10 おまけ:ドラゴンは害虫か否か
「ヘンリー・フォレスト作、妖精のはまった花入れ、制作時期:晩年」
『星屑の天球儀』の最奥に位置する応接室で、アルテミス王国の王太子クロヴィスは、テーブルに置かれた花入れの説明に目を止めた。
花瓶は、縦一直線に金で継がれている。
由来によれば、花入れで遊んでいた妖精が中にはまり込んで抜け出せなくなり、見かねた若者が花瓶を割って助けたのだという。その名残が、この金の継ぎ目らしい。
実際に、研究者達の調べにより、妖精の痕跡が確認されている。
妖精までも魅了する作家として、急激に価値を上げたのが「ヘンリー・フォレスト」である。
「さて、どこまで信用できるのか…」
クロヴィスは花瓶をそっと下ろす。すると、タイミングを合わせたようにエレオノーラが扉の奥から現れた。
「お待たせしてしまって、申し訳ございませんわ、殿下」
「いや、『待つ』という体験は、なかなか出来ないからな。ここは本当に勉強になる」
いつもは店内を誰に咎められることもなく自由に歩けるクロヴィスだが、今日は勝手が異なった。
目当ての二人組は、来客中なので待て、というのだ。
王太子に対して、そのように振る舞うなど言語道断だが、『天球の灯』の魔導士たちは、どこ吹く風である。
「殿下にご同席いただくことに、問題ないそうですわ」
「それは、ありがたいな」
お互いに底の見えない笑顔で、地下のギルドへ向かう。
「ところで、リンとガイの先客というのは誰なんだ?」
「ドラゴンですわ」
クロヴィスの時が、止まった。
「最近、上空で良く見かけますでしょ?あの方ですわ」
「…ついに、ドラゴンにまで手を出したのか」
思わず苦笑する。あり得ないことを、いとも容易く成し遂げる。さすがはヴァランシエールと言うべきか。
「あら、心外ですわ。リンとガイの友人(?)ですよ」
さすがは『天球の灯』と、言うべきだったか。
「それはまた、随分と幅広い交友関係だな」
「ふふ。殿下ともお友達なくらいですものね」
先程までの腹の探り愛とは異なる、悪戯っぽい微笑みに、返って気恥ずかしさを感じ、クロヴィスは目をそらした。
「よぅ、殿下。何?相変わらず暇なのか」
「殿下、久しぶりー」
地下の一室に、部屋に案内されると変わらぬ二人が手を上げて迎え入れた。相変わらず、王太子をまるで迷い犬のように扱う二人だ。
クロヴィスは、「暇じゃない、勉強だ」と軽口をたたきながら、二人の友人のもとへ歩み寄る。そして、その目の前で、のんびりと菓子をつまむ黒づくめの男に視線をやった。
「無理だぜ、殿下。こいつは人の理の中にいねぇ」
「仲良くしたいなら、自己紹介は自分からだよ。ポンコツ殿下!」
ほぼ悪気だらけでニヤニヤするリンと、無意識の毒を込めるガイ。どちらの方がましなのか。
「失礼した。私はこの国の王太子クロヴィス・アルフォンソ・ヴェリエだ」
最低限の礼節を持って挨拶をするクロヴィスを、黒竜ヴァルトは片眉を上げて眺めた。
「……ヴェリエか。ああ、あの時の。ククッ、なるほど。今代の王、お前もまた面白いな。外にあるようで内になるものよ」
「……何?」
唖然とするクロヴィスをよそに、ヴァルトは既に興味を失ったのか、手元の菓子を口に放り込んだ。
「こいつの言うことは、俺らもさっぱり分かんねぇよ。気にするな」
「まぁ、とりあえず、まだ王じゃないしね! いつやらかして廃嫡になるかも分からないし」
また、なにか失礼なことを言われた気がする。
「不敬だな」
鼻にシワを寄せるクロヴィスのことなど、「違いない」と笑い転げる二人は歯牙にもかけない。
多少、身に覚えのあるクロヴィスは、くそ、と舌打ちをする。王族らしくないその振る舞いをヴァルトは面白そうに眺めていた。
『止められた時間が動きだすか…』
彼の言葉で小さくこぼれた言葉は、室内の喧騒に溶けて消える。
「なにか言ったか?」
「いや、何も。そういえば、とんでもなく美しく可憐な女を見たぞ。神話にもあれだけの美貌はあるまいよ、あれは誰だ?」
ヴァルトが事も無げに言った相手が、他ならぬリリアーヌであることを察して、その場が凍りついた。
にっこりと微笑むエレオノーラがその手に、どこから持ち出したのか、魔導冷却式の強力な殺虫剤を掲げる。
「あら、こんなところに害虫ですわ」
相手が誰であれ、容赦のないエレオノーラに、その場にいた全員が戦慄するのであった。
今回は、ここでおしまいです。ありがとうございました!よろしければまた次のお話で!




