第71話 国一番の美女
「言ってくれるわね。どうせ女の魅力を知らないのでしょう」
「ふっ。僕ほど美女を知る者はいないと自負しています」
「はあ?」
「美女の魅力について語らせたら何日でも話せますよ」
「……」
「これでも恋愛や美女学について書かれた本は読破していますからね」
「……」
「最近は恋愛心理学の論文にも目を通し、博士が提唱している相対性美女理論について僕の見解を述べるならば……」
『ご主人様。難解すぎてそれ以上は誰もお話についていけません』
アルフがどこまでも語っていくので、ドロシーが止めた。
「まあそんな僕から見て、現在この国で一番の美女はセシル様ですね」
「なっ!」
「えっ」
突然、国一番の美女と言われてセシルの頬に赤みがさす。
普段なら面と向かって言えない言葉だ。
しかし理論モードに入っているアルフは気にせず続けている。
「そして初頭効果が最悪だった貴女に魅力は感じません」
意味不明ながらも魅力を感じないと言われて女性は唇を噛みしめている。
言われっぱなしになるのは屈辱だったらしい。
悪だくみを思いついたらしく、ニヤリと顔をゆがめて笑っている。
そういう内面の悪さが魅了されない理由なんだよなとアルフは思う。
「どんなに美女を知っていようが、その醜い顔は変えられない。そうよね?」
女性は隠しているアルフの顔をついてくる作戦に出たようだ。
「僕の顔を見たのですか」
「王族は魅了できなくなったけど、侍女に語らせるくらい簡単なことよ」
素で魅了できないなら、やっぱり魅力不足なのではとアルフは言いたかった。
しかし魔法を封じられた状態での挑発は危険なので発言を自粛する。
レオンは疑問に思ったらしく、セシルに尋ねている。
「王族には魅了が効かないのか?」
「禁術を危険視した王族は、元聖女の処刑後その身に印を刻んでいます」
「その印ってのは何だ」
「魔法を発動出来なくなる代わりに、禁術魔法に強い耐性を持つ刻印です」
「便利だな。いや魔法が使えないのは不便なのか?」
「王族は近衛兵に身を守られていますから」
「禁術に耐性を持つ方が大事ってことか」
呪いを含む禁術を恐れる高位貴族の中にも耐性の印を刻む者がいると聞く。
この女性が執着している人物も禁術に耐性があるのかもしれないと思い至る。
「フードで隠した顔は、ひどい火傷跡で醜くただれているそうね」
「…………」
「頭髪も失われているのでしょう」
それは魔法で造形した仮面の形容だった。肯定も否定もしない。
ただ黙ってアルフは聞いている。
その沈黙を屈辱に感じているからだと思っている女性は雄弁に語る。
「顔の右半分には大きな爪あとまで残っている。うふふふ! まるで化け物ね!」
笑いながら語られるその内容に、セシルもレオンも絶句している。
どうやらフード下の顔は化け物と認識されたようだ。
まあ当然そうなるかとアルフは苦笑を浮かべた。
「どんなに身を粉にして人のために働いても、誰からも愛されない気分はどう?」
「……なかなか心をえぐってきますね。自身の体験談ですか」
「何が言いたいの」
「魔法で魅了しても、それは偽りです。虚しいだけでは?」
アルフも考えたことはある。
魔法で魅了したら愛情も簡単に手に入るのではと。
しかし虚しさに気がついて結局使うことはなかった。
「分かってもらえると思ったのに残念だわ」
「分かり合えないことはわかりましたよ」
話し合いにもならない腹の探り合い。
女性の手に瘴気を含む魔力が集まっている。
いつでも動き出せるように身構える。
「悪魔様の力で永遠に愛される存在にだってなれるのよ」
「永遠の存在になりたいなら僕がお手伝いしましょう」
攻撃が飛んでくる気配にアルフは剣を手にした。
一度腰を落としてから加速して飛び込むように斬り込む。
――――ザシュッ!
女性の首にあった傷跡をなぞるように斬り飛ばして、刃を振り抜く。
「よし!」
レオンがその光景に喜びの声を上げる。
しかしアルフは油断せずにバックステップで距離をとった。
飛んできた瘴気の弾を剣の腹で受け止める。
切り離された女性の首からは血が出ることもなく、再び元に戻っていた。
「まあ予想はしていましたが、人をやめたのですか」
「うふふふふふ。素敵な身体でしょう? もう不死は叶えてあるの」
――シュバッ!
魔法で攻撃される前に腕を斬り飛ばす。
しかし腕はまたしてもそのまま戻っていく。
まるで水を相手にしているようだとアルフは感じていた。
「魔導士のくせに剣まで使うのね」
「得意だって聞いていませんか」
――ザッ!
――バシュッ!
――ゴッ!
高速で剣と魔法の攻守が繰り返されている。
もはやレオンとセシルにはその動きを目で追うのも難しくなっていた。
「出まかせだと思っていたわ」
「僕の顔については詳細に語っておきながら?」
このまま室内での戦闘を続ければ大規模魔法からは守り切れない。
アルフはフェイントをかけて背後に回り込み、女性を外に投げ飛ばした。
「体術まで!?」
驚く女性に答えずそのまま剣で追撃する。
しかし何度斬っても手ごたえは得られない。
負けはしないが今のままでは勝つビジョンが浮かばなかった。
「私の障壁を突破するなんて、その剣も一体何なのよ!」
「瘴気に特化させただけの剣です」
「聖剣ってこと!? あなた勇者なの!?」
アルフにとってはただの強化魔法をかけた剣に過ぎない。
しかし強力な聖属性の効果が付与されている。
悪魔にすら攻撃が通るほどのその剣は、すでに別次元の切れ味だった。
「違います! 何度も言っていますよね?」
「くっ! しまっ……」
動揺により魔法の発動が遅れた。その一瞬の隙を見逃さない。
狙いを定めて最速で剣を振り抜く。
――――ガシャッ!
ついに魔法を封じていた宝玉を斬り壊すことに成功した。
「通りすがりの冒険者ですよ」