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彼女が戦慄の戦乙女になった理由  作者: 滝川朗
第三章:害のない缶かん
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 この後の、職員会議で決定されたのは、二人の学生への懲戒処分について、それぞれ、次回考査の成績に、減点百点を加えることだった。


 ヴィンランドの領主グラント伯爵も、抗議を取り下げたらしい。

 そりゃ、そうだ。

 まさか相手も、格上のアークライト侯爵家の名が出てくるなんて、思いもよらないことだっただろう。

 こんな小さな(いさか)いで、よもや未来の侯爵家当主を敵に回そうとは思わなかったようだ。


「あーあ、これで、首席卒業は完全になくなったね、レクサール」

 数日後、フリンは寮の食堂で、その日の夕食を採りながらレクサールに言った。


「そんなもん、どうだっていいんだよ。それよりも、俺はつくづく、お前のお人好しさ加減に腹が立ってるんだ。もう二度と、あんなこと言うのはやめろ。お前は、自分のことを(ないがし)ろにし過ぎる。お前は、この国には欠かせない、俺なんかよりずっと優秀な地術士だぞ」


 フリンはにんまりして言った。


「有り難う。その言葉だけで充分だよ。それより、リッカにお礼を言わなくちゃね……!」


「分かってる。……今週末、ちょっと付き合ってくれないか?」





 そう言って、その週末の休日に、レクサールはフリンと、城下町へ買い物に出掛けた。

 思いっきりめかしこんだ、レクサールの十三歳の妹リリーも一緒だ。


「久しぶりだね、リリーちゃん。学院での成績優秀さはよく聞いてるよ。レックスなんか、そのうち抜いちゃうんじゃない?」

 フリンは小さな淑女に声を掛ける。


「ほんっと、うちの不束な兄がご迷惑お掛けしております。兄が仕出かした大騒動、下級生でも噂になってるぐらいです」

 リリーはペコリとお辞儀して言う。


「いやいや、あれはね、別にお兄様に乗っかったとかじゃなく、僕も自分から仕出かしたことだから。迷惑なんて、全然、掛けられてないよ」

 フリンは笑顔で言った。


「それよりも、レックス、ちゃんと目星は付けてるの?相手はアークライト侯爵家のご令嬢だよ。下手な品物だったら逆効果だ」


「だよなあ……。だから、わざわざ妹を連れてきたわけなんだが……」


 三人は、リッカへのお礼の品を探しに、城下町へ繰り出して来たのだった。

 誕生日プレゼントもまだ渡していなかった。

 たしかに、あの戦乙女にしてお洒落番長のアークライト・リッカを唸らせる品物など、下級市民の自分達に探し出せるものだろうか……。


「女の子って、どんなものをもらったら喜ぶのかな……?」

 フリンはリリーに意見を求める。


「そりゃ、好きな男性から頂くものであれば、どんな下らないものでも、宝石に見えるというものですよ。『好きな男性から』頂くものであれば、ですけどね」


 リリーは十三歳なのに、なかなかませている。いいアドバイザーになってくれそうだ。


 三人はリリーのお勧めの店を回ってみるが、なかなかピンと来るものがない。


 リッカが好みそうなもの……。

 服飾雑貨か、それとも化粧品や香水……?


「身に付けるものって、『重い』わよね。……好きでもない男性からもらったものを、身に付けるのって、どうなのかしら?しかも、リッカ様には『本命』がいらっしゃるわけだし…」

 リリーは兄が傷付きそうなことを、ずけずけと遠慮なく言う。


「やっぱり、食べ物とかじゃない?あっ、期間限定のものがいいよ!なんでも手に入る立場にいるリッカでも、今しか手に入らないものなら、希少価値があって物珍しいんじゃない?」

 フリンが思い付いたように言う。


「それだわ!マーケットに、行ってみましょう!」


 勝手に盛り上がるフリンとリリーに、黙って付いていく兄レクサール。

 果たして、ランサーの中央市場には、今しか手に入らない、南蛮渡来のお菓子がたくさんあった。


「うわーかわいい!間違いないわ!これよ!」

 リリーはテンション上がりまくりだった。


「やっぱり、ナインアータ&ティリンスよね。センスが段違いだわ」


「なんなんだその何とか&何とかって言うのは……」


「レックス、相変わらずだね……何とかとかかんとか使いすぎだよ。もうちょっと勇気を出してかすりそうな単語を口にしてみては?」

 フリンが面倒臭がり屋の親友に思わず突っ込む。


「世界を又に掛ける貿易商よ。世界中を回り回って、各国の美味しい文化や、お洒落な小物を買い付けてくるの。そのセンスたるや……食通を(うな)らせるものばかり!見て、この箱……箱からして宝物みたいだわ……っ」


 たしかに、リリーが興奮するのも頷ける。お菓子の箱一つ取っても、女子の喜びそうなお洒落なデザインばかりだ。


「これよ!これにしましょう!ボワシェールの夏季限定品。夏のフルーツを使ったキャンディ。キャンディ自体も宝石のように美しいのに。この缶かんも、宝石箱みたいな可愛らしさだわ!」


 リリーが、水色の丸い缶に入ったキャンディを手に取った。

 たしかに、水色の缶に金のアラベスク柄で装飾された文字が刻印された缶は、それ自体が宝石箱のような美しさだった。


「リリー、やっぱりお前を連れてきて正解だったよ。男の俺たちではとてもこの結論は出て来なかっただろう」


 レクサールはボワシエールの夏季限定キャンディを購入しながら言った。


 フリンは内心震え上がっていた。

 質素にしていれば一週間は食べれるのではないかと思うほどのお値段だったからだ。


「でも、そんな大枚はたいて『消えもの』なんて、悲しいね……。僕は何か少しでも、リッカが君のことを思って大事に取っといてくれるような物が良かったよ……」

 フリンが残念そうに言う。


「フリンさん、この優秀な妹は、そこもちゃんと抑えておりますわ。この可愛らしい缶かんを、女子が簡単に捨てると思いますか?大事に取って置いて、何を入れるか頭を悩ませるに決まっています。アクセサリーやお洋服なんか、『本命』でない殿方からもらったら、とてもじゃないけど身に付けることなんか出来ませんけど、害のない缶かんなら、いつまでも取って置いて、開ける度にお兄様のことを思い出すに違いありません」


 力説するリリー。


「リリー、お願い。君の考えは素晴らしいんだけど、失恋すること前提で話すのはやめてあげてよ……」

 フリンは残酷な妹に、思わず突っ込んでいた。


「問題はこれを、どうやってリッカに渡すかだなー」


「意外なこと言うね。厚顔無恥で『俺様』なレックスらしくもない。正々堂々、ホームルームに持っていけばいいじゃない」


「だから、その『何とか系』とか言うの、やめろ。普通に渡すだけじゃ、面白くないだろ」


 照れてるんだ。

 照れてるんだろう。……らしくもないヤツ!

 フリンは心底面白がって親友の赤い顔を見ていた。


「ねえ、一生のお願いなんだけどさ。その役、僕にやらせてくれない?立派に役目を果たして見せるからさ」


 フリンは意を決して言った。

 大切な親友のために、一肌脱いでやろうじゃないか。


「『一生のお願い』をこんなとこで軽はずみに使うなよ。一生のお願いじゃなくても、お前がそこまで言うんなら、お前にお願いしないでもない」


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