色とりどりの毒
古びた集合住宅。
お世辞にも高級とは言えない建物の一室を、わたしは緊張しながら目指す。
元はグリーンのペンキが塗装されていたはずだけど、すっかり剥げ落ちて、みすぼらしさに拍車がかかる赤茶けた螺旋階段。
灰色の外壁は地震の影響か、ヒビの入っている箇所が幾つかあって、それをセメントで適当に補修しました、と上から塗りたくられてるのもなんとも侘しい。
表のプレートには"ローズエレガンス・蜂谷・マンション"と書かれてあったけど、ここはわたしが思うマンションのイメージとかけ離れていて、どう見てもローズでもエレガンスでもなかった。
そして目的のドアの前。
学生独り暮らしの住居なら当然の如く、表札は下げられていない。
わたしは手に持ついくつかの包みを抱え直し、ドアの横の旧式チャイムを押す。
この部屋の持ち主が如何にも好みそうな、軽快で可愛らしい音色が鳴り響く。
しかし、返事はない。
階下の集合ポストにも、この部屋の人物あてに沢山の手紙や贈り物が押し込められていたが、
取りに来た様子はないようだった。
だったら不在か、というワケではないらしい。
ドアの向こうから、煩いくらいにテレビの音が漏れ聞こえてくる。
「家に帰ると、眠っているときもずーっと、テレビを点けているんだよね。」
わたしは笑いながら呟いて、ドアノブに手をかける。
「せんぱーい、入りますよぉ。」
反応はなかった。
だけど関係ない
――相変わらず、施錠されていない部屋にわたしは勝手に上がりこみ
畳の上に仰向けで寝ころんだまま、未開封のプレゼントの山が彼方此方にうず高く聳える小さな部屋の中、掃除もせずにテレビを眺めている人物へ近づく。
『今話題の北海道展で、人気ナンバーワンのお弁当はー!!』片手に割り箸を持った中堅アナウンサーが、百貨店の男性店員と混雑するフロアを歩いている映像が流れているが、その目は画面の向こう側に写る別の何かを見透かそうとでもしているかのようにボンヤリしている。
「せんぱい、美野和先輩。」
わたしが至近距離で声を掛けると、その人物は漸くこの空間に誰かがいるのに気付いたらしく、江戸時代のからくり人形の如くゆっくりと首をこちらへ向けた。
「……だれ?」
丸い大きなたれ目が、虚ろ気にわたしを見詰めて問いかける。
「あの、せんぱいが、学校、長期で休まれてるって聞いて、来ました。」
「ああ、ボランティアの子か。」
先輩は寝ころんだまま、キッチンを指さした。
けど体力がないのか、その手はすぐに床へパタンと落とされる。
「でも僕、食欲無くて。持ってきてもらったのも全然食べてないんだ。」
ごめんね、と言って目線がまたテレビに戻る。
狭いスペースに設置されたコンロと、シンクには誰か……恐らく先輩のファン達が持ってきたのであろう食べ物たちが、そのままプレゼントと同じく山積みになって放置されている。
「……このシュークリームと、おうどん、腐ってますよ。」
「変なにおいがするのは、外の工事のせいだと思ってた。」
そんなわけないに決まってるじゃないですか、と言いたいのを我慢してわたしは自分の持ってきた袋の中身を床に置いていく。
「こんなんじゃ、…駄目ですよ。なに食べてるんですか?」
「こればっかり。」
そういって差し出されたのは、有名なクマの形をしたグミだった。
見れば、同じビニール袋が先輩の顔の周りを取り囲むように散乱している。
「お菓子じゃないですか!!ダメですダメです、もっと栄養のあるもの食べないと!!」
「だよねー。口内炎すごいもん。」
先輩は言いながら、自分の下唇を指でつまんで引っ張り出す。
…………わたしに、見せようとしているんだろうか。
「先輩。元気出して……」
言いかけた時、ノックも無しに急にドアが開き、誰かが入ってくる音がした。
「っ何ですか、この悪臭!!」
その人は、美野和先輩と同じ謎の部活に所属し、学内でも随一の美女と謳われる天然金髪碧眼のブラックフォード先輩だった。
この部屋の汚さを熟知しているのか、玄関というには余りに狭いスペースで靴を脱いだ後、両足に白いビニール袋を履いてガサガサ音を立てながらやってきて、わたしの姿を確認するなり
「こんにちは」と頭を下げた。




