第32話 ゴミ屋敷へ侵入
教会の裏手には諜報部が用意した幌馬車が止まっていた。
救出した者を移送させるための手段となる予定だ。
アルフとドロシーとセシルは荷台の椅子に座り、諜報部の者が御者席に座りブルド子爵家へと荷馬車を走らせている。
荷馬車の音で接近に気づかれないように、アルフはいつもより広めの防音結界を馬車全体にかけていた。
荷台は広いのに、何故かアルフの隣に座っているセシルが話しかけてくる。
「魔道士様から潮の香りがします。港を訪れていたのですか?」
「……少々船旅をしていました」
「では海から王都まで? そんなに遠い距離を移動されていたなんて」
「セシル様もボストミラの街から王都まで大変だったでしょう」
「街ではお世話になりました。あの偽物に欺かれ危ないところでした」
夕方の出来事を思い出したのだろう。セシルは手を強く握りしめている。
「ゴミ掃除が間に合って良かったです。そう言えば昨日もセシル様を裏切っていた男がいましたね」
「お恥ずかしい限りです。あの男はベルジック公爵家の三男でマクシムと言います」
「……失礼ですが関係を聞いても?」
「ベルジック公爵家は当主が外交大臣で、長男と次男が軍部の将軍と副将であるのはご存じですか?」
「ええ。ベルジェ王国を支える忠臣の一角ですね」
「表では王都の軍を掌握していますが、裏では王国の密偵としての働きもあるのです」
「密偵ですか」
「王国の密偵は私の養父、宰相のマグレーディが指揮しており私はその補佐を担っています」
軽くうなずきながら、アルフはセシルの話に耳を傾ける。
「私は諜報部の仲間と共に主に王国内についての情報を集め、マクシムは外交を通じてもたらされる外国の情報を宰相に伝える役目があります」
「国内と外国の役割分担があるのですね」
「そうです。定期的に互いの情報をやり取りして確認していたのですが……まさかマクシムに裏切られるとは思いませんでした」
「状況は分かりました。まだベルジック公爵家全体が関わっているのか、マクシムだけの裏切りかは判断できませんが警戒が必要だという事ですね」
「あっ」
「おっと……失礼」
馬車が揺れた拍子にセシルと肩が触れ、咄嗟に傾いた身体を支える。
思わず触れてしまっが、急に触られては嫌だろうとアルフは即座に手を離す。
「……ブルド子爵家を調査するように示唆したのはマクシムです。今にして思えば罠だったのでしょう。魔道士様が助けて下さらなければ、私の死と共に情報が閉ざされますから」
「貴女を追っていた者たちはどうなりました?」
「魔道士様が眠らせて拘束した者たちですね。国の衛兵に依頼し牢に入れたのですが、情報を出させる前に死んでいました。口を封じられたのだと思います」
「あれだけの人数をためらいなく殺すとは」
その情報にしばし沈黙して、思案する。
「やはり貴女を連れて行くのは危険なので……」
「待てと?」
アルフはうなずく。
十人以上を牢番に悟られずに殺している者がいるのだ。
そんな相手がいるかもしれない場所に連れて行くのは、あまりに危険だった。
「私だって国の暗部に所属する者です。魔道士様だけに頼るわけには参りません」
「掃除当番なので、任せてくれていいですよ?」
「地下牢は屋敷の内部からしか入れません。一度侵入しているのでご案内します」
「……はぁ。分かりました。それじゃあ一緒に掃除しに行きましょう」
「はい」
セシルの返事とほぼ同時に目的地に到着したらしく、馬車が止まる。
アルフは指をパチンと鳴らして、防御魔法を掛けておく。
荷台を降りると大きな屋敷の門扉が見えた。
門は閉ざされ、周囲は背の高い石壁に囲まれている。
馬車を建物の影に隠し、いつでも出せる状態にして行動に移る。
「武器は所持していますか」
「ナイフを数本と短剣を持参いたしました」
そう言ってセシルに太もものガーターベルトに付けたナイフを見せられたので、アルフは目を閉じ片手で額を押さえた。
「どうされました?」
「いえ……ちょっと刺激が。念のため武器に強化魔法を掛けておきます。雷撃の効果が出ますから必要があれば使って下さい」
「ありがとうございます。どこから侵入しますか? ブルド子爵の庭には番犬が複数放たれていて、侵入者に吠え噛みついて来ますよ。警備兵も増えていると思います」
「分かりました。眠らせて来ます」
「え?」
アルフは魔法で身体強化して、ジャンプで石壁の上へと降り立つ。
そして壁の上で指揮者のように両腕を振り、屋敷全体に眠りの魔法を発動させた。
すると庭を徘徊していた番犬、見回りの私兵、門番、使用人さらには庭で鳴いていた虫たちまで……次々と眠りに落ちていく。
屋敷内が静まり返ったのを見て庭に降り立ったアルフは、門扉まで歩いて行き内側の閂を外して扉を開け放つ。
そして内側からセシルに向かって手招きする。
「お待たせしました。この広いゴミ屋敷を案内していただけますか?」
「まさか正門から入る事になるとは思いませんでした」
予想外の侵入経路に、昨日の苦労は何だったのかとセシルは苦笑した。




