第100話 砂漠の町
「ああもう! セシル様が可愛くてつらいぞー!」
見渡す限りの砂、砂、砂。周囲に人影は見当たらない。
そんな砂漠の中心でアルフは心の底から叫んでいた。
「エプロン姿が可愛すぎなんだよー!」
「僕のために焼いたクッキーって何だよー!」
「疲労回復にはちみつ入れてくれるって天使かー!」
「ドロシーのクッキーまで用意するって女神かー!」
さらに力の限り思いを叫んで息を切らす。
「……はぁ……はぁ……はぁ」
『ご主人様。少しは落ち着きましたか』
ドロシーに問われて軽くうなずき、今度は小声で呟く。
「しかも、一緒に食べようって……嬉しすぎて泣きそうなんだけど」
『お気持ちは分かりますが』
「……うん。だいぶ落ち着いたよ。待たせてごめんね、ドロシー」
あまりに感情が揺れていると、魔法の発動に影響が出てしまう。
魔法を使う者は常に冷静でいなくてはならない。
暴走した魔力が周囲に影響を及ぼす場合だってあるからだ。
当然アルフも感情制御を修練して鍛えていたのだが――。
『苦労されていますね』
「普段は平気なんだけど。セシル様に会うとね……はぁ」
最近は特に感情が乱れていて、アルフは困惑していた。
こんな状態で迷宮に入ると危険なので、心を落ち着かせるために叫んでいた。
『想いを伝えたら楽になるのでは』
「……今は無理。完全にキャパオーバー」
両手でパシッと頬を叩いてセシルへの思考を振り払う。
「よし! 行こうか。このままじゃ干からびてミイラだ」
『ここから南西の方向です』
「了解」
アルフは一度上空へと浮かび、砂漠を南西へと飛んでいく。
走って向かうと服や靴が砂まみれになるからだ。
「さすがに砂ばっかりで飽きてくるね」
『砂漠ですから』
しばらくは同じような景色が続いていたが、更に進むと岩山が現われた。
それを乗り越えると遠くに塔が見えて来た。
所々に岩山も見えるが、まだまだ砂が続いている。
「たぶんあれが試練の塔かな」
『ご主人様。魔物に襲われている者たちがおります』
「ん?」
周辺に目をこらすと砂煙の上がっている場所があった。
遠いので状況までは分からない。
しかしドロシーが言うならば襲われているのは間違いなかった。
「行ってみようか」
『塔から離れますがよろしいのですか』
「この範囲なら移動は一瞬だよ」
アルフは額に手を当てて、砂煙の上がっている方角をイメージした。
視界一面が砂煙に切り替わる。
「これじゃ、状況が見えないな」
手を払う仕草で周囲に突風を起こし、砂煙を吹き飛ばす。
眼下では両腕にハサミを持つ巨大で黒い魔物が暴れていた。
尾の先は鋭く尖り、前方にまで曲がっている。
「昼間からサソリの魔物が出るなんて珍しいね」
『巣に踏み込んだのでしょう』
「冒険者かな。だったら余計な手出しはやめて……」
塔を目指そうかなと思っていたアルフの耳に悲鳴が聞こえた。
「きゃああーー!」
目を向けると、たいした装備も無く旅人のような格好の者たちがいた。
女性が大声で助けを求めている。
「助けて! お願い! 誰か彼を助けて!」
「俺は……ここまでだ。早く逃げろ……」
魔物のハサミに捕まっている男がいた。
挟まれた衝撃で内臓に傷を負ったらしく、口からは血が流れている。
必死にもがいているが、がっしりと掴まれ抜け出せない。
「もう無理だ、諦めろ!」
「危険よ。貴女まで死ぬことになる」
一人の女性が助けに戻ろうとし、それを止めている男女がいる。
捕まった男には今にも鋭い尾が刺さりそうになっていた。
このまま毒液を喰らったら即死だった。
――ザシュッ!
突如、斬撃音が響き魔物から水飛沫が上がった。
胴が青白く輝き、乾いた砂漠にひんやりとした水滴が散る。
「えっ!?」
「何だっ!?」
瞬く間に魔物は胴で真っ二つになり魔石が落ちた。
砂に残っていた水飛沫の跡がゆっくりと消えていく。
女性を止めていた男が呟く。
「これは……一体何が起こった……?」
捕まっていた男に駆け寄ると、気を失ったのか目を閉じて眠っている。
「彼の傷は!?」
「思ったより深くないようだ……いや、そんなはずは……」
「とにかく早く町へ行きましょう」
「あ、ああ。馬車は……よかった、無事だ」
そんな状況をアルフとドロシーは離れた上空から眺めていた。
「試しに使って見たけど、思ったよりも威力があるな」
『水と聖の二属性ですね』
「うん。レオン、こんな剣どこで手に入れたのかな」
『海の獣人からの貢ぎ物では』
「ありそう。あいつの常識だって十分おかしいのに」
『類は友を呼ぶのですね』
「……つい寄り道しちゃったけど、先を急ごうか」
■■■
試練の塔を中心にして、町が出来上がっていた。
入り口には『砂漠の町ジャンファーン』という立て看板があった。
石壁で囲まれたその町は冒険者が多く、活気あふれる場所だった。
立ち並ぶ露店には迷宮攻略に必要となりそうな道具が売られている。
武器や防具はもちろん、様々な薬草やお香にお守りまで。
色とりどりに並べられている。
「この雑多な感じ! なんかワクワクするよね」
『目的をお忘れ無く』
「もちろん忘れてないけど、今日は休む予定だったし」
『すでにいつも通りですけどね』
「あはは! まあ、お腹も減ったし。あの串焼きとか美味しそうだよ」
ふらりと屋台に立ち寄り、焼いている肉を眺める。
ジュワジュワとしたたる肉汁から独特の匂いが立ち込めていた。
「こんにちは! これは何の肉なの」
「ヤギだ。うまいぞ」
「じゃあ二串お願い」
「ほいよ。銅貨二枚だ」
「安いね!」
「安いうまいがモットーでね。まあこの町周辺じゃ水のほうが貴重だからな」
熱々の串焼きを手渡され、アルフはその場で頬張る。
「うん! スパイスが効いていい感じ! 美味しいから追加であと二串お願い」
「ははっ。ありがとな! 兄さんも塔に挑みに来たのか?」
「さっき町に着いたばかりでね。勇者に会いたくて来たんだ」
店主は注文を受けて、再び肉を焼きながら雑談を始める。
「ふーん、勇者様に会うためにか。そう言えば、まだ出てきてないらしいな」
「いつ入ったのか知ってる?」
「たしか二週間くらい前だったか」
「そんなに攻略が難しい塔なんだ」
「一度外に出ちまうと再挑戦出来ないからな」
「そうなの?」
「おいおい、知らずに来たのか。塔に挑戦出来るのは一人一回までだぞ」
話している間に串が焼き上がり、再び手渡される。
「ほいよ。詳しいことは入り口近くのガイドにでも聞いてみろ」
「ありがとう! 行ってみるよ」
『ご主人様!』
「んー?」
『味わって食べている場合ではありません』
「んっ……うん。ドロシーも食べる?」
『私は生肉のほうが……いえ、そうではなくて』
「どうしたの」
『今回は”眠りの魔道士”の記念すべき百話目ですよ!』
「あっ! そうだったね」
『百話を記念して、ご主人様の秘密を何か教えて下さい』
「何で僕なの!? ドロシーの秘密だっていいだろ」
『では互いに質問をするというのはいかがです』
「……いいけど、ずっと一緒にいるのに何か聞きたい事でもあるの?」
『もちろんです』
ドロシーの瞳がキラリと光る。
「……な、何が聞きたいの? あんまり変な質問ならノーコメントだよ」
『ご主人様は魔法の発動時に、指を鳴らす時と腕を振る時がありますよね』
「まあ、慣れてるからその二つが多いね」
『その違いを教えて下さい』
「え? その時の気分で使い分けているかな」
『気分!』
「ウインクとかでも出来るけど、気持ちが込めにくいと威力が落ちるし」
『私は指が鳴らせないのに、ご主人様は気分で鳴らしていたのですね』
「そんなこと気にしてたんだ。次は僕から。ドロシーが苦手なものは何?」
『アリルプロピルジスルフィドです』
「え?」
『有機硫黄化合物です』
「……ドロシーって本当に物知りだよね」
『ユリの花やタマネギ、ニンニクが苦手です』
「中毒になる奴だね。最初からそう言って欲しかったよ」
『ですからその串焼きは食べられません』
「僕だけ食べてごめんね……生肉を買いに行こうか」
『ニャア』




