夜の終わり。-3
それはズルズルと、ナメクジの様に近づいてきた。
自分の眼が一杯に開かれている。
逸らしたい。見たくない。でも、顔が固定されたようにそれから視線を外せない。
私は息を一瞬飲んで、思い切り絶叫した。
もう、ここが何処かなんて関係ない。
誰か、誰か、
殺人鬼でも強盗でも、ヒトである生き物に来てほしかった。
全身が逃亡しようと無駄な足掻きを見せて波打つ。
――解ってる、拘束が外れないことは。
でも、何とかしてこの怪物から離れたいのだ。
「イヤ…来ないで…来ないで…」
伝わるだろうか?おおよそ、人生の中で目にしたことがない醜いこの物体に。
「助けて、助けて真昼さん……!!」
「恐がらないで。」
「え?」
私は首を無茶苦茶に動かして、その姿を目に入れようとした。
さっきとは明らかに違う、かなりの至近距離で声が聞こえる。
ドッドッド、と、耳にまで聞こえるくらい早鐘を打つ鼓動。
「どこ…」
震えながら、目をギュッと瞑って問いかける。
お願い、お願い、違うって言って!!!!!!
この怪物から聞こえてるんじゃないって言って!!!!!!
「ここよ。」
でも必死の願いは神様に払いのけられたようだ。
私の大好きな、耳に柔らかく響く甘い声の主は
ヌメヌメと鈍く光沢を放ち、クレーターのようなブツブツに覆われた黒く汚らしい怪物から聞こえている。
「イヤあああああああああああああ!!!!!!!!」
あまりに非現実的な話で、何がどうなっているのか全く解らない。
寒くない、寒くないのに歯が音を立てて止まらない。
どうして、コレから真昼さんの声がするの?
私は騙されている?
そうよ、決まってる。これが彼女な訳がない。
「ま、真昼さんを、どどどどうしたの?」
私は戦慄く唇から何とか言葉を紡ぎ出して言った。
まさか、食べた……とか。
かんがえたくない。考えたくないけど、
コレが、真昼さんを食べて、その声を奪ったのかもしれない。
自分も食べられるのだろうか。
そんなこと考えたくない。
痛みは?時間は?どこから?
恐怖に飲み込まれている私に
「真昼さん、真昼さんって。本当に好きなのね?」
怪物が、まだあの声で喋り続ける。
出来るだけそっちを向かないように首を曲げて、乾いた喉から絞り出すように答えた。
話をすれば、何とかなるかも、という希望と、
一時的にでも今の状況を忘れる為に。
「好き?……好き。本当に好きだよ。」
「どれくらい?」
「どれくらいって…」
私は想いを巡らせる。
こんなやり取りを、さっきもした。
ここへ来る前に、彼女に本気か、と聞かれて、私は「本気」と言ったのだ。
「――何でも、してあげたいくらい。
でも、そんなこと出来ないから、多分解ってもらえないよ。
私がどれだけ頑張っても、
真昼さんは……何でも持ってるから。
私なんて、欲しがって貰えないよ。」
「夜子ちゃん。」
聞きなれたトーンの声が返ってくる。
慰めるような、咎めるような調子のそれ。
「わたしも、大好きよ」
そして続く言葉は、私の心臓を止めるくらいの威力を持っていた。
―――いつも夢にみてた。
ああ、でもそれは……
真昼さんじゃないのに、こんなの。
「夜子ちゃん、わたしを見て。」
言われて私は首を横に何度も振る。
「――ねえ、お願い。」
その囁きに我慢できなくなって、とうとう目を開けてしまった。
真昼さんがいつも纏ってる、甘い香水の匂いもしたから。
「じゃあ、夜子ちゃんをちょうだい。」
「わたし、夜子ちゃんが欲しいの。」
そう言われて、否定なんて、出来るはずがなかった。




