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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりのベビーシッター編
52/274

第52話 本当の名は

 転移すると目に飛び込んできたのは黒のシスター服を着たセシル嬢だった。腕には背に羽根のある赤子を抱えている。その姿を見てアルフは思わず胸を抑えた。


「ん? どうした魔道士。どこか痛いのか」

「……何でも無くはないけど。何でも無い」

「何を言ってるんだ?」

『ニャア』


 そんなやり取りにセシル嬢が気付いて微笑みかけてきたので、アルフは余計に胸が苦しくなっていた。目を閉じて大きく深呼吸をした後、何とか気持ちを落ち着かせる。

 けれども気付いていなかった。うっかりペンダントの魔石に手が触れていたことに。


「(先ほどから平常心って繰り返していますが……何かありましたか?魔道士様)」


 そんなセシル嬢の声が頭に響いてからようやく気がついた。ハッとして慌てて胸に当てていた手を離し、今度は頭を抱えてしゃがみ込む。思考を聞かれていたらしく、恥ずかしさに耐えられなくなったからだ。


「どうしたの魔道士様?」

「頭も痛いのか? やっぱり魔道士でも、こんなに遠い距離を移動するのは大変なんだな」


 その様子にレオンとスーリオンが心配そうに声をかける。


「……魔力は回復しているので平気なのですが、色々と痛いので」

「そうなのか?」

『ニャア』


 ドロシーの鳴き声でようやく立ち直ったアルフが立ち上がると、セシル嬢が近かった。

 姿や顔をしっかりと見たいのに、見ていると見惚れそうになるのでそっと視線を逸らす。

 

「お帰りなさい。こちらの方がお父様ですね」

「レオンだ。娘を守ってくれてありがとうセシル嬢」

「自己紹介はまだでしたわよね」

「この国で貴女のような美人を知らない男性はいませんよ。とはいえ俺は妻一筋なんですが」

「仲の良いご夫婦なのですね」

「カレン。あいつに会わせたせいで酷い目にあったな。もう大丈夫だぞ! 俺もセレーナも魔道士が助けてくれたからな」


 そう赤子に語りかけるレオンに、セシルは抱えていた赤子を手渡す。

 父親の事がわかるのか、赤子は嬉しそうに顔に手を伸ばしている。


「それで魔道士様。こちらの子は?」

「この子が保護していたエルフ族の子です」

「スーリオンです」


 それぞれの自己紹介が終わり、親子の再会にしばし目を細めて見ていると別室からシスターが入ってきた。どうやらミルクの準備をしていたらしい。


「あっ!通りすがりのベビーシッター様」

「こんにちは。またお会いしましたね。少しは眠れましたか?」


 それは夜泣きに悩まされ寝不足になっていたシスターだった。

 セシル嬢でなければ顔を見て平常心で話が出来るのに、と思いながらアルフは会話を続ける。


「おかげさまで仮眠のつもりが熟睡でした」

「それは何より。顔色も良いですね」

「ありがとうございます。所でこちらの赤ちゃんですが……天使様だったのですか?」


 後半は耳打ちするようにヒソヒソと小声で話しかけられる。背に羽根のある赤子を見てそう判断したのだろう。羽根以外は人の子と変わらない外見だからだ。

 顔を寄せてシスターの話を聞いている、そんなアルフの様子に今度はセシルが胸を抑えていたのだがアルフは気がついていない。


「そうかもしれません。そしてこちらがあの子の父親です」

「天使様の父親!? と言うことは……か、神様!?」

「おい! 変な誤解を受けているぞ!?」


 シスターが膝を付き祈りを捧げようとしてくるのでレオンは慌てて弁明する。

 アルフは英雄と連呼された仕返しとばかりに、少しの含み笑いをしながら伝える。


「ほら誤解されるのって困るでしょ?」

「いやいや魔道士の場合は誤解じゃないからな。本当に英……」

「神様! 素晴らしい天罰でございました」

「天罰って」

「教会の窓から外の様子を見ていました。赤子を渡せと押しかけて来た者たちに、晴れた空から突然何度も雷が落ちて……あれこそ天からの罰です」


 そう言ってカレンを抱えているレオンに祈りを捧げるポーズをとっている。


「晴れた空から落雷ね。不思議な事もあるものだな。なぁ魔道士」

「天罰ってさっき船で……」


 シスターの説明を聞いてレオンとスーリオンの目がアルフに集中する。レオンは何かやったなという疑いの目だ。セシルは笑いそうになる口元を手で抑えている。

 もちろん天罰には種も仕掛けもあるのだがアルフは明かしたりせず、しれっと神を讃える。


「さすがは神様! 悪いことは出来ませんね」

「俺が悪かったって。いい加減この誤解を解いてくれ」


 その後レオンは神様では無いとシスターに説明したら、今度はセシルを聖女様と呼び始めた。

 それについてはアルフも訂正しなかったので、天罰は聖女の怒りに触れたせいだとされた。

 シスターが用意したミルクを飲んだカレンは、先ほどまでは静かだったのに急に機嫌が悪くなってしまった。

 その様子にレオンが慌てる。


「しまった! 寝付く前には魚がないと……」

「こちらをどうぞ」


 泣き出しそうになっているカレンの前にスッと魚の切り身が載った皿が出される。アルフがドロシーの食事用と一緒に購入しておいたものだ。


「用意がいいな。いや、それよりも何で知っているんだ?」

「レオンさんに最初に会った時に言いませんでしたか。カレンちゃんに教えてもらったって」

「最初って俺が閉じ込められていた時か……確かに言っていたな。じゃあ本当にカレンが……?」

「そうですよ」

「魔道士の方がよっぽど神様してるよ!」


 魚の切り身を食べたカレンは機嫌良く眠り始めた。その様子を見ていたシスターはアルフに賞賛を送る。どうやら午睡でも苦労していたらしい。


「さすがは通りすがりのベビーシッター様です!」

「どこででもそんな名を使っているんだな。本当は何て言う名前なんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろう眠りの魔道士」


 レオンの質問に全員の注目が集まる。


「本当は……通りすがりの魔道士ですよ」

「言うと思ったよ! 全然教える気ないだろ!?」

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