決意の経営
私の幼い頃からまるで霧がかかったようにしか見えない記憶の中では木々の代わりに高くそびえ立つ長方形の建物が見え、人々の服装は私が床を引き摺りながら歩くドレスとは違い、体にぴったりと合わせたような服、ドレスのようなひらひらとした可愛らしい服を着ていた姿も見えたけどもそれは私が着るドレスよりもずっと軽くぼんやりとしか見えない彼女達はとても軽やかに着こなして思い思いに歩いていた。
私は幼い頃から自分が生きるこの世界とはまるで駆け離れた世界の記憶を何度も見たのだ。
その度にあぁ夢の中の私と同じ女の子は何とも自由に生きている。ぼんやりとしか見えない服は同じ様な服は殆ど無い。まるでこの世界の殿方と同じ様な服で堂々と歩いている女の子もいればみっともない、はしたないと叩かれそうな程に短いドレスで足を堂々と出して歩いている女の子もいる。
きっと、これは私が夢見る理想の世界なのだとそんな思いを抱きながら今日も目が覚める。
今日で私、アリヤ・アーバンは十六歳になる。この国では立派な成人だ。
天蓋付きのベッドにはフリルの付いたクッションがいくつもあり大きな枕はいつも寝る時の高さを丁度良くしてくれている。掛け布団はこれまたフリルの付いた淡い色の可愛らしい物。
天蓋を開けて素足のまま絨毯に足を触れる。このまま絨毯に埋まりそうだなんて、あり得ない事を夢に見る。寝起きなのにまだ夢の中のようだ。それは自分が今日で子ども時代を卒業したと言う事実から目を背けたいのかもしれない。
窓の前に立ちカーテンを開ける。下を覗き込むと慌ただしい雰囲気が見えた。今日の私の誕生日パーティーは盛大なものにしようと両親が言っていた。何せ、成人した事で婚約していた貴族の彼の元に向かうのがもう秒読みになっている。
よくある事だ。
これで私が正式に輿入れすれば彼の家から結納金が入り、そこから更に私の家は大きくなる。そして今家族で力を入れている王族御用達のホテルの経営は更に力を増すだろう。
「お嬢様。おはようございます」
「おはよう」
扉をノックする音が聞こえて声がする。
メイドのミアだ。
いつも通り朝の身支度のために入ってきた彼女は相変わらず女性にしては高い背に特注で作られたメイド服を今日も一瞬の乱れもなく着こなしていた。
「先によろしいですか?」
「どうぞ」
「お誕生日おめでとうございます。アリヤお嬢様」
「ありがとう。私もついに大人の仲間入りね」
「そうですね。昨日よりもずっと大人びて見えます」
「一日でそんなに変わるわけないでしょ?」
「ふふ、確かにそうですね。嘘です。いつもと変わらず可愛らしいお嬢様です」
「これからどんどん大人になるのかしらね」
「そうですね。これからです」
メイドのミアは私とは六歳年上だ。
長い黒髪を一本の乱れなく結い上げて、その髪と同じく黒い目。そして目を引くのがこの国の女性の平均的な身長よりも高い背丈、自分よりも背の高い女を嫁に貰いたくないと断られて結婚出来ないならせめて奉仕活動でもして役に立てと十四歳の頃に私の家のメイドとしてやって来た。
両親も兄も他のメイド候補達よりも頭ひとつ分高い彼女に驚きこんな目立つメイド雇えないと断ろうとしたが九歳の私はそんな彼女を見て格好いいと指差して肩車をせがみ、今までで一番高い景色を見せてくれたミアを私専属のメイドとして雇い入れる事にした。
そして今日まで彼女は側にいてくれている。
「ミア。私が輿入れしたらあなたはどうなるの?」
輿入れすると、基本的には花嫁道具以外に夫の家には持ち込めない。
「旦那様とお話しました。お嬢様が輿入れされた後でもお屋敷では働かせて貰えるらしいです」
「それじゃ私がいなくなった後もミアはここにいてくれるのね」
「はい。何とかいれそうです」
「でも…向こうのお家に行ったらどこまで自由に出来るかしら」
「そうですね…私から会いに行くのは難しいですし」
この国の女性は十六歳で成人する。
男性も同じく十六歳で成人するが、成人した後も人生の歩みは変わる。
まず、私のような貴族の場合。生まれてから乳母に育てられて女性が身につけるべき所作を習う。礼儀作法に始まり知識をつけるための勉強。ドレスの着方と歩き方。晩餐会での踊り方。日常生活における喋り方。貴族の女性は喋り方が統一されているから分かりやすい。ほんの少しでも喋り方が崩れれば白い目で見られて不恰好な踊り方にドレスに皺一つついていればこれまた白い目で見られてしまう。
そして十歳になる前には同じぐらいの階級の貴族同士の親が我が子の婚約者を決める。肖像画と噂で決める時もあればこの貴族と関係を結びたいとして相手がどんな人間でも構わないから関係を結ぶ事もある。
あちらのお家の嫡男は見目も麗しく正義感も強い素敵な方ですよ。そんな噂から始まり家柄を調べて我が家と遜色無い家だと分かると幼い私をありったけ着飾らせて後の婚約者となるディン・レーズ様のお屋敷に向かった。
我が家が他国の王族・貴族御用達のホテルの経営一家だと知っていた彼の家族は歓迎してくれた。そしてあっという間に婚約は決まりこれで将来は安泰だなと言って両親がホッとした顔を見せていた。
婚約すると定期的に会うようになる。幼い頃は両親も同伴してお互いを知るように話をしてたお互い足を引っ張りながらダンスを踊り、彼は待望の嫡男として生まれて彼の両親は私の目から見ても分かるように随分可愛がられていた。
そのためか、少々我が強いところがあり会話の中で言葉づかいの間違いを指摘すると間違いを認めずに無言で怒り私が謝り終わらせた。
しかしその後に花を一輪用意して小さな声で謝る事もある。それで十分だ。
成長してからは家の跡継ぎとしての勉強や国の王族を守るために戦う訓練など忙しい日々を送っているらしく、段々と会う機会は減っていく。定期的に手紙は出しているが。
「ディン様とは最近会われていませんが…どうされたのでしょうか」
「お忙しくされているみたい。手紙には学校が忙しいと」
「お嬢様はご卒業されてもディン様はこれからまだまだありますからね」
十五歳で学校を終える女の子と違い、男の子はまだ学校へと通う。政治に関わる勉強や騎士としての訓練。希望するようであれば医師の勉強も可能である。
明確に何年で卒業は無いが、平均的には二十歳で自分自身の学びが終わったと思い卒業をしている。
その間その学校に通っている男の子の婚約者はどうしているか。
学校を卒業して十六歳の成人になるまでは実家で花嫁修行を完璧にして、十六歳になると婚約者が卒業するまで婚約者のお家に移り義両親からその家の者としての振る舞いを教育してもらうのだ。
「アリヤ様は、いつ頃からあちらのお屋敷に?」
「それがまだ聞いていないの。先に成人したお友達はみんな婚約者のお家に行ったようだけど…」
「ディン様が卒業されて輿入れされるまでご家族と過ごされるように配慮して下さってるとか?」
「どうだろう。考えづらいわ」
卒業を控えた頃に周りの友人達は成人した後のこの日に家に来るようにと義両親から報せが来たと言っているのを覚えている。それなら私にも近々来るだろうと思い待っていたがそれらしい報せが無く。母に伝えるとあなた向こうのお家に何か無礼な事をした?と眉を潜めて聞かれてしまいいいえそんなことと首を振った。
お義母様に手紙で聞いたが今はまだ待つようにと短く返事が返ってきただけであった。
ほんの少しの不安を持ちながら髪を結い上げて飾りを着けて重いドレスを身に付けて更に耳にはイヤリング。首もとには肩が凝りそうなネックレスを着けて顔には粉を叩き色を塗る。
「…どう?」
「完璧です」
「ありがとう。それじゃ…」
準備も整えてもらった事だ。
それではこの部屋から出よう。
屋敷の使用人は口を揃えておめでとうございますと言ってくれる。その度に口角を上げて微笑みありがとうと返すのだ。
今日の予定としてはこれから誕生パーティーに招いた客人が何人も訪問してくるためその出迎えをして夜には招いた全員が揃う予定のためここからが本番だ。
婚約者の家族も来るだろう。
流石にしばらく音沙汰無いとは言え婚約者の誕生パーティーには来るはずだ。そしたら今後の事は少しは進展があるはずだと思っている。
その前にまずは実の家族だ。
「お母様。お父様」
「アリヤ」
「アリヤ、ようやく成人ね」
客人を迎えるために準備をしていた両親にドレスの裾を持って頭を下げる。
「はい。今日という日まで大切に育てていただき心よりお礼申し上げます」
「そうね。ところであなたディン様とはどうなっているの?」
ここ最近、いいえずっとお会いになっていないようだけど。
「私も何度もお手紙を差し上げているのですが…」
「あなたが何かしたのではなくて?」
「困るぞそれは。我が家との繋がりをきちんと結ばなくては…」
「存じております。しかし向こうのお義母様からは待つようにとしか」
「まったく…困りましたね」
頭を上げなさい。
そう言われてようやく頭を上げると両親は私を見てはいなかった。今日のパーティーに振る舞われる料理の話や誰が招かれるのかそれならやはり飾りつけはと、一応主役の私を置いて招かれるお客様のために料理や飾りつけは進められていた。
「お嬢様…」
ミアに声をかけられて招いた客人が来たのがすぐに分かるような場所に立ち両親の熱心なもてなしを他人事のように聞いていた。
慣れている。
両親の関心は後継者である兄と我が家が経営するホテルの発展。それだけだ。
二人目が生まれた時に女の私が生まれたと分かるとすぐにホテルの発展に役に立ちそうな家と婚姻関係を結ぶために完璧な女であるように教育されていた。
大人しく控え目で上品に笑い夫を立てて完璧な女、完璧な妻、完璧な母になるようにと自分のやりたい事を圧し殺して十六年生きると案外慣れるものである。それでも夢に見る、自由な生き方の女の子を常に羨ましいと思っている。ホテルの経営は兄がする。私は口には出せない。夢の中で見ていた女性は女ながらにホテルを経営して自分の名前を売っていた。堂々としていてとても格好良かった。
私には出来ない生き方だ。
そう思っていた。
そう思っていたのに。
「…はい?」
「え、えぇ…そうですよね…分かります…でも落ち着いて聞いて下さいね」
ミアが青ざめた顔で話す。
婚約者のディン様が酒場の娘と駆け落ちしたと屋敷に来た義両親が重く告げた。
屋敷には彼の置き手紙があり、何でも学校帰りに友人と平民の町を調査するとかで立ち寄った酒場で運命的な出会いを果たしたと、彼女は運命の人だと。
「その酒場の娘は誰!?」
「貴族と平民の結婚なんて許されてないだろ?」
「だから駆け落ちしたんでしょう」
法的には結婚はしてはいけないと言うのは無いが、この国の常識としてはお互い同じくらいの身分で結婚するのが当たり前だ。仮にディン様のように貴族と平民が結婚するとなった場合、貴族側の家族が許せば平民から貴族になり貴族としての立ち振舞いを学ぶだろう。しかし許されなければ平民に身分は降格させられて二度と家の敷居を跨ぐのを許されない。
どちらも選らばずに婚約者と顔も知らないその女性は自分達の運命を信じて逃げた。
「家にあった宝石なんかも持っていったわ…」
「レーズ夫人。ご子息の変化には気付けなかったのですか?」
息子が駆け落ちした事で苛立った表情を隠さない義両親は兄に尋ねられていた。
「学校での勉強を熱心に行っていると思っていたのよ。口数も少ないし…真面目な子だからこんな事になるなんて思わなかったわ」
「待ってください。そしたら妹の結婚はどうなるのですか?」
お義母様が兄に尋ねられてこちらを見る。何とも鬱陶しそうな表情で。
「申し訳ないけども…息子がいなくなった以上は婚約は解消ね」
「お待ちください!そしたら我が家に入る予定だった結納金は…」
兄が焦る。
私の結婚の結納金だがホテルの経営を引き継いだ兄はそのお金を使い更にホテルの内装を豪華にする予定だったのだ。それが今無くなりそうになっている。
「落ち度は息子にあるわ…だからアリヤ嬢には婚約破棄の慰謝料を差し上げます。これでよろしいかしら?」
「必ずですよ」
「分かっていますよ。私達もこれから駆け落ちした息子とその相手を調べたり忙しいのでこれで…」
「アリヤ嬢」
「はい…?お義父様」
一言も口を挟めずに事が終わろうとするとお義父様が声をかける。
「息子の事は忘れない。あなたにはあなたの人生がある」
そう言って肩を叩き他人になった義両親は去っていった。
いや、あなたの人生って。
貴族女性は成人する前に婚約して結婚して人生が決まるんですよ。その結婚が無いものになったらどうするんです?
この年齢からまた結婚して下さる殿方を探すとなると、あまりにもハードルが高い。いたとしても訳あり。お相手と死別をしたかもしくは釣り合わない身分か。
「ここに来て婚約が無くなるなんて」
「アリヤ!あなたどうしてディン様を繋ぎ止められなかったの!!」
「そうだ!お前が婚約者なのに!しかも平民の…酒場の娘なんぞに奪われるなんて恥を知れ!」
両親が私の誕生パーティーのために準備した高いお酒を私に浴びせた。高いドレスがシミを作り台無しになる。
「あぁ!ドレスも台無し!どうしてこんな事に!」
ドレスを台無しにしたのはあなた達ですよ。
「今からまた結婚してくれる人を探す…?こんな娘を誰が貰ってくれるんだ…」
おどおどして人の顔色ばかり伺って面白みもない女を。
おどおど、女として出過ぎた真似をするなと。きちんと表情を読み取れと。
必要以上に発言するなと、殿方の声に黙って静かに従えと。
そう、育てたのはあなた達じゃない。
「私、部屋に戻りますね」
家族に私の声は聞こえていたのか知らないが私は部屋に戻りドレスを脱いで髪飾りを取り化粧を落としてベッドに飛び込んだ。
「お嬢様、お嬢様しっかり」
追いかけてきたミアもベッドに沈む私を慰めるようにして声をかける。
「ごめんね。一人になりたいの」
そう言って心配するミアに部屋から出てもらい私はどうすれば良かったのかと自問自答した。
女として婚約者として妻として可愛がられるようにと男を婚約者を夫を立ててその横で愛されるように着飾り決して出過ぎないようにと教育されていながら顔も知らない酒場の平民の女の子に彼を奪われた。
どうすれば良かったのか。手紙の返事が来ない事をもっと問い詰めれば良かったのでは、お義母様から今は待つようにと言われたがそれを無視して問い詰めれば良かったのか。
私は逆らわずに従順に家のために生きてきたのに何故こうも責め立てられるのか。答えが出ない疑問が頭の中で何度も浮かび落ちて体をどんどん重くしていくと目は閉じられた。
その日、今までで一番鮮明に夢を見た。
「……」
ひどい状態で目が覚めると頭を乱暴にかいて大きな深呼吸一つに私は扉を開ける。
「お嬢様!おはようございます!」
ミアはずっと部屋の前にいたのか隈が出来ている。
「…おはよう」
「ご気分はどうですか?大丈夫、何とかなります。今回の件はアリヤ様に何の落ち度も無いのですから」
「ミア。顔を洗いたいわ。冷たい水を持ってきて」
「え?か、かしこまりました!」
一晩中心配させてしまったミアを働かせるのは気が引けたがしっかりしなくては。
冷たい水で顔を洗い髪を整えて相変わらず重いドレスを纏いしばらくすると家族に呼ばれる。客間に行くと家族と義両親がいた。
「…今回の件だが」
そして父が口を開く。
「まずは我がアーバン家令嬢アリヤ・アーバンとレーズ家令息ディン・レーズ殿との婚約は破棄となる」
「こちらの責任がある。話した通りに婚約破棄の慰謝料は支払います」
お義父様がそう返す。
「しかしレーズ夫人…本当に気付けなかったのですか?」
今度は母がお義母様に問う。
「勉学に励んでいるとばかりに…そのためアリヤ嬢からの手紙も勉学に集中したいから控えるようにと言われていました」
あぁ、だからお義母様に聞いても待つようにとだけ言われたのか。
「今後は…」
「探します。当然でしょう」
貴族が平民の女と結婚だなんて我が家の恥です。見つけて連れ戻させてますよ。
ただそれがいつになるか分からない。そんな期間大事なご令嬢を我が家に締め付けておく必要はありません。どうぞご自由になさって下さい。
「…しかし今そんな」
放り出されても。
「アリヤ嬢。分かって下さいな。息子はいつ見つかるか分かりません。もしかしたら何年もあなたを婚約者として縛り付ける事になる。成人したばかりのあなたの貴重な時間を奪う訳にはいかないのです」
「……」
「どうか、アリヤ嬢は別の幸せを得るのです」
そう言って他人になったレーズ夫人は微笑んだ。
そりゃそうか。もしかしたら何年も見つからない。その間他人の娘を自分の家にずっと置いておくなど嫌だろう。更に年齢を重ねれば仮に見つかったとしてもその時再び夫婦として再生出来るか分かったものではない。
それならとっとと捨てて、息子が見つかったら見つかったらで息子にはその酒場の娘に似た貴族の若い女とでも婚姻関係を再び結べばいい。
まあそんな未来が来るかどうかは分からないが。もう私の知ったことではない。
そして実の家族には婚約者を繋ぎ止められなかったのはお前の責任であると責めに責められて今から縁談を探したとてもうこんな捨てられた女と結婚してくれそうなのは家のためにもならないハズレばかりだと頭を抱えた家族は私をこの家から遠く離れた土地に送るのを決めた。
話を聞いていたミアは呆然と口を開いてお待ちくださいと止めてくれようとするが、メイドが口を挟む話ではないと発言すら許さなかった。
「何も縁を切る訳じゃない」
「ただこの事態はあなたにも間違いなく責任はあるししばらくそこで自分を見直しなさい」
「街から離れても私達が持っている家がある。ミアを連れて行きなさい。自然もたくさんあるしそこでゆっくりしろ」
縁を切らないとは言うがほぼほぼ絶縁だろうこれ。
家族が私に与えたのは長い長い自分を見つめ直す反省期間と祖父母が持っていた地方にある古びた屋敷。
幼い頃から一緒のメイドのミアと私に与えられるはずの婚約破棄の慰謝料はホテルの発展のためにとほぼほぼ取られてしまい僅かにしか与えられない。
そうして何も失う物が無くなった私は婚約破棄された可愛そうな令嬢として家族からも見放されて古びた屋敷に向かう事になった。
「…いくらなんでもやり過ぎでしょう!お嬢様は何も悪くないのに!」
行きの馬車の中でミアが溜まりに溜まった不満を吐き出した。
「婚約破棄がお嬢様の責任なわけがないじゃないですか!向こうが勝手に駆け落ちしたの!」
「昔から可愛がられて世間知らずだったから自分の知らない世界を知ってる酒場の女の子は魅力的でしょうね」
「でも!貴族は貴族です!駆け落ちした事でどれだけ自分のお家と相手方のお家に迷惑がかかるか分かっていません!」
「私の家族はホテルのためのお金が手に入ればいいんでしょうね。あわよくば結婚後も私を通じて経営難の時に支援してもらおうと思ってたみたいだけど…」
「…どうしてお嬢様だけを悪者にするのでしょうか」
「この国は…第一に嫡男で女は発展のための道具だからね」
「そんなことおっしゃらないで下さい」
と言うか何か雰囲気変わってませんか?
「もうお人形みたいに扱われるのも振る舞うのも必要無いからね」
馬車の中で大胆に足を組む。はしたないと叩く母はもういない。
ミアが驚いた顔でこちらを見るが「…お転婆なお嬢様が戻られましたね」と笑う。
夢を見た。
幼い頃から見ていた夢の正体がやっと分かった。
あれは私の夢だ。
こことは違う世界にいる私の夢で、そこでは女はこの国で女としての法則に縛られて生きているような生活ではない。むしろ女として謳歌している。
それはまあ多少は生まれた性別に窮屈さや壁を感じる事もあるかもしれないが、この国よりはずっと自由だ。
好きな服を着て好きな化粧をして勉学に励み仕事をして自立している。
何より私が魅力的に感じたのは一人で旅行をする事だった。この国では女一人の旅行は危険で夫や恋人なのと連れ添ってするのが当たり前だ。一人で旅行をしようものなら男装をして用心する必要がある。
それがその世界では当たり前ではない。自分の思うままに足を進める事が出来る。私は今この世界に生まれ落ちてからずっと抑圧されてきたものをここで解放すべきだと決めた。
「ミア」
「はい?」
「お祖父様とおばあ様のお屋敷はどれぐらい広いかしら?」
「お嬢様が今よりも小さな頃に行ったきりでしたから…正確には分かりませんがお部屋の数は二十程あるかと」
「そうね。まずはそれぐらいからね」
「お嬢様?」
「ミア。私にはもう何も残っていないと思う?」
「いえそんなことはありません!」
「ありがとう。でも世間はきっと私を家族にも婚約者にも捨てられた何もない女だと思うわ」
「そんなのがいたら私が制裁します」
「ありがとう…でも、何も無いなら逆にこれから何でも出来るわ」
「何でも?何かお嬢様に考えがおありで?」
「私、屋敷を改装してホテルを作るわ」
「ホテルを??」
「ただのホテルじゃない。平民の手が届く価格で普段は味わえないサービスを売るの」
「お嬢様?」
「女性一人でも安心して…いえむしろ安心どころか疲れた体を休めて癒すサービスたっぷりのビジネスホテルを作ってやるわ!」
「お嬢様???」
ミアが目を点にしている。
何を言っているか理解出来ないでしょうけど、こうなったらとことんやってやるわ。
王族貴族御用達の豪華絢爛なホテルを作るのが私の家族なら、私はその逆に平民達に指示を得られるビジネスホテルを作って女経営者になってやる。
夢で見た某ホテルの女社長のように。
「そして私の顔が描かれたカレーを配るわ」
「お嬢様????」




