第70話 決定的な証拠
「そんな!? マドレーネ修道院長が!?」
「おいおいマジか! 笑顔でみんなにお菓子配ってくれた人だぞ!?」
「そのお菓子には悪魔の力が宿る黒い塊が混入しています」
「はあっ……!?」
「悪魔の力ですか? ご冗談にもほどがありますわ。魔導士様」
「隠していても組んだ手の指先からは瘴気がただよっていますよ」
アルフの指摘にそれぞれが反応を示す。
セシルは心配そうに両者を見つめ、レオンは警戒し始めた。
マドレーネ修道院長はそれでも余裕の笑みを崩さない。
「神の伴侶たる修道女が悪魔崇拝者なんて笑えない冗談ですわ」
「認めないと?」
「服の汚れやお菓子が、魔導士様を殺そうとした証拠になるわけありません」
マドレーネはそう口にした。
その発言こそが決定的な証拠だった。
「やはり操った犯人は貴女ですね」
「ですから証拠には……」
「操ったとは言いましたが、僕を殺そうとしていたなんてことは一言も言っていませんよ」
「……」
マドレーネの顔からついに微笑みが消えた。
「確かにそうだな。誰を狙っていたか分かるなんてのは……」
「僕を狙って殺すように指示した貴女には、当然のことかもしれませんけどね」
その瞬間、レオンとセシルの疑念も確信に変わった。
眠っている子どもたちやシスターを守るようにマドレーネと向かい合い距離をとる。
「飼い主はどなたです」
「失礼な発言はおやめください。そんな侮辱、魔導士様とは言え許されません」
「首輪は所有の証だそうですが……不要なら取って差し上げますよ」
そういってアルフは指を打ち鳴らす。
――ビュオッ!
突風が吹き荒れ、マドレーネの顔や首を覆っていた白い頭巾が吹き飛ぶ。
そして首を一周するような深い傷跡がさらされた。
「首にある傷は断頭処刑の際についたものですね。王族を惑わした元聖女様」
「……ふっふふふふふふ! あははははははは!」
明確に正体を言い当てられたマドレーネは不敵に笑いだした。
首を隠すように当てていた手を一振りする。
「気づいていて証拠を小出しにするなんて、ひどいわ。魔導士様」
「なかなか犯人だと認めてくれないほうがひどいですよ。元聖女様」
「うふふふ! やっと脱げるわ! 白色なんて大嫌いなの」
マドレーネは純白の修道服を脱ぎ捨て漆黒のドレス姿となる。
老齢の白髪だった姿がぼやけるように消え、黒目黒髪の美女へと変貌した。
レオンとセシルが驚きに目を丸くする。
「本当に邪魔ばかりするのね! いつ私の正体に気がついたのかしら?」
「貴女が入って来たときに、噂好きな風の精霊たちが教えてくれましたよ」
「逆に精霊の力を利用するなんて、やってくれるじゃない」
「そちらこそ子供たちを利用したじゃありませんか」
「せっかく作った精霊使いを奪われるなんて思わなかったわ」
言いながら眠っているエルフの女の子に視線を向けている。
その目が驚きに見開かれた。
「しかも風の精霊が解放されているなんて! 一体何をしたのかしら」
「子どもや精霊に不法労働させるのはやめて下さい」
「あなたの正体が不明すぎるから、手伝ってもらっただけよ」
「僕は通りすがりの魔導士です」
「あら? 通りすがりの冒険者はやめたの」
会話の端からアルフは情報を拾っていく。
冒険者の通り名で呼ぶならば、王宮で会った頃にはすり替わっていたのだろう。
本物のマドレーネ修道院長は首に傷など無かった。
そして彼女は姫殿下の”眠りの魔導士”への執着を知っていた。
以前から王宮に出入りしていることも分かる。
姿が変えられるなら王宮内で何らかの身分を持っている可能性もある。
「貴女の目的は何です」
「つまらない質問。そんなことが知りたいの?」
「王族を惑わせなければ、歴代最高の聖女とまで評されていたのでしょう?」
「当然ね。黒目黒髪は神に愛されている証だもの」
「その神を裏切り悪魔の力を得ている。一体何が貴女を変えたのですか」
少しでも情報を引き出すために、怒りや動揺を抑えて冷静に話し続ける。
「ふふふふっ。あの女のせいよ」
「あの女?」
「死んでまで私の愛しい人の心を奪い続ける。神よりも私は彼の心が欲しいの」
悪魔の力で復活させようとしているという、氷漬けの女性のことだろうか。
あれは一体誰なのか。考えた所でわからない。
しかしアルフはあの女性に見覚えがあるような気がしていた。
夢の中で見ているのだろうかと、そんなことを考える。
「この世に私以外の美女は必要ないわ」
「ずいぶんな暴論ですね」
「選ばれた私の前にみんな跪いていればいいのよ」
「聖女が悪魔の力に頼ってまで、その人の心を手に入れようとしたと?」
「ほら見て。美しい黒髪でしょう? この綺麗な黒い瞳も!」
「……」
「黒色こそが魔法の才能に恵まれていることを示すの。まさに才色兼備よ!」
段々と会話がかみ合わなくなってくる。
自信あふれる黒目黒髪自慢にアルフは複雑な心境だった。
コンプレックスにすら感じる黒色をここまで語れるのも凄いなと感心する。
「私こそが愛されるべき者よ!」
そういって顔に手をあて、酔いしれるように艶やかな黒髪をかき上げる。
「うふふふふ! あんな女に渡さないわ! 私にこそ相応しい!」
「おいおい! この女狂ってやがるぞ!? 魔導士さっさと……」
狂っていて当然だ。一度は処刑されているのだから。
しかしそれを口にするのはまずいとアルフは思った。
「黙りなさい!」
「っ!?」
女性が腕を振ると黒い雷撃がレオンに飛ぶ。
アルフは間一髪、魔法障壁を張って心臓を狙った一撃を防ぐ。
「精霊の力でもわからなかった。本当にあなたは何者かしら」
「通りすがりの魔導士兼、冒険者ですね」
「いつまでその余裕が持つかしらね? これで魔法は使えないわよ」
その手には見覚えのある魔法封じの宝玉が握られていた。
周囲に結界が張られたのをアルフは感じ取る。
「けれど悪魔様の力で私は結界内でも自由に使える! うふふふ!」
「おいおい! 大丈夫か魔導士!?」
魔法が封じられたと知りレオンが慌て、アルフはため息を吐く。
「はあ……。本当に性格悪いですよね」
「私の手駒になるなら命を助けてあげてもいいわ」
「残念ですが魅了されるような魅力を貴女には感じませんね」
「私よりも、長年だまされ続けている間抜けな女の方がいいと?」
馬鹿にしたような視線で女性はセシルを見る。
長年だまされているとはどういう意味だろうか。
疑問に思いながらも会話を続ける。
「禁術による偽の魅了と、本物の魅了では勝負にもなりませんよ」
『ニャア』
「どうしたのドロシー?」
『出番がなくてもご主人様を魅了できていますか』
「もちろん! ドロシーはとっても可愛いよ」
『ニャア』




