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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの冒険者 前編
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第61話 既視感

 討伐隊の出発は二日後。

 本来なら、明日出発だったのだが現地付近調査のため一日遅れとなった。

 衛兵の話では、ブロシャール領を抜けてメルヴィル港に向かう西側の街道に調査が入る影響らしい。


「何でも一晩のうちに西街道の山賊や盗賊団が壊滅したと聞いたぞ」

「あーそれそれ。賞金首のお頭が複数捕縛されたらしいな?」

「俺は魔物に襲われていた奴が助けられたって聞いたが」


 一通りの説明が終わり、応接間にいる冒険者達がしている噂話が自然と耳に入ってくる。

 もしかして、いやもしかしなくてもアルフが馬車で港を目指していた時の影響だった。


「衛兵に突き出せば賞金が手に出来たのに、貰っていないらしいぞ」

「勿体ないな! 俺が捕らえればよかったよ」

「無理無理、一人で相手出来るような人数じゃないって」

「じゃあ集団で倒して回ったのか。どこのお人好しチームの仕業だよ」

「眠りの魔道士がやったんじゃないかって話も出てるぞ」

「またそいつか! 最近よく耳にするけど誰だよ!?」


 そんな話が漏れ聞こえて来たので、アルフは急いで応接間から退散することにした。

 ドロシーを迎えに行くため、上階へ上がる階段を目指して廊下を進む。

 到着すると丁度その階段を降りてくる女性が目に入った。


「あら? そのお姿は魔道士様かしら」

「これはマドレーネ修道院長。今は通りすがりの冒険者でお願いします」

「うふふ。では冒険者様とお呼びしましょうか」


 純白の修道服に身を包んだ老齢の女性が、ゆっくりと階段を歩み降りてアルフに並ぶ。

 首元まできちんと覆われた清潔で清楚な服装だ。


「いつこちらへ」

「先ほどですよ。教会から家に戻っていないので、セシルを心配しているだろうと思いまして」

「ああ宰相に連絡していたのですか」

「ええ。冒険者様は何のご用で王城へ?」

「実は僕の大切なドロシーがお姫様に誘拐されたので、迎えに行くところです」

「あら大変! フローラ殿下の仕業ですね」


 あんまり大変だとは思っていないような口ぶりで、マドレーネ修道院長がクスクスと笑う。


「どうしてお姫様がフローラ殿下だと?」

「殿下は”眠りの魔道士様”の大ファンですもの。関連する情報は何でも集めていますよ」

「ええっ!?」

「ふふふ。魔道士様……いえ、冒険者様も隅に置けませんね」

「全く心当たりがないのですが」

「あらあら殿下が悲しみますわ。私がお部屋までご案内しましょうか?」

「いえ、修道院長もお忙しいでしょう。それには及びませんよ」


 よく分からないが、アルフは殿下に”眠りの魔道士”だと明かすのは危険な気がした。

 一度お手洗いに寄って結界外で魔法を使ってから改めて殿下の部屋へと向かう。


■■■


 髪留めを見せるとメイドに案内され、フローラ殿下の客間に通される。

 応接の丸テーブルと猫足の椅子が並ぶ品の良い部屋だ。

 ただ少しだけ気になるのは”眠りの魔道士様のお部屋”と書かれている隣室の存在だ。

 いや、少しだけじゃない。アルフはとっても気になっていた。 


「お待たせしました」


 フローラ殿下は()()隣室から出てきた。中は一体どうなっているのだろう。

 知りたいような、知りたくないような。


『ニャア』


 ドロシーはフローラ殿下の両腕に抱えられている。どうやら疲弊しているらしい。

 アルフが抱き上げようとドロシーに手を伸ばすと、殿下にスッと避けられてしまった。

 紅い瞳がキラリと光る。


「私、この猫さんが気に入りました。譲ってください」

「それは出来ません」

「白金貨何枚出したら譲って下さいますか」

「何枚であろうと譲れませんよ。友達や家族を売る事なんて出来ないのと同じです」

「どうしても?」

「僕にとっては何があっても守りたいくらい大切にしている猫なので」

『ニャア!』


 アルフの言葉にドロシーが嬉しそうな鳴き声を上げる。

 その声を耳にしてフローラ殿下は諦めてドロシーを腕から解放する。

 ドロシーは一度ブルッと身を震わせた後、とことこアルフへ歩み寄り肩へと跳躍した。

 アルフの頬に何度も頭を寄せている。


「そう……残念だわ。ところで私たち、以前に会ったことがないかしら」

「いいえ? 殿下とは今日が初対面のはずです」

「何だか不思議な気分だわ。前にもこんなやり取りをした事がある気がするのよ」

「既視感というものですね。僕も幼い頃から感じることがあります」

「……そうなのね」

「それでは僕たちはこれで」

「待って!」


 ドロシーを取り戻したアルフが部屋から出ようとすると止められてしまう。


「まだ何か?」

「私、貴方のことも気に入ったわ」

「えっ!?」

「その黒猫を肩にのせるスタイルに、顔の見えない黒いフード。ふふっ……まるで噂通りの姿。ねえ魔法は使えるの? あなたはどんな魔法が得意? もしかして魔道士なのかしら!?」

「いっ」


 瞳をキラキラさせて、フローラ殿下がアルフに一歩一歩迫ってくる。

 怖い。がつがつくる肉食系女子って怖い。

 ドロシー助けて! とアルフは内心叫ぶ。

 心の声が届いたのかドロシーが鳴き声を出す。


『ニャア』

「……えっと、僕は()が得意ですね」

「剣?」

「ほら、ここに帯剣しているでしょう」


 フードを捲って腰に吊った剣を見せる。

 ここで魔道士などと言ったら帰れない予感がしたからだ。

 殿下の近くには護衛騎士やメイドも待機しているので抜剣はしない。


「だったらどうして魔道士みたいな格好をしているの?」

「それは相手を油断させるためですよ。僕は、冒険者ですから」

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