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一般人は冒険などしたくない  作者: ゆーらん
18/22

辺境伯は愉快犯

「あれ、クリフォード殿。今日は貴方も一緒に?」

「ええ、まあ…」


 いつものように、午前中はアレクシスの執務室へと向かう伊織だが、今日は向かっている途中でクリフォードと鉢合わせた。

 そんなこともあるかと尋ねてみるが、どこか困惑した様子で、伊織の方が逆に困惑してしまう。

 しかし毒を飲んだとか言い出すアレクシスのことだ。この根が真面目そうなクリフォードが聞いたら困るようなことを言ったのだろうと自己完結する。

 今度はどんな無茶を言ったのだろうと思いながら、いつものように執務室の扉をノックする。

 アレクシスの返答を待ってから扉を開くと、すでにアレクシス以外に二人の男が中に居た。

 その二人を見た伊織も、伊織を見た二人も、一瞬動きを止める。

 がた、と一人がソファーを蹴飛ばす勢いで立ち上がり、伊織の手を取ると額に押し当てて抱え込む。


「伊織!よかった…死んでなかった…!」

「隼人…」


 驚いた伊織だったが、彼女もまたもう一度会えるとも思っていなかった人たちに出会えたことで、らしくもなく少し涙腺が緩む。

 手を取ってきた隼人はといえば、声がすでに震えていたので言わずもがなだろう。


「それに兄ちゃんも。何でここに?」

「いやまあ…色々とあってな」


 歯切れの悪い返事に何かを感じ取る伊織。伊達に長いことこの男の妹をしていない。

 明後日の方向を向いて全力で誤魔化しにかかっているが、何かを知っているのは確からしい。

 じとりと半目で見つめていると、思わぬ方向から声がかかる。


「イオリ殿、おはよう。イツキ殿を問い詰めるより先に、ハヤト殿への説明をここでやろうと思うんだけれど、いいかな?」

「あ、おはようございます。…え、名前…」

「うん、彼らがこちらに来たのって昨日の夜遅くなんだよね。ひとまず名前だけ聞いて、詳しいことはこの場で一緒にしてしまおうと思って何も話してないんだ」

「うわぁ……」


 手間を省いたように思えるし、実際その目的も多少はあったのだろうが、伊織には何となくアレクシスの目的は分かっていた。

 何も話していない、ということは、斎に子がいることも話していないに違いない。

 そして目の前の男が自分の孫にあたることも勿論話していないはずだ。

 この男、間違いなく斎を最高に驚かせるタイミングで話したがっている。



「ところで、どこまで二人に話したんです?」

「私たちのフルネームと君がここにいることと、この土地の名ぐらいだな」

「ほぼまっさら状態!」


 少し落ち着いたところでどこから説明を始めるのかと思って聞いてみれば、まさか最初の最初からだとは思わなかった。


「さて、イオリ殿には繰り返しとなるけど、最初の最初からの話をしようか」


 それからアレクシスは、伊織が最初に聞いたことと同じ話を語り始めた。

 災禍と呼ばれた存在、女神の啓示からの召喚術、イツキが半年でその災禍を打ち破った…云々。

 隼人は胡散臭いといった表情を上手く隠しているつもりだが、伊織には筒抜けである。なにせ伊織自身も同じことを思ったからだ。

 斎はといえば、話が進むにつれて縮こまり、顔を両手で覆い、背中を丸めて小さくなっていった。さすがに悪い話はされてはいないとはいえ、目の前で高二時代の功績を語られるのはキツかろう。


 そしてアレクシスはその話の最後に爆弾を落とす。


「光栄なことにこの勇者イツキ・ミカゲの血は、このヴェラー家に受け継がれているんだよ」

「…は?」

「…え?」


 一瞬、言葉を理解するのが遅れた二人が同時に声を漏らしてアレクシスの顔を見る。

 そうだろうな、とこの中では伊織だけが二人に同情的だった。

 そしてまだ今の時点ではその意味を理解していないだろうな、とも予想していた。


「私たちの母アマリアが、イツキ殿、あなたの子供なのです」

「俺結婚もしてないのにこんな大きな孫ー!?」


 がたたん!とソファーが隼人ごと動くほどに激しく立ち上がる斎。

 それを見たアレクシスだけがしてやったりといった表情をしている。さらにその表情を見た伊織は「ああ、やはり性格が悪い」と心の中でつぶやいた。


「えっ、だとするとクリフォード君も俺の孫!」

「兄ちゃん適応早すぎない?」

「いやその前に心当たりあんのかよ」

「えっ、いやその…カタリナだけなら…」

「まさしくその方がお婆様です」

「お、おう…」


 色々あったんだよ!とまたソファーに沈み込む斎を隼人が胡乱げな目で見ていたが、伊織としては先にその()()の一部を聞いていたため、少し同情的であった。

 さて、と手を打つアレクシス。困らせるだけ困らせて満足したようで、ようやっと本題に入るようだ。


「イオリ殿がこちらに来られてからすぐに、報告と王都行きの調整をしていたんだよ。さすがに先触れもなく参上するわけにもいかないからね。

 それでまさかイツキ殿…お爺様まで来られるなんて思ってなかったのでね、ちょうど今朝、王城からの使者が来られたんだけど、もう一度手紙を送って…そうだね、遅くとも一ヵ月以内には全員で王都に向かう手筈になると思う」

「お爺様言うな、なんか無駄に歳食ってるように聞こえる」


 今度は胸に手を当てて精神的な痛みを和らげているらしい。37歳という初老手前でそういう呼称は辛いものがあるのだろう。伊織とて大叔母と呼ばれるのを、同じ理由で拒否したのだから理解できる。


「でも、そうだな…ヴァイセンガルト()()なら悪いことにはならねえだろうから、繋ぎだけは持っといてもいいと思うぞ」


 やけに王族を強調したが、逆に言うとそれは王族以外には悪いように扱われたとも取れる。

 実際のところ、訪れた場所では悪いどころか最高の待遇を受けたと思うが、夜な夜な貞操を狙われる環境が果たしていい記憶であるかと問われると首を傾げざるを得ない。

 斎は特にハーレム願望があるわけでもないし、高二当時はどちらかといえば目先の遊びの方へ興味を強く向けていた。勿論そういうコトに興味がなかったわけではないが、妄想していた以上に迫られるのは正直なところ怖かったのだ。恋愛観だって一夫一妻の現代日本的な考えである。

 そこへ眼の色を変えた妙齢の女に囲まれればトラウマにもなるというものだ。その後遺症は日本に帰ってからこちらに再び来るまでに、浮いた話が長続きしないという形で表れている。


「俺が爺様って世代だから、もう王様は代変わりしてんだろうけど…エアハルトとかなら信用できる」

「…お爺様、その方は先王陛下です」

「え、嘘。うわ俺あの子をどう呼べばいいんだろ?寂しいなあ」

「ねえアレクシス殿、コレ王族の前に出しちゃいけない人物だと思うんですよ」

「不覚にも私も少し不安になってきたよ」


 いくら恩人補正とはいえ、60年前の出来事なので生き証人が現役で働いている場所というのはそう多くはないはずだ。

 名前だけで「勇者イツキ・ミカゲ」という存在を知る者というのは伝聞、つまりおとぎ話のように聞かされた者だ。ということはつまり、勇者とは品行方正たれ、という躾の教材になっている可能性が高い。

 長らく語られた伝説の存在を、実際に目にした人たちが落胆しないことを伊織は願うばかりである。


「……あの、一つお聞きしても?」

「どうかしたかい、ハヤト殿」

「斎があんた…ああいや、あなたの祖父だってことは分かりました。だけど、俺たちがここに呼ばれた理由が分からないんですが」

「そういやそうだな、俺の役目は終わったわけだし。まあ呼ばれたっつうか、飛び込んだって感じだったけど」

「それさ、一言で言うと、巻き込まれってやつなんだわ」

「…どういうことだ?」


 伊織が簡潔に纏めた言葉に隼人が食いつく。

 自分の口から説明をしてもいいものかとアレクシスを見ると、促すように頷かれたので、メールシャロルの召喚の話をする。

 目的の定かではない召喚、その余波を受けてここヴァイセンガルトだけではなく、おそらく他にも数ヵ所で自分たちと同じように召喚されている人がいるだろうこと。

 斎と隼人は今でもオタク文化には寛容な方なので、話はとても早い。三人ともがこの話を聞いてまず思うのは…


「典型的なダメなタイプのやつじゃねえか、それ」

「多分そうだと思う。まあ実際に何かあったのかも知れんけど、そこに首を突っ込むのは今はナシで」

「だな。それで?王都に行くまでは予定とかあんのか?」

「あるというか、何というか」


 ちらりとアレクシスの方を見る。燻り出すとか何とか言っていたことを、この二人に黙って行動できるとは思えなかったからだ。

 アレクシスは少し思案したようだったが、その悩む時間は本当に僅かだった。ひとつ頷くと息を吐く。


「大まかに言うと、確定事項としてはレベルの底上げだね。いまの王家なら無体なことはしないと思うけれど、その周りがどうかは分からない。特にイオリ殿は最悪の事態が想定されるからね、少し急いだ予定を組んでいる。

 それから、こちらは別件なのだけれど、邸に潜りこんだネズミを燻り出そうかと思ってるよ」

「え、なにこの孫っ子、言ってること怖いんだけど」

「そうじゃねえよ。…最悪の事態って何なんです?」

「異世界人であるその血が欲しいのさ」


 最悪の事態について伊織はたしかに聞き及んではいたが、レベル上げにその話が繋がっているとは思っていなかった。

 だが少し考えれば行きついたはずの配慮だ。てっきりスキル付与の力試しとばかり思っていた伊織は思わずアレクシスの方を見る。

 同時にクリフォードも兄の姿を見ていたらしく、アレクシスはそちらに「何だい?」と言いたいことを促す。


「いえ…まさか、大恩あるお爺様の妹に、貴族がそのような事をしますか?」

「するさ」

「するな」


 異口同音にアレクシスと斎が声を発する。


「というか、貴族だからこそかな。正攻法の婚姻は私が弾けるものは弾く。公爵となると少し難しいかもしれないけれど、まあ色々理由をつければ何とかなる。そうなると血の欲しい上位貴族はどうするか、という話さ」

「俺の時なんて誰もかれもなりふり構わずだぞ。行く先々で夜這いは当たり前、昼間までどっかしらに女の影がある上に、親子で共謀して一服盛ってきやがったことだってあるからな。色々なきゃ一ヵ月ぐらいは早く終わってたはずだわ」

「え、お爺様、私が把握していたものより酷いんですけども」

「うわドン引きだわ」

「お前…それで結婚どころか彼女もいねえんだな…」


 話の内容が、伊織の想像よりもはるかに酷かったことに伊織は引いているし、隼人とクリフォードは単純に話の内容に引いている。何よりその話がアレクシスという子孫に伝わっていたのが驚きだ。

 二度とこの地を踏むことはない勇者の話なのだから、少しどころではなく脚色した美談にするものではないだろうか。あるいは斎が日記などを残していったのか。


「……話を戻そう。とにかく、伊織をどうにか自衛できるぐらいにレベルを上げるのが目先の目的だな?」

「そうですね。昨日まではクリフを張り付かせる事も考えていましたけど、クリフもクリフで仕事がありますからね。そういう意味では都合がよかったと思います」

「確かにな。()()と。それで、どこで上げるつもりだったんだ?」

「メルガルト森林に明日にでも。イオリ殿の最低限の準備は出来てますよ」

「ほーん…それ、隼人も連れてってくれんのか?」

「ええ。イオリ殿ほどではないですが、ハヤト殿も自衛力は必要でしょう。お爺様はどうされます?」

「隼人が行けるならいいだろ。俺はちょっとお前と色々と話がある」

「承知いたしました」


 トントン拍子にアレクシスと斎との間で予定が決まっていった。どうやら伊織のレベル上げにクリフォードだけではなく、隼人も付き合うことになったようだ。

 斎が何を考えているかなどと伊織には分からないが、悪いことにはならないだろうという確信があったので、そちらは任せることにする。

 斎は決してお人好しなどではないが、妹と幼馴染にとても甘いということを、二人ともが知っている。


「それじゃ、午後からは隼人のステータスとか確認するのかね」

「隼人だけじゃねえ、俺たち全員が互いに把握してなきゃならねえから、俺も行くぞ」

「お爺様、では是非俺とひとつ手合わせを…」

「武器持つの20年ぶりなんだから軽くな」


 その返答に、クリフォードは満足そうに微笑んでいた。それほど劇的に表情を変えたわけではないが、これまでを見ていると一番浮かれているように見えた。

 それにしても斎も斎である。半年ほどとはいえ、確実にこの世界(フィン・レーベン)にいたのだなと、伊織はどこか遠い人のように感じてしまった。



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