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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの勇者探索編
99/275

第99話 当たり前だろ

「待てって! 準備も無しで挑むような場所じゃないだろ」


 額に手を当てたのを見てレオンは慌てて止める。

 何度も目にすれば、それが転移前の行動だと分かっていた。

 イメージしていた場所を霧散させてアルフは問いかける。


「まあね。そう言えばポーションって入荷してる?」

「納品してくれる錬金術師に急がせて作らせたよ。ちょっと待ってろ」


 そう言ってレオンは一度部屋を出て行く。

 それを見届けてからドロシーが話しかけた。


『ご主人様。また帝国に悪魔が入り込んだのですか』

「そうなんだよ。皇帝と皇太子が魔薬を口にしたらしい」

『厄介ごとを抱えすぎでは』

「……正直、誰かに丸投げしたい」

『それで勇者一行を探しに行くのですか』

「世界規模の危機だからね。状況ぐらいは説明しておかないと」


 扉がノックされたので応答すると、入ってきたのはセシルだった。


「魔道士様。レオンさんから戻られたと聞きました」

「……!」


 声を掛けられセシルの姿を見て、アルフはしばし無言で固まった。

 何故なら可愛いエプロン姿だったからだ。


(美人なのに! フリルのエプロンって、ギャップがまた可愛くて……)


 心の内での高評価が忙しかった。


『ニャア』


 ドロシーの鳴き声で軽く頭を振り、意識を戻す。


「どうしました魔道士様。また目眩でも?」

「あ、いや……セシル様は何故エプロンを……」

「厨房を借りてクッキーを焼いていたのです。よかったらどうぞ」


 そう言って包みを手渡してくれた。

 焼き立てなのか、まだ包みからは温かさを感じる。


「僕に……?」

「はい。こちらは魔道士様のために作りました」

「ありがとうございます。すごく嬉しいです」


 包みを開くと程よく焼き色のついた丸いクッキーが入っていた。

 甘い香りが広がる。


「食べてみてもいいですか」

「もちろんです。疲労が回復するように、はちみつ入りにしてみました」


 その心遣いがすでに嬉しかった。

 口に含むとサクッとした音を奏でる。

 優しい甘さで何個でも食べられそうだった。


「とっても美味しいです」

「よかった! 甘い物が苦手だったらどうしようかと心配だったのですが……」


 胸に手を当てて安堵しながら、セシルは笑顔になった。

 

「素朴で好きな味ですよ。セシル様は料理が上手なんですね」

「このクッキーはマドレーネ修道院長に作り方を教えていただいたのです」

「では子どもの頃から慣れ親しんだ味ということですか」

「そうです。私も好きなので、ぜひ魔道士様にも味わっていただきたくて」

『ニャア』

「ん? ドロシーも気になるの。でもこれは……」


 人用の味付けだからお勧め出来ないとアルフは言いかけていた。

 そんな様子を見てセシルが思い出したように手の平を合わせる。


「あ、そうでした! こちらはドロシーさんにどうぞ」


 セシルは持っていた布袋から、もう一つ小さめの包みを手渡した。


「これは?」

「猫さんには糖分が身体に良くないと聞いたので、甘くない生地で焼きました」

『ニャア』

「よかったねドロシー」


 包みの中には魚の形をしたクッキーが入っていた。

 アルフがドロシーの口元に持っていくとパクリと食べる。

 そして満足そうに鳴いた。


『ニャア』

「ドロシーも喜んでいます。僕たちのためにありがとうございます」

「喜んでいただけて良かったです」

「あ! セシル様。城で何か合図があれば通信石で教えて欲しいのですが」

「合図ですか?」

「はい。準備が整ったら合図をすると公爵が言っていたので」

「待たせた。おっ! 何だかいい匂いがするな」


 アルフが依頼をして合図について考えていた時、勢いよく扉が開いた。

 入ってきたのは荷物を抱えたレオンだった。


「レオンさん。お城からの合図って何か分かりますか?」

「合図? それならたぶん号砲だと思うぜ」

「分かりました。聞こえたらお知らせしますね」

「所で俺の分は無いの?」

「レオンさんのお菓子は奥様が作られていましたよ」

「いや分かってたけどな」

「食べてみるかい。すごく美味しいよ」


 アルフはクッキーの入った包みを見せるが、予想に反してレオンは断った。


「いいって。お前のために一生懸命作っていたんだから全部食べてやれよ」

「えっ?」

「レオンさん!」

「あっ、悪い。口がすべった」


 何だろうか。さっきまでの嬉しいが百だとしたら、今の嬉しいは千ぐらいだ。

 アルフはあまりに嬉しくて口元が緩むので、慌てて手の甲で押さえた。

 横目でセシルを見ると顔を赤くして頬に手を当てている。


「あー全く。初々しいというか、何というか」

「何だよ」

「何でもねーよ。ほら、ご所望の品だ」


 箱の中にはポーションが四本入っていた。

 これで手持ちと合わせて五本になる。多少の無理は出来そうだった。

 さっそくクッキーの包みと一緒にポーションを収納空間に入れておく。


「ありがとう。助かるよ」

「それと、これも持っていけ」


 そう言ってレオンは蒼い鞘に入った長剣を渡す。

 アルフが刀身を引き抜くと、刃は眩しいくらいに蒼白い輝きを放った。

 手にしていると波のように魔力が伝わって来る。

 

「わあ! 美しい剣ですね」

「レオン。これって、魔剣じゃないのか」

「おっ、ご名答! それにあっさりと引き抜いたな。違和感は無いか?」

「むしろ手になじむけど……何でそんなことを聞くのさ」

「何でもその剣は持ち主を選ぶらしくてな。選ばれないと引き抜けないらしい」


 名剣になると剣が意思を持つと聞いたことはあった。

 しかしその領域にあるものは数が少ないらしく、手にしたのは初めてだ。


「実践で抜けなかったりすると困るのだけど」

「魔道士なら問題ないだろ? あの剣舞は見事だったぜ」

「そりゃどーも」

「すごく素敵な舞でした。感動で泣きそうになりましたもの」

「ありがとうございます。セシル様」

「俺との差が激しくないか!?」


 レオンの抗議は無視して鞘に納め、空いていた腰の剣帯に吊す。


「ありがたく使わせてもらうよ」

「使える者がいなくてコレクション品になっていたんだ。剣も喜ぶだろうさ」

「代金は魔石で払ってもいいかな」

 

 収納空間からギルドに納入したような魔石を取り出しテーブルに置く。

 今は換金に行く時間が惜しかった。


「A級魔石なら一つあれば充分だが、一体いくつ持っているんだ」

「んー? 数えたことないけど、このサイズなら百個以上はあるかな」

「……マジか。もしかしてあの特大の魔石もまだあるのか?」

「前に渡した大きさのだったらあと七個くらいあったと思う。必要なら言って」

「どんだけ世界を救ってるんだよ!? もうお前が勇者でいいだろ」

「だから違うって。だいたいこれから会いに行く相手が勇者なのに」


 不毛な言い争いになりそうなので、レオンはそれ以上の言葉を諦めた。


「そろそろ行くよ。クッキーご馳走様でした。残りは後ほど頂きます」

「また焼きますね。今度は一緒に食べましょう」

「顔見えないけど、絶対ポーションより喜んでいるよな」


 当たり前だろ、という言葉は飲み込んで額に手を当てる。

 アルフは試練の塔がある砂漠地帯をイメージして今度こそ転移した。

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