#7 窓の向こうの夕焼け
病室の前で、僕は立ち止まった。
昨日、翼のお母さんから連絡があった。
「明日の午後、手術前の面会時間に少しだけ会えると思うわ。」そう言われて、心がざわついた。
ノックする手が、震えている。でも、会いたかった。
会って、ちゃんと伝えたかった。
「…入るね」
静かにドアを開けると、白いカーテンの向こうに、
翼がいた。病室の窓際。あの、美術室と同じ位置で、
彼女はそっと窓の外を見ていた。
「翔くん…」
振り返った翼は、少し痩せていたけれど、
笑った顔は、あのときと変わっていなかった。
「久しぶり」
「うん…来てくれてありがとう」
翼の声は、少しかすれていたけど、ちゃんと届いた。
僕はカバンからスケッチブックを取りだした。
「これ…完成した絵。先生に提出したやつ。コピーだけど」翼は受け取らなかった。
代わりに、目を閉じて、そっと言った。
「翔くんの中に、私の絵が残っているなら、それで十分って前に言ったよね?」
「うん…でも…」
「でも、今はちょっとだけ…見てみたいかも。」
目を開けて、照れくさそうに笑った。
ページを開く。夕焼けの光の中で見た、あの顔。
笑っているようで、どこか寂しげだった、
あの瞬間を書いた絵。
翼はじっと見つめたあと、小さく息を吐いた。
「ちゃんと…描いてくれたんだね。」
「うん。最初は、怖かった。人の顔って、いろんなものが見えてくるから。でも、翼を描くのは、怖くなかった。」
「なんで?」
「たぶん、ちゃんと"見たい"と思えたから。」
翼は、目を伏せてしずかに笑った。
「そっか…よかった」
そのあと、しばらく何も話さず、ただ同じ窓の外を見ていた。ゆっくりと、夕日が差しこんできて、
病室の白いカーテンがオレンジ色に染まった。
「明日、手術なんだね」
「…うん。」
「怖い?」
「ううん。大丈夫。翔くんに会えたから、なんか、
平気になった。」
翼の目に、ほんの少し涙が光っていた。
僕は、ただ強くうなずいた。
言葉は、いらなかった。
(#8に続く)