第74話 新手
どこかで見覚えがあるはずだった。
言われてアルフが思い出してみれば、セシルに容姿がとても似ていた。
「何故!? どうしてここで母の名が!? 」
「お、おい! 急にどうした!?」
セシルは突然出された母親の名前に取り乱し、事情を知らないレオンは慌てる。
茨に触れそうになる距離まで近づいたため、アルフが手で制する。
「落ち着いて下さい! セシル様」
「魔導士様! どういうことですか!?」
「セシル様。亡くなったお母様の埋葬には立ち合いましたか?」
「私が知らされたのは墓の場所だけです」
「ご遺体が王城にあるのを目撃しました」
「え……!?」
「悪魔の力で蘇生させようと企んでいるようです」
「……!?」
陥れられた伯爵の夫人。
その死体が氷漬けになって王城にある。
やはりアルフが踏み込むには、深すぎる闇であるように思えた。
しかし衝撃で絶句しているセシルの代わりに踏み入っていく。
「あなたが悪女と呼ぶ理由は何ですか」
「他の男と結婚しても、死んでもあの人の心を離さない。ほら悪女でしょ?」
「グラミリアン伯爵夫人には落ち度がないように聞こえますが」
「ふん! あの女が思わせぶりな態度で誘惑したに違いないわ!」
「母はそんなことしていません! お父様と相思相愛で仲睦まじかったもの」
女性はセシルが長年だまされ続けているとも言っていた。
その人物が、悪魔召喚や死者蘇生を企む首謀者なのだろう。
『ご主人様。これが恋愛感情のもつれというものでしょう』
「なるほど」
『この国の一夫一婦制が問題をこじらせています』
「そうなの?」
『ですからご主人様はこじらせないように多くの女性を……』
「ストップ! ドロシー話がずれてる」
ドロシーの発言を止めて咳払いをしてから続ける。
「んっ。生前は見向きもされなかった女性を蘇らせて自分のものにってことか」
「ただの変態野郎じゃねーか」
「それで――!」
黒幕の名を聞き出そうとしたその瞬間。
無理に魔法の発動を抑え込まれる感覚が蘇り不快感を覚えた。
そして魔力の供給が途切れた所に炎の塊が飛んで来た。
パチリと指を鳴らすが、やはり魔法は発動しなかった。
――ゴオオオッ!
「きゃあ!」
アルフは小さく悲鳴を上げたセシルを横抱きに抱えて飛び退く。
炎は茨の蔦に着弾し、そのまま蔦はメラメラと燃え上がり焼失していく。
身体の自由が戻った女性から即座に距離を取られてしまった。
「うふふ。残念ね! 私の美しさを間近で見られる時間はおしまい」
相変わらずの自意識過剰発言だった。
イラつきを感じながら、その動きを集中して目で追い始めたその時。
「あの」
腕の中から遠慮がちに声をかけられる。
背後で燃えている炎がセシルの姿を浮かび上がらせる。
とっさの行動でつい抱きかかえてしまっていた。
上半身や太ももの柔らかさが支えている腕から伝わってくる。
「もう降ろしていただいても大丈夫です」
顔が近い。
視線を下げたことで唇が目に入り、心臓の鼓動がドキドキと早くなる。
「あ、ああ」
一瞬、集中力が途切れてしまった。
天然の魅了に抗うために軽く頭を振ってセシルを地面に降ろす。
アルフは再度集中し、炎が飛んで来た方角へと視線を向ける。
「大口叩いていたわりに無様を晒していたな。ローズ」
魔封じの宝珠を発動していたのは、貴族の風貌をした男だった。
顔はフードで覆われている。
魔法が発動出来ないアルフは再び剣を取り出して構えた。
「何よ今頃来て偉そうに。待ちくたびれたわ」
「あの黒ローブが眠りの魔導士なのか?」
「ええ。正体不明で異常に強すぎるのよ。私は戦闘向きじゃないのに」
「魔法を封じれば敵ではないと発言していたと記憶しているが」
「嫌味な男ね! だったら坊やがやってみなさいよ」
「その呼び方はやめろと言ったはず。不愉快だ」
男は不機嫌そうにアルフたちに腕を向け、無造作に握っていた手を開く。
アルフ、レオン、セシルを狙うように大きな炎の弾丸が放たれた。
瘴気を含んだ赤黒い炎が暗い教会の庭を照らす。
――ゴオオオッ!
――ザシュッ!
アルフは炎が着弾する前に飛び込んで空中で切り裂く。
巨大な炎が一振りで消失し、そのまま狙いを定めて加速する。
目前で半回転するように身体をひねって威力を高め、剣を横に一閃。
その刃は男の首を真横に切り裂いた。
さらに身体を回転させ、そのまま頭に上段回し蹴りを決める。
――ドサッ
首の斬られた部位から上の頭は蹴り飛ばされ、地面に転がる。
男の身体が仰向けに倒れた。
普通の人間ならば即死だ。
しかし身体からも頭からも血は流れ出していなかった。
フードが外れ、赤い髪をした男の顔が晒された。
「魔導士……魔法無しでも容赦ねーな」
まばたきする間もなく目の前で展開された状況にレオンがぼそりと告げる。
「残念ですが死んでいません。顔を見せてもらっただけです」
「……だけって」
首を斬って頭を蹴り飛ばすことくらい、軽いことのような発言だった。
それを指摘するのは今更かと思いレオンは呆れた顔で肩をすくめる。
「新手が来ちまったが、ゾンビのほうはどうするんだ?」
「僕に考えがあります。ここを片づけたら手伝って下さい」




