4 - 9.『Son』
4-9.『息子』
本日三回目の投稿です
ヴィラル先生。目の前に呑気な様子を見せて佇んでいる老人は、僕の事を確かに〈出来損ない〉と呼んだ。確かに〈魔道研〉の研究員は、セルヴィアーダ家の事を調べたかもしれない。だが、そこから僕の事を知り得るだろうか。あの人たちが勘当した僕の事を話すはずがない。
「覚えてないかの。」
「何をですか?」
「まだお主が3歳か4歳だった頃じゃ。儂の家に来たことがあるんじゃよ。」
「貴方の家に?」
「そう。儂の家に、じゃ。物心つくまえじゃから、覚えてないのも無理ないの。お主の父親は当時からお主を厭わしく思っていたらしいの。」
「どうして貴方の家に行ったんですか?」
「……何も知らないのじゃな。お主の父親は儂の息子……つまりお主の祖父じゃよ。」
「……!?」
目を剥くとまではいかないが、知らなかった事実に驚愕していた。自分の祖父祖母について考える機会が無かったため、今まで考えたことも無かった。まさか父方の祖父が魔道学院で最も地位の高いクラスの担任だったとは。
「お主の父親が〈魔道研〉のトップになるまでは、儂が会長だったからの。お主の父親がお主の母親と結婚した時には、ようやくかと思ったが、それもなんやら思惑があったようじゃな。」
ヴィラル先生が言っているのは、恐らく〈龍の紋章〉の事だろう。しかしセルヴィアーダ家ではないヴィラル先生は、詳しいことを知らないはずだ。だからこそカマかけのような事をしている。
「……確かに僕は父さんからは嫌われていました。出来損ないとも呼ばれていました。ですが、それならどうして結婚したんですか?」
「それはのう……名門という事もあるじゃろうが、1番大きな理由は力かの。」
「ちから?」
「そう、力じゃ。権力であり、魔法能力であり、魔力であり、実力であり……あらゆる力じゃ。力に溺れたい男なんじゃよ、彼奴は。」
「そんなものの為に母さんと結婚した、と……」
「お主は分からんかもだが、彼奴にはそれが唯一の取り柄だったのじゃよ。魔道学院でも随一の実力者だったからの。大陸二番手の魔道家系ミラージア家が一番手のセルヴィアーダ家に勝てるとも言われたんじゃ。」
「じゃあセルヴィアーダ家に婿入りした理由は?」
「簡単じゃ。彼奴はお主の母親に勝てなんだ。全く抵抗できずに負けたのじゃよ。」
「母さんに……?」
僕の母さんに関する記憶はあまり多くない。特にその実力に関する記憶なんて全く無いのだ。強いと言われても、僕が想像できるのは明るく僕に話し掛けてくれた母さんと治癒院で眠っている母さんだけだ。
「お主の母親は留学していたんじゃ。だから魔道学院では無かった。それが彼奴が自分が一番だと自惚れた理由なんじゃろう。五期生の最後の昇格戦の時に彼奴が所属していた〈A-1〉は、お主の母親に破れ〈A-2〉に降格した。」
「だから劣等感に苛まれた、と?」
「そういう事じゃな。一番になるには一番の者と同じ位置に立てば良いと考えたのじゃ。酷い男じゃの。儂も止めたんじゃが、どうやらお主の母親はお主の父親を愛していたから断らなかったそうじゃ。」
「母さんが父さんを……」
嘘だ、と言いたかったが、それを言うことは出来なかった。母さんの本心なんて僕には分からなかったし、教えてくれる時間も猶予も無かった。一生これは謎のままなのだ。
「儂にも真実は分からぬ。ただ言えることは結婚し、生まれたお主は何故か大陸一番手、二番手の家系の血を受け継ぎながら、どちらもの才能を受け継がれなかった哀れな子と言われていた事だけじゃな。」
「何故、僕が才能が無かったかはお分かりだったんですか?」
「いや儂も〈魔道研〉も興味があった内容じゃからかなり念入りに調べたのじゃ。結果は何も出なかった。ただ才能が無い、とだけしか分からなかったのじゃ。」
「〈魔道研〉でも分からなかったんですか……」
「天下の〈魔道研〉と言えども、全てが分かるわけではないからの。それにお主の母親は〈魔道研〉の調査に反対してたのじゃ。じゃからお主の母親については全く調べられておらぬ。」
「真実は母さんだけが知ってる……」
「つまりもう知る術は無いということじゃ。」
心無しかヴィラル先生の表情は曇っていた。〈魔道研〉としては真実を究明したかったのだろう。その気持ちは分からないでもない。だが、母さんには母さんの理由があったのだろう。僕はそれを尊重したい。
「さて、そろそろ不自然過ぎるかの。【蒼世界】は解除するとしようか。お主は儂から離れておれ。変に勘繰られるのもお主に不利じゃからな。」
「色々とありがとうございます……」
「礼には及ばぬ。昔のお主の面影は残ってないようじゃ。異世界で自信を付けたのじゃろ? それを信じるのじゃ。その先にお主の未来はきっとある。」
僕はもう一度お辞儀をして、距離を開いた。それからヴィラル先生とは別の方向を見た。直に【蒼世界】が解除される。途端に修練室が騒がしくなった。
「ヴィラル先生、どうされたのですか?」
リルゲア先生がヴィラル先生の元へ駆け寄る。
「【焦土】がどれほどの威力か分からなんだ。だから少し長く発動したのじゃ。すまないの。それより生徒を集めてくれるかの。結果は出た。」
「分かりました。」
J-19とJ-20がそれぞれ集められる。僕が先程まで戦っていた男子生徒は退学処分となるらしい。しかし、ここでJ-20に負けた時点でJ-19は全員退学処分が決定した。どちらにせよ遅かれ早かれ退学処分となるから仕方ないのである。
「結果は出たようじゃ。昇格戦〈J-19〉対〈J-20〉、勝者は〈J-20〉! よって只今より両者のクラス番号は交換される。以上じゃ。新しい〈J-19〉は明日の戦いに備えるように。」
そう告げるとヴィラル先生と生徒会長は修練室を出ていった。J-19の生徒は全く喋らない。熱血教師も今では冷感教師だ。ああ、さむいさむい。彼らには気の毒だが、J-20をなめてかかって負けたのだ。最後の男子生徒を中心にもう少し纏まっていれば結果は違ったかもしれない。
僕たちは修練室を後にした。
次回更新 - 6月4日(木)00:00
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