初夏の迷路-2
夜子はそれを座ったまま首だけ曲げて見送りながら、なんて強引で勇敢な行動だと感心した。
自分にはできない。同級生達の前で恥を晒し、教師にも反抗して、我を通すなんて出来ない。
弱虫だ、と自責してクリーム色の床を見れば、羽虫が一匹よたよたと歩いているのが目につき、夜子は親指の腹でそれを一息に潰した。
黒い残骸が汚く指に残ったのを見て、ザラリとした感覚のタイルに擦り付ける。
そのまま何食わぬ顔で空を仰げば、入道雲が壮大に広がっていて、夜子は夏休みが早く来てほしい
、と一心に願うのだった。
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「あっ…………」
その日の放課後、夜子は左手に開いたまま抱えていた愛読書の昆虫図鑑を取り落としそうになるのを何とか踏みとどまりながら、目の前の人物を発見して全身を緊張させた。
広い学校の中でもあまり人が寄り付かないこの場所は、使用されなくなった焼却炉やら、数年雨曝しにされたまま放置されている机と椅子が片隅に打ち捨てられている校舎裏の一角だった。
小さな林が隣にあるため、昆虫が大量に集まっている夜子のお気に入りスポットで、放課後はここで自然観察をすることを祖父にも認めてもらっている。
そんな場所に、今日は珍しく人がいた。否、初めてこの時間この場所で人を見た、といっても過言ではない。最初は学校に住まう霊かとも思ったのだがそれは、数時間前の授業を飛び出し行方不明になっていたクラスメイトだった。
まだ海水パンツを履いたままで、上半身裸なので遠目でもそれが誰か解った夜子は音を立てず静かに近づいた。
晴は放置された椅子の一つに腰かけて、机に突っ伏し眠っているのだった。
「――――。」夜子は黙って背中に背負ったキャメル色の学生鞄を机の一つに下ろし、その上に図鑑を丁寧に乗せた。
それから右手の肘にかけていたプールバッグから大判のタオルを取り出して熟睡している晴の背中にかけてやる。
反応はなかった。首をかしげて顔を覗けば僅かに目の周りが赤くなっているように見える。
泣いて、そのまま疲れてしまったのだろうと夜子は推測してそのまま昆虫探しに戻った。
木の皮を剥がしたり、大木の根元を掘ったりと、木漏れ日の下で子供ながらの好奇心を発揮して夢中で作業をしていく。
「んー…」数十分後、背後で人がうごめく気配があった。
晴が起きたのに気づいた夜子は、蟻の巣を枯れ枝で掘るのを止めて、そちらに向き直る。
拡張した穴から白い卵が溢れてくるのをまだ見たかった、と思いながら。
「あれ?」
晴は自分の肩にかかったタオルを見て困惑しているようだった。
しばらくボンヤリした表情で周囲を見渡し、夜子の姿を認めて大声を出した。
「これ、君のー?」




