誰かの為のクランクアップ。
撮影は順調に進んだ。
きらびやかなヘアセットとメイクを施され、
ボリューム満点のフリルが裾にあしらわれた黒いマーメイドドレスを上品に身に纏ったキコは
まるで人形が魔法でヒトに変身したかのような、非現実的な美しさを放っていた。
観客に扮した部員たちがステージの前に配置された、
劇場を彩る緋色と同じテーブルクロスが掛けられた円形テーブルに座り、
シンガーであるキコに魅入っているというのが写真のテーマだったけど、
私はその状況を忘れ、歌は無いにしろ彼女の姿を目に焼き付ける為にこの場に来た本当の客のような錯覚に陥っていた。
静寂に操るシャッター音と部長の歯の浮くような褒め言葉が響き、
細部にわたるまで指定されたポーズを照れずに難なくこすキコの姿は、
プロのモデルさんみたいだと感心する。
カメラがパソコンに繋がれて、撮られた写真がモニターで見れるようになっていて、
何度か短い中休みが取られるたびに部員たちはそこへ集い話し合いをした。
晴ちゃんは自分も以前からの一員だとでも言う様にそこへ割り込んで一緒に見ながらああだこうだ言っているけど、
私が入り込める雰囲気ではない。
「なんだか本格的で、ちょっと緊張しちゃうね」
ステージ上のキコに話しかけると
「早く終わって、夜ちゃんのお弁当が食べたいのですけどね。」
と、今の格好から想像もできないような普通のことを呟くので笑ってしまう。
「凄く綺麗だよー」
私が改めて褒めると、キコは珍しく赤面して
「プロのメイクさんによる改造のお蔭ですよ。」
と謙遜した。
その後、環境に慣れてきた私も折角手伝いに来ているのだからとレフ板を申し訳程度に持たせてもらったり、
生まれて初めての軍手をはめさせてもらって、ライティングの角度を指示通り微調整したりと細々と動いた。
撮影はそれから、楽屋でメイクを直している体だったり、ステージ裏手の薄暗い廊下、観客席へと場所を移動させ
数百枚はカメラに収めたのではないかと言う頃に、部長が
「終了でーす」と叫び、やっと昼食の時間が取られることになった。
と言っても、もう昼の二時。
「ふわー、僕お腹減りまくって背中の方までエグレてるよ!!」はしゃぐメインでほぼ何もしていない晴ちゃんが叫ぶ。
「ねえねえ、早くヨルのご飯食べたーい!!」
すると、写真部の面々が一斉に私の方を向いた。
「あの、差し入れするって言ってたし。
よかったら、沢山作ってきたので。」
私が持ってきたカートから重箱の風呂敷を3つ取り出すと、皆目を丸くした。
「螺鈿細工の漆塗り高級重箱、三段重ねのご登場だよ!!!」
晴ちゃんが叫び、一同笑いに包まれる。
撮影終了のお祝いの席だからと気を使って持ってきたのは、
また"世間様とズレた"ものだったかと顔を青くしていると
メイクを落としたキコが声を大きくして言った。
「見かけ倒しかもしれませんよねえ……なんつって。
でも今なら疲れもありますし、どんなモノでも美味しく食べられそうです。」
「ええ!頑張ったつもりなんだけどー」
私のその言葉を合図に、皆好きなものを自由に取って食べ始める。
これまた家から持ってきた使い捨て出来るお皿とお箸を配ったけど、これも
"一般家庭ではありえない"品物だったらしく、少し凹んだ。
「まるで遠足みたいだね。」
好物のエビフライを食べながら晴ちゃんが言った。
そういえば小学校の遠足では、
各自好きなメンバーと自由に食べていいようになっていたけれど、
自分には入る輪がなくって少し離れた所にレジャーシート(無駄にデカい)を敷いて、先生に心配されないように猛スピードで掻っ込んでいたんだった。
苦い過去だ。
でも、今は違う……
「この唐揚げ、滅茶苦茶うまい!!」
「風花さんが作ったんですかー?」
「そう、それは私が作ったんだよ、あ、でもこの煮しめは家政婦さんので――」
こうやって今まで挨拶もしなかった写真部のメンバーとも打ち解けられるようになって、
私の学生生活は変わったんだ、としみじみ思う。
こんな会話が数年後に出来るようになるんだよ、とタイムマシンに乗って過去の私に教えてあげたい。
そしたら、私は少し自信をつけて、
希望ある未来を胸に勇気を持ってクラスメイトに接することができたかも?
でもそれだと今とはまた、違う性格になってるはずで、違った友人を持ち
違った恋をしていたのかもしれない。