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兄・その三

 兄は焦っていた。第二版の出版に当たり、差し替えに必要なあと一篇が集まらない。折も折、知人から新たな取材源を紹介され、藁にも縋る思いでこれに飛び付く。向こうから出向いて来るのは無理とのことなので、こちらから出張って行く手筈を整えていた矢先、先方は何と、迎えの馬車を差し回して寄越した。過分な心遣いに戸惑いつつ馬車に揺られること小一時間、郊外の田園風景には些か不釣り合いな、小体だが瀟洒な屋敷に到着する。それが今から、三週間前のこと。兄は爾来、数回に亘ってこの屋敷を訪問し、例の奇妙な物語を録取したのだった。

 今回の件では、泣いても笑っても、今日が最後の面談だ――。いつもと同じ応接室にて、いつもと同じソファに腰掛け、いつもと同じ人物と対峙する兄は、いつになく緊張していた。

「率直に申しまして」と、兄は切り出した。「無修正での第二版への収録は、残念ながら無理です。細部を手直しして大筋を活かすという従来の方法さえ、今回は断念せざるを得ません。検討に検討を重ねた末に、収録を可能にする方法は、一つしかないと結論致しました――」

 向かいに鎮座ましましたる人物――館の当主だというご婦人は、こちらを見つめた儘、眉根一つ動かさない。若くはない。老女といっていい年の頃だ。だが、背筋を伸ばした居住まいには、辺りを払う威厳が備わっている。鋭い眼光に射竦められ、兄は逃げ出したい気分だった。

 無論、逃げ出す訳にはいかない。兄は咳払いを一つすると、「それは……第一話の冒頭で語られる、豪傑六人衆の計画だけを活かして、それが首尾よく成功するという、単純かつ解り易い童話に作り変えてしまうという方法です。いえ、勿論、無礼は重々承知しております……」

 弟なりにこれが最善の策と思ったのだろうが、申し合わせた通りの台詞を実際に口に出して喋ってみると、こちらの身勝手さが掌を指すが如くよく解る。はたと言葉に詰まり、慈悲を乞うような視線を相手に送ったものの、救いの手が差し伸べられるはずもなく……と、思いきや。

「先生ったら、嫌ですわ、もう」と云っては、ご婦人が俄に破顔する。我慢出来ずに吹き出した、といった風情だが、それにしても少女のように無垢な笑顔だった。「取って食べたりしませんことよ、妖怪変化じゃあるまいし。ええ、結構ですよ、先生方のお好きにして下さいまし」

「ほ、本当ですか?」兄は思わず、身を乗り出した。「しかし、無修正でしか駄目だと……」

「ええ、過日までは確かに、そのつもりでおりました。ですけど、あれから、考え直したんですの。やっぱり、第一版収録のお話とは体裁や印象の明らかに異なるお話ですし、何しろ、連話ですものね。あのまんま収録されると思う方が、どうかしておりましたわ。浅慮のほどを、先生、どうかお許し下さい」ご婦人はそう云うと、こちらが恐縮するほど深々と頭を下げた。

「いやいや、どうか、面を上げて下さい」無理をお願いしているのは、こちらですから――。

「ただ、身勝手なお願いをしたのにも、それなりの理由があるんですのよ」兄に皆まで云わせず、ご婦人は続ける。「このお話には、前代未聞の要素が多々、見られます。――光のように速く移動する能力者、高速移動に伴う障害物を避けるための計算、他人を意の儘に操る神の声、細くて強くて透明な稀代の繊維、男性諜報員の上官が女性、他人の能力を写し取る能力、若い能力者を正しく導く学校、戦闘集団の指揮権を握り、うち一人のならず者と恋に落ちる運命の姫君……こんな型破りな構成要素を含む昔話は、私の知る限り何処にもございませんことよ。

 極め付きは、それぞれ異なる一芸に秀でた複数人の能力者が、紆余曲折を経て一致団結し、強大な敵に敢然と立ち向かっていく、という物語の雛形でしょう。これはきっと、人類史上初めて編み出された話型です。ですので、今後に生み出されるこの形式のお話は悉く、一篇の例外もなく、この連話を濫觴とすることになりますわ。素敵なことじゃありませんこと?――」

 前半の説は眉に唾して聞いた兄だが、後半の《極め付き》については全く、同感だった。

 この国に伝わる昔話――即ち、兄弟の収集する対象――は概ね、古代ゲルマン神話の残滓であり、古代ケルト信仰の影響も見られ、遡れば古代ギリシア神話に源を発するものも少なくない。これら多神教的神話に登場する神格は、一神教の神のように全知全能ではないにせよ、やはり強大な力を持っている。従って、稀にごく少数が協力することはあっても、大勢で徒党を組む必要などない。しかるに、一芸にしか秀でていない者が何人も束になって、苦戦の末にどうにかこうにか難敵を捻じ伏せる、という物語の筋は如何にも人間臭く、全く神話的でないと云えよう。こういう類型は、なるほど、昔話の系譜においては掟破りであり、画期的である。

「ですので、能力者集団の陥りがちな陥穽ですとか、典型的な内紛の原因とその回避法ですとか、能力の相互補完や相乗作用の具体例ですとか、この系統の物語を創出するための手掛かりがなるべく多く後世に伝わるように、無修正に拘っていたんですけど……ですがそれは、傲慢な考えだったようです。ご高察のように、後世に示唆するのは、最小限に留めるべきでしょうね。その方が却って、創造性が刺激されるというものでしょう。骨組みだけを提示しておくなら、後代の人々はより自由に、より楽しく、より大胆に、物語に肉付け出来ますものね――」

 買い被りはその儘にしておくに限る。我が意を得たりと云わんばかりに、兄は頷いた。

「さて、私の役目はこれでお終いです」締め括るように、ご婦人は云った。「お約束通り、取材源は秘匿して下さいね。採集場所は、ツヴェールンということにしておいて下さると……」

「待って下さい」面談を終えようとしているご婦人を遮って、兄は云った。「最後に一つ、是非ともお聞かせ願いたい。何故、私達兄弟にこの物語を託されるのですか? 何故、童話集への収録に固執されるのですか? 何故、大人のための物語として、世に問わないのですか?」

「まあ、一つと仰ったのに、欲張りな先生ですこと」はぐらかすように、ご婦人は笑った。「答えは簡単です。それは、大人が忙しすぎるから。折角、素敵なお話と接しても、大人はすぐに忘れてしまいます。でも、子供の頃に親しんだお話を、忘れる人なんていませんでしょう?」

 紋切り型だが異を唱え辛い言説を持ち出され、兄は得心した振りをせざるを得なくなった。

「ご期待下さいな」と、ご婦人は云った。「ここから、無数の物語が生まれますから――」


 帰りの馬車の中で、兄は考え込んだ――。ご婦人の呆気ない翻意には、拍子抜けだ。かてて加えて、胡散臭いこと夥しい。本人の説明も、何とも釈然としない。ご婦人はともすると、物語が極端に約められ、児童向けに改変されるのを、見越していたのではないか。ならば、彼女の企図も推察出来なくもない。童話編纂者と雖も大人である兄弟を、先ずは大人向けの話で虜にすることで――酷評しつつも、弟が第一話から物語に夢中になっていたのは、お見通しだ――、最悪の結果である不収録となるのを回避し、その魅力に取り憑かれてしまった兄弟に、落としどころを探らせる魂胆だったのだろう。その落としどころを、ご婦人は読んでいた訳だ。

 もしそうだとすると、当方はまんまと一杯、食わされたことになる。本来なら、収録の仮約束を反故にしても、先方は文句を云えないところだろう。あまつさえ兄は、もっと根本的なところで疑念を抱き始めていた。どうも腑に落ちない。あれは本当に昔話なのか? 戯作者にでも書かせた新作ではないのか? そうならば、不誠実どころか欺瞞行為ということになる。

 だが、それにしては、手が込みすぎていやしまいか? 当世の戯作者が、あれほど意匠を凝らすとは到底、思えない。それを能くする戯作者の仕業だとしても、何故、自分の作品として発表しないのか、という疑問が残る。そもそも、誰かが書き下ろしたのなら、それは当のご婦人を措いて他にはおるまい。何となれば、彼女こそ……えッ?……ひょっとして……いや、まさか、馬鹿馬鹿しい……。脳裏をよぎった荒唐無稽な妄想を、兄は慌てて掻き消すのだった。


          *


 豪傑達の物語は掟破りの大改変を経て、兄・ヤーコプと弟・ヴィルヘルムのグリム兄弟による『子供と家庭のメルヒェン集』――俗に云う『グリム童話集』――第二版に、『六人男、世界を股にかける』の名で収録された――『六人の豪傑』の名で紹介されることもある――。

 全世界で絶大な人気を誇る当該童話集にあって、この愛すべき小篇は残念ながら、さほど高い知名度を獲得するには至っていない。知られざる一篇と云っても、強ち過言ではなかろう。

 しかし、取材源のご婦人がいみじくも予言したように、この物語を嚆矢として、各人各様の能力者集団が、互いに衝突を繰り返しながらも成長してゆき、やがて力を合わせて強大な敵に敢然と立ち向かっていくという筋書きの、寄せ集め英雄集団成長活躍譚――ああ、面倒臭い。こういうジャンルを一言の下に括れる用語の発明を、切に願う――が、今日に至るまでに、掛け値なしに星の数ほど作られてきたのは、何人も否定し難い事実だろう。我らが豪傑六人衆は畢竟するに、人類が初めて生み出した、世界最古のスーパーヒーロー・チームなのである。

 目を閉じると、瞼の裏に浮かぶようだ。古代ギリシアの神々も斯くやという威風堂々たる佇まいで、腕組みをして仁王立ちする稲妻男、怪力男、鼻息男、氷結男、そして猟銃男――彼ら五人の雄姿を後光のように背負い、あのご婦人は不敵な笑みを浮かべ、そして云うのだ。

 未来よ、これが物語だ――と。                             (了)

                              *本作は史実に基づく。知らんけど。

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