法の使い方する奴、黒狼商会にもいないな」
タイラーが顔を上げる。
「黒狼商会?」
「俺らのところだ」
セイルは肉をひっくり返す。
「王都セレスティアの護衛商会。討伐、護衛、危険地帯の輸送警備。まあ、危ない仕事全般だな」
ローディス氏が静かに補足した。
「我々商人が危険な荷を運ぶ時は、彼らへ依頼することが多い」
ガレンとセイルは何も言わない。
だが、ローディス氏の声には信頼があった。
「正直、今回の依頼も、彼らが受けてくれた時点で半分は安心していました」
セイルが肩をすくめる。
「高いんだけどな、俺ら」
「命の値段だよ」
ローディス氏は即答した。
「黒狼は、“帰ってくる護衛”ですから」
マレイア夫人も補足した。
依頼を受け、必ず帰還する護衛。
それは心強いと、タイラーは思った。
焚き火が小さく爆ぜる。
ガレンは少しだけ視線を逸らした。褒められるのは苦手らしい。
セイルは苦笑しながら、タイラーの剣を見る。
「でも、お前のあれは本当に変だぞ」
「変って言うな」
「普通、火の魔術師は飛ばす。火球とか、炎槍とか」
セイルは指で空を弾く。
「なのにお前、剣に纏わせただろ」
タイラーは少し考える。
「……そっちの方が魔力が散らなかったんだよ」
その返事に、セイルが少しだけ真顔になる。
「そこだよ」
火が揺れる。
「武器を媒介にする奴はいる。だが普通は訓練してやる」
セイルはタイラーを見る。
「お前、“自然にそうした”だろ」
タイラーは答えなかった。自分でも分からない。
ただ、あの時はそれしかないと思った。
ガレンが低く言う。
「便利な力ほど、頼りすぎると壊れる」
短い言葉。
だが、実感があった。
タイラーは無意識に、左腕へ視線を落としていた。
夜は静かだった。風が弱い。
木々が擦れる音も小さい。
焚き火の赤い火が、時々ぱち、と爆ぜる。
見張りは交代制だった。
最初がセイル。
次がタイラー。
最後がガレン。
タイラーが起きた頃には、空気はかなり冷えていた。
焚き火の前へ座る。
左腕の奥の熱は、少し薄らいでいた。
剣を膝へ置く。炎を思い浮かべる。
熱は返ってくる。
だが昨日ほど鋭くない。
出せる。
たぶん。
でも、タイラーはそこで止めた。
今は必要ない。
そんな気がした。
林の奥で、小さく鈴が鳴った。
ちり、と乾いた音。
タイラーの身体が反射的に動く。
だが、すぐにセイルの声がした。
「獣だ」
いつの間にか、セイルは木の上にいた。
細い枝へ腰を掛け、暗闇を見下ろしている。
「……起きてたのか」
「寝てたら死ぬ仕事だからな」
軽い声。
だが、目だけは周囲を見ている。
セイルは木から降りると、張った鈴の位置を確認し始めた。
「こういうのは、鳴った後が大事なんだ」
「後?」
「獣か、人か、モンスターか。そこを間違えると意味がない」
セイルは糸を軽く指で弾く。
乾いた音。
「焦って飛び出した奴から死ぬ」
タイラーは少し頷いた。
この男は軽く見える。だが、生き残る技術を身体へ染み込ませている。
セイルはふと、タイラーの左手を見る。
「まだ熱あるか」
「……少し」
「なら今日は使うなよ」
「分かってる」
「いや、お前、必要になったら使う顔してる」
図星だった。セイルは少し笑う。
「まあ、相棒のエルフさんを一人にするなよ」
「ああ、わかってる」
その時、焚き火の向こうからガレンが戻ってくる。
「交代だ。少し寝ろ」
セイルは素直に頷いた。
タイラーが見ていることに気づいたのか、ガレンが低く言う。
「昔、こいつが勝手に突っ込んで半壊しかけた事がある」
「言うなよ、それ」
「だから今は、ちゃんと下がる」
セイルが苦い顔をする。
「若かったんだ」
「今も大差ない」
そんなやり取りをしながら、二人は自然に役割を入れ替える。
完全な上下ではない。
だが、危険な時の判断はガレンが取る。
セイルも、それを理解している。
長い時間、同じ現場を生き残ってきた空気だった。
翌朝。
空は薄曇りだった。
夜露を含んだ草が白く光っている。空気は冷たい。
だが、昨日まで街道へ残っていた腐臭は、かなり薄れていた。
ガレンは野営地の周囲を一度見回し、焚き火の灰へ土を被せる。
「問題なさそうだな」
セイルは張っていた鈴を回収していた。
細い糸を外しながら、一つずつ音を確かめている。
「結局、夜は獣だけか」
「それで十分だ」
ガレンは短く返す。
「何も来ないのが一番いい」
タイラーはジュリオのハンドルへ手を置いた。
朝の空気は冷たい。左腕の熱はもう分からないくらいになっていた。
魔力の不足は感じない。
だが、剣へ炎を纏わせた感覚が、まだ身体の奥に居座っている感じがしていた。
ローディス氏が荷台から降りようとする。
その瞬間、少し身体が揺れた。
マレイア夫人がすぐ支える。
「まだ休んでいてください」
「もう大丈夫だ」
「顔色が大丈夫ではありません」
即答だった。
セイルが小さく笑う。
「良いご夫人だ」
「生きて帰ってもらわないと困ります」
マレイア夫人の返事は真顔だった。
ローディス氏が少し肩を落とす。
だが、どこか安心している顔でもあった。
結局、その日も御者はマレイア夫人が務める事になった。
手綱捌きは安定している。
ガレンが小さく頷く。
「慣れているな」
「昔は私も、主人と一緒に動いていましたから」
マレイア夫人は前を向いたまま答える。
「商会がまだ小さかった頃は、人手も足りませんでした」
ローディス氏が苦笑した。
「私より馬の扱いは上手いんです」
「当然です」
マレイア夫人が返す。
セイルが吹き出す。
「この夫婦、強いな」
タイラーも少し笑った。昨日より、空気が軽い。
完全に安心したわけじゃない。
だが、“同じ旅をしている”空気になり始めていた。
街道は昨日よりも更に乾いていた。
それでも、馬車の車輪は時々ぬかるみへ沈む。
ジュリオのタイヤも、柔らかい泥を時々拾った。
タイラーは隊列から離れすぎないよう、速度を調整する。
前へ出すぎれば護衛にならない。
後ろへ下がれば、不意打ちへの対応が遅れる。
ガレンもセイルも、隊列の距離をかなり気にしていた。
危険地帯では、離れすぎるだけで死ぬ。
タイラーにも、それが少しずつ分かってきていた。
前方を進む馬上のガレンは、時々地面へ視線を落としている。
足跡。
獣道。
土の荒れ。
何を見ているのか、タイラーにも少し分かるようになってきていた。
対してセイルは馬車から監視する。木々の上や横を見ている。
音。
風。
葉の揺れ。
見ている場所が違う。だが、それが噛み合っていた。
「……本当に役割違うんだな」
タイラーが呟く。
あおいが後ろで小さく頷いた。
「ガレン、地面」
「セイルは上か」
「うん」
短い言葉だった。
だが、それだけで十分伝わる。
昼を過ぎた頃だった。風向きが変わる。
その瞬間、セイルが歩みを止めた。
空気が変わる。
葉擦れ。気配。
「……来る」
軽さのない声だった。
ガレンが即座に前へ出る。
「隊列維持」
短い指示。
次の瞬間、茂みからスクラッパーが飛び出した。
灰色の皮膚。
粗末な剣。
獣臭。
だが以前遭遇した個体より、明らかに動きが鋭い。
数も多い。
「九……いや、まだいるな」
セイルが低く数える。
スクラッパー達は左右へ広がる。
囲む動き。以前より明らかに連携している。
タイラーは剣を抜いた。
炎は使わない。
左腕の奥には、違和感は無い。
だが、なるべく使いたくない。
一体が飛び込んでくる。
タイラーは半歩だけ身体をずらした。
相手の剣が空を切る。
その死角へ、タイラーの刃が滑り込む。
浅く裂く。
動きが止まる。
そこへ、あおいの風が脚を払った。
スクラッパーの体勢が崩れる。
タイラーが踏み込む。
喉へ刃が入る。
倒れる。
休む間がない。
次が来る。
今度は二体同時。
あおいの風が片方の視界へ土を巻き上げる。
もう片方へ、タイラーが左側から踏み込む。
剣を受け流し、逆袈裟。
肉を裂く。
動きが止まった瞬間、あおいの風刃が首筋を切った。
連携が噛み合っていた。
タイラーが踏み込む場所へ、あおいの風が自然に道を作る。
言葉はいらない。
後ろでは、ガレンの大剣が轟音を響かせていた。
真正面。
逃げない。
スクラッパーの剣ごと叩き割り、そのまま身体ごと吹き飛ばす。
重い。だが速い。
一撃ごとに、地面が鈍く震える。
セイルは逆だった。
細身の剣が、視界の外を滑る。
速い。
だが、速いだけじゃない。
スクラッパーが振り向く頃には、もう横へ回り込んでいる。
喉。
膝裏。
腱。
致命傷だけを正確に刻む。
全部、意味がある動きだった。
「右!」
セイルが叫ぶ。
タイラーが反応する。
その瞬間だった。
森の奥から、重い足音が響く。
木が揺れる。
スクラッパー達が、一斉に後ろへ散った。
空気が変わる。
ガレンの目が細くなる。
「キングか」
だが次の瞬間。
もう一つ。
さらに奥から、もう一体の巨影が現れた。
セイルの表情から、軽さが消える。
「……二体か」
キングスクラッパー。
しかも両方とも大きい。筋肉の厚みが違う。
持っている武器も、鉄塊みたいに太い。
片方が低く唸る。
そして、真っ直ぐ馬車を見た。
知能がある。
馬車に何か重要な荷があることを理解しているのだろうか。
「分けるぞ!」
ガレンが叫ぶ。
同時に前へ出る。
片方のキングが、鉄塊みたいな剣を振り下ろした。
轟音。
ガレンが真正面から受け止める。地面が沈む。
普通の人間なら、そのまま押し潰される。
だがガレンは下がらない。
靴が土を削る。肩の筋肉が軋む。
それでも押し返す。
「セイル!」
ガレンが怒鳴る。
セイルが細身の剣でキングを背後からひと突きする。
思ったほど傷がつかない。だが。
キングの視線が、一瞬だけセイルへ向く。
その隙。
大剣が横から叩き込まれる。
轟音。
キングの身体が大きく揺れた。
「硬いぞ!」
セイルが笑う。
反対側からふたたびキングへ飛び込む。
細身の剣が膝裏を裂く。
キングが振り向く。
だが、その時にはもう反対側へいる。
速い。
キングの剣が空を叩く。
セイルは紙一重で避けながら、首筋へ浅く刃を滑らせた。
血が飛ぶ。
だが浅い。
「やっぱり硬い!」
叫ぶ。
その瞬間、ガレンが踏み込む。大剣が正面から叩き込まれる。
キングの巨体が揺れる。
長年組んできた呼吸だった。
一方。
タイラーとあおいは、
もう一体を止めていた。
キングが踏み込む。
重い。
タイラーは正面から受けない。左へ流れる。
あおいの風が、キングの視界へ土を巻き上げる。
一瞬、動きが鈍る。
そこへタイラーが踏み込む。
斬る。だが浅い。
キングが吠える。腕が痺れる。
硬い。しかも速い。
「タイラー!」
あおいの声。
風が巻く。
キングの足元が僅かに崩れる。
その隙へ、タイラーがもう一度踏み込む。
だが、キングは止まらない。
視線が、馬車へ向く。
まずい。
タイラーは左手で剣を握り直した。
熱を思い浮かべる。
炎。
左腕の奥が熱を返す。
嫌な感覚。削れる感覚。
それでも――
止めなければ危ない。
次の瞬間、刃へ赤い熱が走った。
湿った空気が、一瞬だけ押し退けられる。
タイラーが踏み込む。
左側。死角。
炎を纏った刃が、キングの脇腹へ深く入る。
肉が焼ける臭い。
キングが吠える。だが止まらない。
同時に、あおいの風がキングの足を払う。
体勢が崩れる。
その瞬間に、タイラーは迷わず踏み込めていた。
炎の刃を、首元へ叩き込む。
熱。
重い手応え。
キングスクラッパーの巨体が揺れる。そして――倒れた。
ほぼ同時だった。
反対側でも、ガレンの大剣がキングの胴を叩き割る。
セイルの剣が首筋へ滑り込み、巨体が崩れ落ちた。
地面が二度震える。
静かになる。
残っていたスクラッパー達が、一斉に森へ逃げていった。
荒い呼吸だけが残る。
ガレンがゆっくり剣を下ろす。
「……終わりだ」
タイラーも息を吐く。
左腕が熱い。
だが、まだ立てる。
セイルが肩を回す。
「毎回こんなの相手にしてたら命が足りないな」
「毎回は嫌だな……」
タイラーの返事に、セイルが笑う。
ガレンも、今度は否定しなかった。
夕方。
街道の先に、石壁が見えた。
リューデン。
町の煙。人の気配。遠くの鐘。
タイラーは小さく息を吐く。
「……帰ってきたな」
不思議な感覚だった。あおいが後ろで小さく頷く。
夕暮れの風が、静かに一行を迎えていた。




