第23話 悪夢の続き
ドロシーは前足をペロペロと舐めながら座っている。
男の子の近くへ買い物かごを持った女性が駆け寄っていくのが見えた。
「大丈夫なの!?」
「母さん」
「目を離してごめんなさい! ケガはしていない!?」
「く、苦しい。大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ」
母親にギュッと抱きしめられ、苦しそうにしている男の子に話しかける。
「お母さんが来てくれたみたいだね。ドロシーと遊んでくれてありがとう」
「うん。楽しかった! それにこの猫さんが僕を助けてくれたんだ!」
ドロシーを見ながら、ありがとうと言っている。
『ニャア』
「どういたしましてって言ってるよ。それじゃあまたね」
わけの分からない顔をしている母親に、男の子が説明をはじめた。
アルフは軽く手を振って、テラス席へと戻ろうとした。
しかし止まっている馬車の近くで、またもや悲鳴が聞こえてきた。
「ん?」
事故は防げたはずなのに何事かと思ってアルフが視線を向ける。
いつの間にか馬車が武装した集団に囲まれていた。
口元を布で覆い隠していて襲撃者の顔は分からない。
「えっ? 悪夢の続きはこうなるのか」
『ニャア』
「うん。どうやら事故を起こしての襲撃だったみたいだね」
アルフは気配を消して遠巻きに観察する。
御者の首には刃物が当てられ、人質にされている。
「全員動くな! その場を一歩でも動けば命は保証しないぞ!」
武装集団のリーダーらしき男が、馬車周辺の人々を見回して声を上げる。
「ぐわっ……!」
「動くなと言ったはずだ!」
「きゃあああっ!」
「こっちには魔道士がいる。お前らなんかいつでも殺せる」
その場から逃げようとした男が、足を押さえて倒れる。
風の魔法で足を切られていた。
街の警備兵を呼ぼうとしていた人も、その様子を見て動けなくなった。
「さて。この爺さんを殺されたくなければ、俺たちと一緒に来てもらいましょう」
人質を取っている男が馬車の中へ呼びかける。
ゆっくりとセシルが扉を開けて顔を出した。
「本当にこの国は誘拐が流行っているのね。白昼堂々嘆かわしいことだわ」
「お嬢様! いけません……ぐっ!」
「黙ってろ!」
止めようとした御者の男が殴られる。
「女性の誘い方が下手な方のようね。私が誰だか分かって誘っているの?」
気丈にも凜とした口調で、セシルが馬車を降りる。
「宰相の御息女、セシル・ド・オードランだな?」
「一体誰の指示かしら」
「知る必要はない」
捕らえるために男の仲間がセシルへと近づいて行く。
しかし触れようとした瞬間、セシルは護身術を使って相手の手を捻りあげた。
いつの間にか取り出した護身用ナイフが男の喉元に向けられている。
「チッ」
「簡単に誘いには乗らないようにと、父から厳しく言われていますので」
「だったら無理にでも連れて行く。やれ!」
リーダー格の男が指示を出す。
武装集団にいた魔道士は、仲間の男ごとセシルを風の魔法で吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
―――パンッ!
その時どこからともなく手を打ち鳴らす音が聞こえた。
すると武装していた男たちが次々とその場で倒れ出した。
「大丈夫ですか!?」
風の魔法で大きく飛ばされ、地面に横たわったセシル。
そのセシルに素早く一人の男性が近づき声をかけた。
その指には高価な宝石のついた指輪をいくつもつけている。
「貴方は?」
「クリストファー・デ・ウォーターズと申します」
「全員を魔法で倒したのですか?」
地面に倒れる襲撃者たちを見て、驚いたセシルが尋ねる。
これだけの人数を一瞬で眠らせる魔法。
それを出来る者の存在には心当たりがあった。
「ええ。少々眠ってもらいました。もう心配いりませんよ」
言いながら男はセシルにさわやかな笑顔を見せた。
「向こうに私の馬車があります。安全なところまで送りましょう」
「お嬢様! ご無事ですか!?」
「安心して下さい。私がいる限りケガなんてさせませんから」
「そのお力。もしや、貴方が眠りの……」
セシルの言葉にクリストファーは片目を閉じた。
そして秘密だとでも言うように、唇に人差し指をつける。
その仕草を見てセシルは深くうなずき、それ以上口にすることを止めた。
「分かりました。送って下さると言うなら、宿までお願いします」
「よろしいのですか? お嬢様」
「大丈夫、クリストファー様は信頼出来る方よ。爺、後はお願いね」
「クリストファー様。お嬢様を助けていただき旦那様に代わって感謝を」
「当然のことをしたまでです」
「お礼は後ほど。お嬢様をお願いいたします」
「お任せ下さい」
セシルとクリストファーは馬車に乗り、通りから見えなくなった。
御者は倒れている者たちを捕まえようと警備兵を呼びに走る。
しかしその間に、武装した男たちはむくりと起き上がってしまう。
そして路地に散って逃げ去ってしまった。
「うん。なるほど」
一部始終を見ていたアルフは腕を組んでポツリと呟く。
「すごく怪しい男だね」
『ニャア』
武装した襲撃者を捕まえられたはずなのに、その場では拘束しなかった。
しかも倒れていた襲撃者たちは、馬車が去ったと同時に起き上がった。
「ローラを送り届けてくるから、こっちを頼んでもいいかな? ドロシー」
『ニャア』
「準備が出来たら迎えに来るよ。っとその前に」
逃げようと足を切られた男に向かってアルフは腕を振る。
痛みに悶えていた男が気を失ったように眠り出した。
「……あれ? 足が治ってる?」
しばらくして目覚めた男は足だけではなく、体調がすべて回復していた。




