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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十三章 バルディアにて
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第七十六話 悪知恵と覚悟

 日が落ちて夜の帳が下り始めた頃、バルディア城の一室に三人の人影があった。

 部屋の奥の方に置かれた執務机にセオ、そして手前のテーブルを挟む形でノアとミリアが向かい合わせに座っている。

 今はノアが、リネットによるレッタの治療について報告していた。

「ふむ……リネットは《治癒(ヒール)》とやらをモノにしそうなのか。」

「はい。治療しているのを一度見ただけですが、あの様子ですと緊急性の高い負傷でなければ、近いうちに対応できるようになるかと。」

「しかし……先日のミリア殿に対してルカ殿が使った術ではないのだろう?」

「ルカ殿の話ですと、あの時は負傷後時間が経ちすぎていて、大量に出血してしまっていたのが問題だったようです。同じレベルの怪我でも負傷後すぐであれば《治癒(ヒール)》で対応できるとのことでした。」

 ルカがリネットに教えた《治癒(ヒール)》は自己治癒能力の活性化でしかない。つまりどこまで行っても「身体が自分で治せる可能性のある怪我しか治癒できない」ということだ。

 だが、自己治癒能力を活性化させた結果、「短縮された時間」というものは絶対的に無視できない。

 負傷後時間が経過する前にその負傷箇所を治癒できるのであれば、大量出血による失血死はもちろんのこと、負傷箇所の壊死などに伴う敗血症による死亡も回避できることになる。これは戦場での負傷による死者を大きく減らせる可能性があることを意味していた。

「ふふっ……あの赤き盾に加えて怪我の治療もできる人材、しかも女性で姫様との仲も良好……こうなると彼女はますます手放せそうにありませんね?」

「あぁ、まったくだ。やはり感応術師団で腐らせておいて良い人間ではないな。」

 穏やかに微笑みながら、ミリアが口にしたことは、この場の三人の一致した見解だ。

 騎士団でも、特にリィゼの周囲を固める王女付きの護衛騎士団としては、喉から手が出るほど欲しい。

「そうなると転属させたいところですが、あちら(感応術師団)は手放してくれるでしょうか。」

 エディルの一件もあり騎士団、特にリィゼの近くを固める人間は頭数が減った状態だ。

 早急に人員を補充したいが、慌てて要員を追加した結果、またエディルのような者を引き入れてしまうことになっては本末転倒だ。

 そういう意味でもリネットは「裏が取れている」人物であり、ミリアが口にした評価も相まって、これ以上ない適任者だった。

 しかしどこの国にもよくある話で、騎士団と感応術師団は仲があまり良くない。身体を鍛え、その肉体で以て任務をこなす集団と、知性と精神を鍛え、その術で以て任務をこなす集団は、双方とも、自分たちこそが国にとってより貢献しているのだと、いがみ合っているのだ。騎士団全体としてはどうあれ、セオ自身はそれほど感応術師団に対して含むところはないのだが、残念ながら相手側はそうでもないらしい。

 そういう関係性では、ただ特定の人材を貰い受けたいと話をしたところで、にべもなく突っぱねられるのが目に見えている。

 難しい表情で考え込むノアだったが、他の二人は少し意地が悪そうに笑みを浮かべていた。

「あら、ノア様。そんなに難しい顔をされていてはせっかくのお顔が台無しですよ?」

「いや、しかし……」

「くくっ……ミリア殿、そうからかってやるな。ノア、心配せずともそこは私とミリア殿で、少しばかり悪知恵を働かせてある。リネットはうまく引き抜いてみせるさ。」

「まぁ、悪知恵だなんて。せっかくあれこれとお知恵をお貸ししましたのに、酷い言われようですこと。」

 小さく肩を振るわせるセオとにこやかに微笑むミリアの様子に、ノアの顔は疑問符だらけだ。二人の口ぶりだと、すでに動いているようにも聞こえる。

「元々今回の護衛任務に随行させる索敵要員は、広域索敵ができ、かつ護衛対象を術により護ることができる者を三名、だっただろう?」

「え、えぇ……ですが、言葉通りの条件を満たしているのは二人でした。リネットの広域索敵能力はギリギリ、術による防御については残念ながら明らかに能力不足でしたからね。そこは……言葉を選ばずに言えば"嫌がらせ"だったんでしょうが。」

 彼ら、つまり感応術師団から言わせれば「リネットも《風の封壁(ウインド・シール)》は使えるのだから、条件は満たしている。」ということなのだろうが、護衛部隊への派遣当初の彼女では明らかに能力不足だった。しかも任務の目的はリィゼ、つまり王族の護衛だ。そういう意味では"嫌がらせ"というには度が過ぎている。

「だろうな。おそらく王都からそう遠くないバルディアへの護衛ごときで、戦闘行為など発生しないと踏んでいたのだろう。だが実際は襲撃を受けてしまった。三人を受け入れた我々に非がないわけじゃないが、それ以前にリスクを不当に低く見積もってきたのはあちら側だ。事と次第によっては団長の責任問題にもなりかねん失態、とも言える。」

「そこでセオ様からあちらへ"護衛部隊としての体制不備を是正したい"と申し入れていただきました。今回の襲撃に対して感応術師団の責任を直接的に問うのではなく、"体制が不十分だった、なのでその補強にリネットさんを貰い受けたい"と。書簡の中には他にも細々と書いてもらっていますが、乱暴に一言でまとめてしまうと"エディルの欠員補充にリネットを入れたい"ということですね。」

 セオの言葉にミリアが続ける。話しぶりは表向きの話をしているが、暗に"派遣要員に関する責任を問わない代わりにリネットを寄越せ"と言っているのだ。

 言いたいことはわかるし、話の展開の仕方自体は感応術師団側からすると痛いということは理解できる。だが懸念点は他にもある。

「いや、その"エディルの欠員"云々の部分を突っ込まれると辛いのでは? 派遣要員に問題があったのと同様、我々側に裏切り者がいたことを指摘されると思いますが……」

「そこも"体制の不備"として言い切っている。俺やお前は騎士団の在籍期間も長く、入団前の経歴もある程度割れているが、エディルは最初が一般採用枠の志願兵だったのもあって、入団前の素性についてはそれほど細かく調査できていなかったからな。そこも問題だったと言い切ってしまえば、それ自体は嘘ではない以上、頭ごなしに否定するのは苦しいだろう。」

「その点リネットさんであれば王立学院出身と聞いていますし、入団前の情報は十分追跡可能です。護衛騎士団全体の戦闘能力は低下すると見られるでしょうが、裏切りのような問題に関しては改善されると評価されるでしょう。全体としてはプラスです。」

「話の筋は通っているように思えますが、まだちょっと苦しい気が……」

 そう、エディルの件は事が事だけに軽く流せる話ではない。

 申し入れの仕方で指摘しづらくすることはできても、指摘できないようになるわけではないのだ。

 ノアにはどうにもまだ数手足りない気がしてならない。

「もちろん、これだけでは話を押し切るにはまだ弱いでしょう。」

「そこで、ミリア殿に筆頭侍女、および侍女衆の立場から、別の申し入れをしてもらっている。こちらは殿下の侍女として過ごす中で、部隊の索敵体制に強い不安を感じたという点を指摘した上で、殿下の御心を考えれば、より多くの場面で近くに侍ることのできる同性の護衛騎士として、引き続き側に置いておきたい、という希望を出してもらったのだ。」

「はぁ……それは言ってしまえばただの要望だと思うのですが……」

「確かにそうだが、俺の申し入れと合わせると、この要望はかなり面倒な話になる。」

 怪訝そうなノアをよそに、ミリアが優雅にソーサーとティーカップを持ち、香り立つお茶を一口飲む。

「セオ様からの申し入れは、体制不備とその改善のためにリネットさんを寄越せ、という話です。それだけであれば嫌がらせの話もありますし、多少強引でもあれこれと理由を並べて拒否するかもしれませんが、同時に姫様の側である私からの要望が寄せられれば、安易に拒否すれば、それはそのまま王族の意向を拒否したことになりかねません。セオ様側の要請が姫様側の要望と極めて近い話になっている以上、拒否するのであれば、それが妥当だと皆を納得させるだけの論拠が必要になる……ということです。」

 ティーカップをソーサーの上にそっと置き、ミリアがにこりと微笑んだ。

 美しく柔らかい微笑みだが、瞳の奥にはその柔らかさはない。

「と、言うわけだ。ここまでお膳立てしてやれば、我らが感応術師団長殿も喜んでリネットの転属を認めてくれるのではないかな?」

「はぁ……まったく。お二人ともよく悪知恵が働くものですね……」

 うっすらと背筋が寒くなるのを感じながら、ノアは苦笑いを浮かべた。武力であれば良いが、こういう政治的な話が絡むとどうにもミリアには勝てそうな気がしない。おそらく口にしていないだけで、二の矢三の矢くらいは普通に準備しているのだろう。

「ははっ! そうだろう! バルディア到着早々にネクサバードを飛ばしておいたからな、明日には感応術師団長殿から回答がくるだろうよ。まぁ、これくらいやってのけねば人の上には立てんということだな。」

 そう言ってセオは呵々大笑した。なぜだかノアの方を見やって含みを持たせているようにも見える。

 だが、ノア自身はそれに気付く様子もなく、ミリアに倣うようにお茶を口にしていた。

「(ふむ……まだ自覚はない……か……)」

「ところでお二人とも。まだ共有しておかねばならない話題があるでしょう? 時間は有限です。そろそろ姫様が寂しいと拗ねてしまいますので、手早く済ませてしまいましょう。」

「そうですね。次は、王都への帰還日程の件でしょうか。」

 拗ねているリィゼのことでも想像したのか、ミリアは楽しそうにしながらも話を先に進めるべく二人に水を向けた。

「そうだな。そちらはもうギルベルト様とも話はついている。出発は明後日、王都には六の月の二十九日に到着する想定だ。部隊の面々には明日の夕刻に伝える。エディルの件ではないが、情報が漏れる可能性は極力小さく抑えなければならんからな。」

「承知しました。白陽日(はくようび)の前日に到着となると……殿下が陛下や皆様とお会いできるのは白陽礼(はくようれい)の時になりそうですね。」

 この世界は旧時代から約三億年という長い年月のうちに、地球の自転速度や公転周期が変わってしまったことを受け、暦も変わってしまっていた。

 一日は二十五時間、一年は三百五十日だ。

 人類が旧時代の遺跡から得た情報やアリスの誘導もあり、一年は十二ヶ月となっており、毎月の日数は二十九日で固定となっている。

 その上で一年でもっとも日の短い日、つまり旧時代で言うところの冬至に当たる日が年末最終日、逆に一年でもっとも日の長い日、つまり夏至に当たる日がちょうど一年の折り返しを示す日として、先の十二ヶ月に含まれない特別な日とされていた。

 年末最終日は年が巡る日として「巡陽日(じゅんようび)」、一年の折り返しの日は「白陽日(はくようび)」と呼ばれる。

 白陽日(はくようび)は一年でもっとも太陽の恩恵にあずかることができる日として、王国全土で大小さまざまな催しが開催される。ノアの口にした「白陽礼」は、王族が王城のバルコニーから国民に向けて節目の挨拶を行う行事だ。

 リィゼ自身はまだ未成年ということもあり、本人が出席する公務はそれほど多くはない。だが、「白陽礼」は特別な理由がない限り、王族全員が出席するのが決まりなのだ。

「護衛部隊の構成はどうなりますか? ギルベルト様から要員を融通していただけると聞いていますが……」

「あぁ、追加要員はユージンたちの代わりに後方警戒を担当してもらうことにする。ギルベルト様には申し訳ないが、殿下の近くに配置するのはな……」

 ノアが渋面を浮かべる。

 ギルベルトを信用していないわけではないが、融通してもらう追加要員に信を置けるかどうかは別問題だ。

 エディルの件から日が浅いこともあり、どうしてもそのあたりは神経質にならざるを得ない。

 すぐに信用できない以上、どうしてもリィゼから離れた位置に配置するしかないのだ。

「となると、浮いた者たちは側面警戒の部隊に加えることにしますか?」

「そうなるな。あと、索敵者(シーカー)二人の運用に変更はないが、リネットはエリナ嬢と一緒に殿下の馬車周辺についてもらう。殺された御者の代わりはノア、お前だ。最後にルカ殿は馬で隊列全体を見てもらうことにする。質問はあるか? 懸念点などなければこれで進めるが。」

 セオが一通りの配置について説明したあと、ノアとミリアに視線を向けた。

 ミリアはにこりと微笑んだ。特に異論はないということだろう。

「いえ、大丈夫だと思います。ただ、途中に最初の襲撃を受けた場所を通りますので、通過だけで済むにせよ、近くで野営することになるにせよ、ルカ殿に支援をお願いして警戒度を上げる必要があるのではないでしょうか。」

「その懸念はもっともだな。ただ、ルカ殿の"特異性"を知らぬ連中への対処は考えておかねばならん……」

 エリナの保護に動いた時やミリアの治療を行った時に同席していない者たち、またギルベルトが手配してくれた追加要員たちは、ルカの高度な感応術の能力を知らない。またその存在を秘匿しておくべき事情についても同様だ。

 支援は受けたいがその存在の"特異性"は隠しておきたいというジレンマは、今後もセオたちを悩ませることになるのだろう。

「ではその辺りの対処方法については、問題の地点に近づくまでに、私が適当な理由を考えておきますね。さ、お代わりをどうぞ。」

「あ、ありがとうございます。対処方法の件もすいませんが、よろしくお願いします。」

 護衛部隊の構成についての話をしながら、ミリアは立ち上がると、中身の減ったティーカップに、お代わりを注ぐ。

 そのままセオの隣まで行くと、彼のティーカップにも同じようにお茶を注ぎ始めた。

「それで、例のレッタさん、でしたか? 彼女と彼女の工房のお話はどうなりましたか?」

「ふむ……そちらはいろいろと怪しい話はあるのだが、まだ全貌はわからん。こちらで掴んだ情報はギルベルト様に共有し、あちらで継続して調査してもらうことになっている。」

 ティーカップの水面に目を落としながら、セオは少し不満げに言い放った。セオたちにはリィゼを護衛して王都に戻るという優先すべき任務がある以上、こちらの件に時間をかけることはできない。となると、対応は他人に任せることになるが、セオとしては、それが仕事を途中で投げ出しているような気になってしまうのだ。

「ここ数日、ユージンやニコ、リネットに何度か職人街に足を運ばせて様子を探っていましたが、今日になっていきなり鍛冶師が襲われましたからね……大怪我ではありましたが、生命に関わるような負傷ではなかったのは不幸中の幸いでした。」

「そう、ですか……それで、何かわかったことはあるのですか?」

 ミリアが伏し目がちになりながら、問いかけた。セオとノアが語る話に耳を傾け、いろいろと考え込んでいるようだ。

「問題の工房を含め、いくつかの店が資材調達に困っている。職人たちの組合があるが、どうもその中で圧力がかかっているようだ。特にレッタのところは女鍛冶師だからか余計に……ということらしい。」

「彼女がバルディアに来てから、店を構えてしばらくの間は特に何も無かったものの、次第に圧力がかかるようになっていったようです。商売の方針が合わなかったとか、そういうことなのかと思ったのですが、動機が弱い気がするんですよね……」

「レッタさんが襲われたのは今朝でしたよね? ほかには何か聞けたのですか?」

「軽くだけだがな。襲われたのは今朝の開店直後。で、昼頃にエリナ嬢とリネットが現場を訪れて発覚、だな。圧力も襲撃も大した心当たりはないそうだ。最初は腕を見込んで協業の話などもあったと言っている。となるとやはり単純な商売の方針程度の話ではないのだろう。彼女自身も師の教えを守って自分のペースで頑張りたいと言っていただけで、敵対的な態度や行動を取ったことはないと話しているし、動機周りははっきりせん。」

「そうですか……」

 ミリアがポットをテーブルの上に下ろし、小さく唸った。

 少ない情報を頭の中で並べ、考察する。やがてポツリと呟いた。

「……変、ですね。」

「……変、と言いますと?」

「今朝、襲われた後、エリナさんとリネットさんに見つかるまで、誰にも気付かれなかったんですよね? 事情はどうあれ、邪魔なのであれば殺せば良いですし、そのために十分な時間があったのにそうしなかったのは変だな、と。」

「殺すほど強い動機ではなかっただけなのでは?」

 それほど変なことだろうかと、ノアが首を傾げる。人を殺すということは、それなりに強い意思がなければできないことだ。であれば動機がそのレベルに達していなければ殺すという判断にはならないだろう。

 だが、ミリアは小さく首を振った。

「その可能性もあるでしょうが、そうだとするとわざわざ組合を通して圧力をかけるほどのことをするでしょうか。それよりは殺してでも排除したいけれども、殺してしまうと逆に困るのかもしれません。」

「殺してしまうと困る、ですか……?」

「えぇ、暴行であれば仮に犯人がわかったとしても、双方に厳重注意くらいで終わることが多いですが、殺人事件となり、それが重大な事件だと判断されてしまうと、領軍による調査が行われるでしょう。そうなると、調査の過程でレッタさんやその周囲が事細かに調べられてしまいますから、それが困るのではないでしょうか。」

「ふむ、一理ある、か。」

 ミリアの意見はあくまでもただの推測だが、殺す余裕があったはずなのにそうしなかったことの説明としては、筋が通っている。

 そもそも単純な喧嘩や暴行というには、鍛冶師の腕を折るなど、行き過ぎている部分はあるのだ。ギルベルトや領軍に負担をかけることにはなるが、細かく調査するように進言してみるだけの価値はあるように思える。

「いずれにせよ、ギルベルト様に調査を進言しつつ、彼女をどう保護するか考えねばなりませんね。」

「そうですね……彼女の自宅と工房周辺で一人にするわけにはいかないでしょう。少なくとも状況が変わるまでは。」

「それはそうだが、何にせよ本人と話をせねば何も決められん。明日リネットの様子を見に行くのと合わせて話してみよう。」

 そう言ってセオは椅子から立ち上がった。

 ティーカップを持ったまま、窓際まで行くと、ノアとミリアの方へ向き直る。

「最後に、ルカ殿についてだ。」

 声のトーンが先ほどまでより明らかに一段低い。

 部屋の外へ会話が漏れないように意識しているのだと分かり、つられてノアとミリアの表情も変わる。

「例の"行動監視している者"の件も含めて、彼の口から語られたもの以外、その過去についての一切の調査や詮索を現時点をもって禁止する。テオバルトとリネットにも伝え、殿下にもそのようにお願いする。」

「「……!」」

 突然の宣言に、ノアとミリアが驚きの表情を浮かべた。リィゼの襲撃犯であるエディルから、ルカについての言及があった以上、本来であればルカについて調査を継続すべきと判断するのが普通だ。なのに、それも含めて禁止するとはどういうことなのか。

 だが驚く二人をよそに、セオは昨夜の出来事を思い返していた。

 偶然にも聞いてしまった彼の出自と来歴、そして普通の人間とは明らかに異なる生命であるということ。

 もちろんすべてが彼の言葉通りだと信じるつもりはないが、嘘を言うような場面でもなければ、これまでセオ自身が見てきたルカという人物が嘘を言う人間とも思えなかった。

 だから本当のことと仮定し、無理に過去を暴くようなことはしないと決めた。ただ重要人物としてのみ扱い、彼が自分たちを信じてその口で語ってくれるまで、胸の奥に秘めておく、と。

 そしてそう信じてもらうためには、今自分たちから動いてはならない。味方であり、協力者であり、そして理解者であると認めてもらえなければ、この関係に未来はない。

「詳しいことは言えんが、偶然、彼の過去について少し聞いてしまってな……極めて個人的な内容であることももちろんあるのだが、軽々には口にできるものでは無かったのだ。だが、その内容を聞いた上で断言しておく。現時点で彼とその周囲に、敵対的な勢力はいないと判断した。もちろんそういった勢力との繋がりも、だ。よって、言った通り彼の過去については一切触れるな。もちろん重要人物であることに変わりはない。良好な関係性の構築と維持は今後も続ける。以上だ。」

 セオはそこまで言い切って口を閉じた。

 ティーカップに残ったお茶を一気に飲み干し、視線を窓の外へ向ける。その瞳には城下の街並みが映っていた。

「セオ様、貴方は職務に忠実ですし、虚偽など申されないと理解はしていますが……その判断、事と次第によっては王家への背信行為とも捉えられかねませんよ?」

「もちろんわかっている。だが、私はこの判断がこの場の三人にとっても、殿下にとっても、この国にとっても、最善だと判断したのだ。それ以上でもそれ以下でもない……」

 重要人物と目される者への詮索を制限し、加えてその者の情報を持ちながらも、それをセオ個人が秘匿しているという事実。セオという個人の信頼以外に何の担保もないこの判断は、とても危うい。

 もちろんセオという個人の信頼というものが、ノアやミリアにとっては大きなものであるからこそ、ギリギリのところで成立している話ではある。

 だが、何か問題が発生してしまった時、この判断がセオ個人のものだったとしても、ノアやミリアたちに累が及ばないという保証はない。

 ミリアは真っ直ぐ、何かを推し量るようにセオの目を見据えていた。ノアも真剣な面持ちでセオを見ている。

 やがて幾ばくかの静けさが流れた後、ノアがため息をついた。

「はぁ……私たちを巻き込むところまで含めて覚悟している、ということですか……」

「……そのようですね。本当に仕方のない人です。そこまで覚悟が決まっているのでしたら、そのようにしましょう。では姫様には私からお伝えしておきますね。」

 呆れたような二人の苦笑いに、セオは小さく頭を下げた。

「……頼んだ。」

 ポツリと、しかしはっきりと口にした一言に、ノアとミリアは静かに頷いたのだった。

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