第93話 誤魔化したな
「散々手間をかけさせてくれたな」
転移した先では、先ほどの女性が追っていた男たちに囲まれていた。
ざっと武器を見ると帝国の暗殺者が好むものだった。
「観念してもらおう」
毒の付着しているナイフが振り上げられた。
逃げ切れないと悟った女性は身を固くして目を閉じている。
「無抵抗の女性にそれはあんまりだよね」
「なっ!?」
「誰だ!?」
振り向いた男たちに向かってアルフはパチンと指を打ち鳴らした。
殺気を放っていた男たちが次々と地面に倒れ、寝息を立て始める。
念のために腕を振り、蔦でグルグル巻きに拘束しておく。
「大丈夫ですか」
「あなたは……誰?」
「通りすがりの者です」
「何をしたの……?」
「殺気を放っていて物騒なので、彼らには眠ってもらいました」
「あれだけの手練れを一瞬で眠らせたと……!?」
アルフにとっては手練れでもなかったが、コクリとうなずいておいた。
男たちの仲間では無い事に安心してか、女性はその場に膝をついた。
片手で押さえる脇腹からは血が滲んでいた。
「……うっ」
走り回ったことで傷口が広がったのだろう。
苦悶の表情を浮かべている。
「大丈夫ではなさそうですね。その傷、手当てをしてもいいですか」
「……医者には診せないで」
「心配しなくていいですよ。眠ったら治りますから」
「えっ……?」
女性の近くで片膝をついたアルフは再びパチンと指を鳴らした。
今度は治癒効果のある眠りの魔法だった。
まぶたがゆっくりと閉じていく。
地面に横たわる前に抱きかかえる。
「このまま放置って訳にはいかないか」
『セシル様にお願いしてみてはいかがですか』
「うん。さすがドロシー! 連絡してみるよ」
■■■
「……ここは?」
「気がつきましたか」
目を覚ますと見知らぬ部屋にいた。
呟くような問いかけに反応したのは金髪で蒼い瞳の、美しい女性だった。
「貴女は……?」
「私はセシルと言います。お加減はいかがですか」
言われて左の脇腹をさするが痛みが無くなっていた。
服をめくると傷口自体が消えていて思わず二度見してしまった。
夢でも見ているのではないかと再び辺りを見渡す。
「深い傷があったはずなのに……」
「魔道士様が助けて下さったのですよ」
「魔道士様? あ……! そう言えば黒いローブの……」
そこでようやく思い出す。
追い詰められていた時に、突然現われて助けてくれた人物がいたことを。
「ここはどこですか!? 早く公爵家に伝えないと……!?」
「落ち着いて下さい。ここは海洋王国ヴェルヌの王都です」
「王都……!」
「はい。商会を営んでいるレオンさんという方のお屋敷です」
気を失った場所は王都から離れていたはずだった。
しかし王都ならば目的地に近い。女性は幸運に喜びをかみしめる。
『ニャア』
二人が話していると一匹の黒猫がドアから入って来た。
猫はベッドに飛び乗ると何かを確認するように女性を見つめた。
蜂蜜色の瞳がキラリと光っている。
「可愛いですね。セシルさんの飼い猫ですか?」
「いいえ。魔道士様の飼い猫のようでドロシーというお名前ですよ」
「名前……そう言えば自己紹介がまだでした。ジーナと言います」
『ニャア』
一声鳴くとドロシーは部屋を出て行った。
■■■
二人の話している部屋から少し離れた応接室でアルフは待機していた。
さすがに任せたきりにして放置するのは無責任だと感じたからだ。
目覚めるまでの時間でレオンから王都での噂について聞いていた所だった。
「朝から公爵家の噂で持ちきりだったぞ」
「どんな噂?」
「何でも勇者がお忍びで現われたとか、公爵と恋仲になったとか……」
「ぶっ……! ゴホッ! ゴホッ!」
レオンの話にアルフは飲んでいた紅茶を吹き出してむせた。
「こ、恋仲……!? 何それ!?」
予想の斜め上をさらに上に突き抜けた噂に思わず素で尋ねてしまった。
「笑っちまうよな! 一人の男を巡って争いがあって屋敷が崩壊したらしいぞ」
「……何だかとんでもない誤解が広がっているな」
「興奮した半裸の男が何人も庭にいたとも聞いてるぞ」
「間違っているような、いないような……思い出したら頭が痛くなってきた」
昨夜の出来事を思い出して、眉間を押さえる。
誤解の無いようにアルフは手短にレオンに事実を伝えた。
「それで勢い余って公爵家の屋敷を半壊させて来たのか」
「だから僕じゃないって。悪魔と同化した男が自爆したの!」
「自爆ね。でもそれって大丈夫なのか」
「何が」
「不死身になっていたら自爆ぐらいじゃ復活しちまうんじゃないか?」
「…………!」
レオンの言葉にアルフは嫌な汗が流れた。言われてみればその通りだった。
自爆した後の肉体がどうなったのか確認していなかった。
「……まずいかもしれない」
「おい! おい! おい! 冗談だよな!?」
てっきり抜かりは無いとか言ってくれると思っていたレオンも焦り出す。
公爵家へ確認しに行こうとアルフが立ち上がった時、ドロシーがやって来た。
『ご主人様、戻りました』
「ドロシー! 良いところに来てくれた。どうだった?」
『目覚めました。Cです』
「…………」
ドロシーの報告にアルフは無言になる。この流れには覚えがあったからだ。
『ピンクでした』
「だああああぁから! 違うって!? 知りたいのは、傷の具合!」
「お、おい? 突然どうした?」
突然大声を出した魔道士に驚きながらレオンが問いかける。
「……何でもない! 何でもないから!」
『てっきり知りたいのかと』
「わざとじゃないよね? ドロシー」
『ニャア?』
「ご、誤魔化したな。わざとか? わざとなのか!?」




