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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの冒険者 後編
82/274

第82話 王都アングレットの奇跡

 牢にたどり着いたアルフたちは副将からの指示書を渡し、話を聞いていた。

 牢番は記憶をたどりながら心当たりを答えていく。


「ああ、マドレーネ修道院長の殺害を企んでいた者なら尋問中です」

「そこへ案内していただけますか」

「頭のおかしい女ですよ? 自分が修道院長だとか言う妄言を繰り返して」


 やれやれと頭を振りながら答える牢番。

 しかしその態度はアルフの言葉で一変する。


「いえ、その人こそ本物です。修道院長の偽物が白状しました」

「……!? 何だって!? それはまずい! こっちです」


 まさか本物だと思っていなかった牢番は、慌てて走り出した。

 その後を追いかけながら焦る理由を聞く。


「どうしたのですか!?」

「拷問してでも罪状を白状させるように、修道院長から指示を受けていて」

「彼女がそんな指示をだすなんてありえません!」

「お許しを! 我々もだまされていたのです」


 地下牢を走り抜けると、奥から怒声が響いてきた。

 近づくとそのやりとりが聞こえてくる。

 案内の牢番がカギをガチャガチャと回し部屋の扉を開ける。


「いいかげんに白状しろ!! 武器庫から火薬を盗んだだろ!」

「……そのようなことは神に誓っていたしません」

「嘘をつくな! お前の姿を見た警備の者がいるのだ!」

「やめて!」


 尋問係が鞭を振り下ろしたのを見て、セシルが守るように間に立った。

 

――ピシッ!


 鞭の音が響き、身代わりの指輪が光る。

 すぐに身を投げ出すセシルにハラハラしながら、アルフは指を二度鳴らす。

 手を繋いでいた鎖の拘束具が外れ、幻術が解ける。

 女性は醜い姿から元の修道院長の姿へと戻った。


『ニャア』


 ドロシーが癒しの波動を出し、鞭で打たれた傷を治療していく。


「な、な、何だ!? どういうことだ……!?」

「彼女こそ本物のマドレーネ修道院長です」


 突然の事態についていけない尋問係の問いにアルフが答える。


「そんな!? じゃあ()()マドレーネ修道院長は……!?」

「偽物が幻術で化けていた姿です。盗まれた火薬は孤児院に持ち込まれています」

「何だって!」

「すでに死亡しましたが、偽物が白状しました。詳細は諜報部が報告しています」

「諜報部が動いたのか……すまなかった……あなたが本物だったとは……」


 セシルに支えられるように立つマドレーネ修道院長に係りの男が許しを請う。

 その男にマドレーネは優しく声をかける。


「罪なき者を罰することはありません。女神様の加護に感謝を」

「マドレーネ修道院長。来るのが遅れて申し訳ありませんでした」


 アルフの謝罪にもゆっくりと横に首を振る。


「魔導士様、それにセシル。助けてくれてありがとうございます」

「はい……魔導士様のおかげです」

「さあ教会へ帰りましょう」


 地下牢から地上に出ると、マドレーネ修道院長は空を見上げて涙した。

 何事かと思っていると聖域に感動していたようだ。


「こんなに美しい聖域で王都が守られる日が来るとは。一体どなたが……?」

「あー」

「魔導士様が剣舞で神降ろしをしてこの聖域を」


 どうごまかそうか考えていたら、先にセシルから説明されてしまった。

 涙ながらに祈りを捧げられアルフは慌てる。

 その姿には既視感があった。

 ここにレオンがいたらきっと笑い出しそうだ。


「まあ! 魔導士様は神の愛し子だったのですね!」

「違います! 全然そういう者ではありませんから!」

「この広い聖域はどこを拠点にしているのでしょう」

「えっと、事後報告で申し訳ないですが教会の庭に(くさび)の剣が突き刺さっています」

「教会の庭に!?」

「剣を抜いたら聖域は消えると思いますが邪魔なら……」


 邪魔なら引っこ抜いて片づけますと言おうとしたら、熱い決意を聞かされた。


「わかりました。聖騎士を派遣していただき守らせます!」

「は?」

「私の命にかえてもその剣を……」

「いやいやいや!? 命をかけるような代物ではないですからね!?」

「神を宿した剣など、もはやご神体です」

「ええっ!?」

 

 切れ味のいい剣くらいに思っていたのが、ご神体扱いになってしまった。

 剣に対する認識の差が激しくてアルフは驚く。

 帝国に行けば似たような剣はたくさんあるはずなのに。それがご神体だ。

 結局、引っこ抜いて片づけるとは言い出せなくなってしまった。

 

「ところでなぜ聖域が?」

「それはですね……」


 王都が聖域で守られている理由を聞いたマドレーネは王城を出て治療を始めた。

 聖魔法の使い手がいないため、ケガ人の手当が遅れていたためだ。

 ゾンビ化からは戻っていたので医療の心得のある者が応急手当をしていた。


「誰か! 彼は肩を咬まれて重傷だ! 止血を」

「こっちも手一杯だ。逃げ遅れた子どもが足をやられている」

「私が見ましょう」

「マドレーネ様! どうかお願いします」


 街中にゾンビ魔獣に咬まれたケガ人があふれていた。

 改めてアルフは計画の卑劣さを感じていた。


「セシル様。僕も治療を手助けしてきます」

「わかりました。私はマドレーネ修道院長を手伝います」

「終わったら教会で会いましょう」

「はい」


 気配察知の魔法で状況を探ったアルフは、被害の広さにため息を吐く。


「さて、こんな悪夢を放置して魔力の節約とは言っていられないよね」

『ニャア』

「まあ百万匹のスライムに比べたら楽かな」

『ニャア』


 フッと気配を消してアルフは上空へと高く浮かび上がる。

 聖域内の王都を見渡せる範囲まで上昇し、空中でくるりと回転する。


「眠りの精霊さん、光の精霊さん、風の精霊さん僕に力をかしてね」


 普段は詠唱もせずに魔法を使っているが、力を借りたい精霊を呼ぶ。

 広げた手のひらに魔力が高まってくるのを感じる。


『ん』

『命じるままに』

『いいよー』


 そんな返事が聞こえてきて、アルフは優しく微笑む。


『ニャア』

「ドロシーも助けてくれるの? よし! 久々に全力でやってみようか」


 目を閉じて集中し、王都全体に魔力が伝わるようにイメージする。

 すると頭に新しい魔法陣が思い浮かぶ。素直にそれを魔法で空中に描いていく。

 完成したところで、アルフは腕を高く掲げて振り下ろす。


――王都アングレットの奇跡


 後にそう呼ばれる出来事だった。


 上空に描かれた魔法陣からキラキラと輝く光が地上に降り注ぐ。

 その光に触れたケガ人は苦しむ声を寝息に変えていく。

 それだけにとどまらず、病人までもが眠りはじめた。


「これでよし! っと。みんな力をかしてくれてありがとう」


 治療を諦めた者も、身体に欠損がある者も、難病に苦しむ者も等しく眠る。

 その者たちが目覚めた時、王都は奇跡の喜びであふれていた。

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