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8 六芒星とリボンの魔導士

 再び荒岩山(マウント・ラフロック)の山頂へ向かうリンとガイの目は、完全に据わっていた。


「知ってました、リンさん。あのトカゲったら人間語が堪能なんですって!」


「ええガイさん、ワタシもビックリですよ、しかも人型になるらしいじゃないデスカ」


「「わーぉ、初耳だネ!!!」」


 怒りのあまり口調もおかしい。ぴぴぃ…とガイのカバンから顔をのぞかせているヴィオラが、心なしか怯えている。


「つか、お前は知ってたのかよ」


 ちらりとカバンに目をやったリンの問いかけに、ヴィオラはブンブンと首を横に振った。


『ーーー《知らなかったわ。でもドラゴンとは普通にしゃべれるのに、人間とはしゃべれないのは不思議だなーって思ってたけど》」


 ヴィオラとの会話には相変わらずカニが必要なので、リンの耳には相変わらず本音ぶちまけ装置が装着されたままだ。


「ま、黒竜の言語能力に頼ってたなんて、分からねぇか…」


『解析ーーー《そこは、気づけよ、のんびりしてるな…》」


 ヴィオラの方はリンの口の悪さに慣れてきたのか、本音を聞かされても、ごめん、と笑うだけだった。


「でも、それで言ったらさ。黒竜と妖精の会話って、ヴィオラみたいな『ぴぴぴぃ』って高い声でされてるってこと? それもシュールだよねぇ」


「確かに、爆笑もんだな」


『解析ーーー《……だっせぇ。想像しただけで草生えるわ》』


 無機質な機械音声が、リンの嘲笑を無慈悲に翻訳して放り投げた。


 その瞬間、リンは無表情のまま耳元のカニをむんずと掴み、引き剥がした。


「……リン?」


「もうすぐ山頂だ。これ以上、こいつの『余計な通訳』に脳のリソースを割く必要はねぇだろ」


 リンの目は、一切の感情を削ぎ落とした闇を湛えている。これから始まる死闘を前に、精神を乱すだけのガラクタを切り捨てたのだ。


「……そうだね。ヴィオラ、危ないから絶対に出てこないでね」


 ガイも相棒の殺気を感じ取り、表情を引き締める。


 二人の魔導士は、黒竜との再戦に向け、獲物を狙う獣のような足取りで山頂への道を急いだ。


 片手であしらわれたなど、口が裂けてもギルドに報告できない。


 必ずやり返してやる。そんな決意にあふれた二人は、本来の目的が妖精と黒竜の和解であることを忘れ、すでにヤンキーの喧嘩の様相を帯びている。


「くぉら、このクソトカゲ!!!てめぇ喋れるんじゃねぇか!」


 止める者もいない山の上に、リンの罵声に呼応するように現れたのは、巨大な竜ではなく、一人の青年だった。


「……あ? なんだよその姿。俺ら相手に本気を出すまでもねぇってか?」


「いや、お前たちの短い首では俺を見上げるのも大変だろうと思ってな。……親切だろう?まあ、いい。ちょうど暇だったんだ。ちょっとくらい相手をしてやってもいいぜ?」


 ヴァルトの「気遣い」は、リンにとっては火に油を注ぐような「煽り」にしか聞こえなかった。


 ヴァルトの右手に集約された真っ黒いエネルギー。


 魔力に似ているが、質が違う。

 圧倒的な重量感だった。


 ゴォォォ…というあたりを呑み込むような振動を起こしながら徐々に大きくなるエネルギーの塊に、ガイが身構え、リンが新調したばかりのペンを構えた。


 ふわり、とピンクのリボンが揺れた。


 ……ヴァルトの視線が、わずかに止まる。


「ガイ!!!」


 揺れるリボンと光のパレード。見るものを生ぬるい気持ちにさせるファンシーな世界。それが、一瞬にしてガイの魔力によって、強力な防御魔法として展開される。


 ヴァルトがうち放った巨大なエネルギーを包み込み、消滅させようと喰らいつき地響きを巻き起こす。激しい攻防の末、粉塵を散らし、すべてのエネルギーが霧散した。


「やるじゃないか、人間!!高度な数式と膨大な魔力だ。面白い…」


 ニィ、と笑ったヴァルトが咆哮する。そこに現れたのは巨大な漆黒の竜であった。


「くそ、人間のまま戦えっつーの!!!」


 巨躯が地面を叩き、大地が爆ぜる。一歩間違えれば肉塊に変えられる極限状態の中、リンが握りしめるペンのー先では、ピンクのリボンが「るんっ」と楽しげに弾んでいた。


「伝説の魔法使い『魔法少女るるなる』のペンを、そうも使いこなすとは、見事だ人間!」


「『るるなる』知名度高すぎるだろ!!!」


 ヴァルトの知識量の多さに圧倒されながらも、素早く光を滑らせ、「ガイ!!」と叫ぶ。


「『輝光流星群(ブライティッズ)』 !!!」


 空中に浮きだした無数の矢がヴァルトを中心に次々と生成され、照準を定めた瞬間、豪雨のように襲い掛かった。


 おびただしい光の前に、黒竜はガッと口を開け劈くような音をたて咆哮する。暴風が巻き起こり光の矢がみるみると打ち消されていった。


「ハハハ! 久しぶりだ、ここまで骨のある人間は!良いぞ、人間。もっと楽しませろ!!!」


 ドラゴンの闘争本能を刺激され爛々と目を輝かせるヴァルトが、嬉々として襲い掛かる。


「 ーー潰されて死ね!!」


「リン!このまま消耗戦に持ち込まれたらまずいよ!」


「分かってる!!」


 何か、何か有効な手段はないか。ジリジリした焦燥にかられるリンの耳にミーナの声がよみがえった。


 ーーー『るるなる』はね、魔法で敵を攻撃しないの!リボンでぐるぐる巻きにして「めっ」て怒るのよ!


「ガイ……!!!!」


 リンが叫ぶ。その目には、羞恥心を通り越し、すべてを諦めた悟りの境地が宿っていた。


  世界を再定義するほど緻密な演算。


 …しかし、顕現させるのは、無慈悲なまでにファンシーなピンクのリボンである。それを核として組み上げられた複雑な幾何学模様の光の魔方陣。


 煌めく中心にガイが手を伸ばし、触れた瞬間にその魔法を発動させた。


 シュッと風を切る音ともに、まるで生き物のように、ピンクのリボンがヴァルトの周囲を幾重にも回り、パァンという音をさせてゴムのように一気に縮小する。


 あとに残ったのは、リボンにグルグル巻きにされた黒竜であった。


「…これは『るるなる』の必殺技!!!」


 そう、


「トキメクきらめき・ハートリボンフラッシュ」であった。


 さて、熾烈な戦いの爪痕を生々しく遺す山頂で、散々暴れて満足した黒竜が感慨深げに頷いていた。


「まさか、この身にあの必殺技を受ける日が来るとはな」


 もはや、放った方が葬り去りたい過去である。リベンジに成功したはずのリンとガイは魂の抜けたようにその場に崩れ落ちている。


 その、ガイのカバンの中から、もぞもぞとヴィオラが這い出てきた。


『ヴァルト様!!!一族の失礼はお詫びします。どうか盟約の継続を!!!!』


 リンとガイには「ぴぴぃ」としか聞こえないが、やはり黒竜には伝わるようで、ヴァルトは鼻を鳴らした。


 慌てて、リンが例のカニを耳に装着する。


『ーーー《盟約というが、あれはお前たちが勝手に行った儀式だ。俺は助けたかったから助け、助けたくなかったら助けない》」


『ーーー《…そんな!!!》」


 へたり込むヴィオラをよそに、ヴァルトは興味深そうにリンとガイを見つめた。


『ーーー《お前たちの仕組みは面白いな。懐かしい匂いがする一方で、見たこともない異質な律動を感じる。……世界の理の中にあるようで、そうとも言い切れない。外にあるようで、中にあるようでもある》』


「なんだって、リン?」


「だめだ。翻訳機付けてても何言ってんのかわかんねぇ」


 しゅぅぅぅ、と音を立ててヴァルトが人の形をとった。満足げに細められた目が好奇心に満ちている。


 ゾクり、と言い知れぬ悪寒が二人の背筋を走った。これは「やばい人」に目をつけられた時の感じだ。


 レオン然り、エレオノーラ然り…。


「お前たちは退屈しなさそうだ、気に入った。困ったときは俺を呼ぶがいい」


 全力で関わりたくないタイプのやつに関わってしまった気がする。


 強烈な不安を抱えながら二人はとりあえず伝えた。すっかり忘れていたけど、仕事は大事だ。


「…じゃあ、妖精との約定を継続してくれ」


 黒竜ヴァルトは肩をすくめて、仕方ないなとあっさり了承したのだった。



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