2 - 22.『Challenger』
2-22.『異議を唱える者』
サグルが語り出す直前、外で何やら騒いでいるのが聞こえた。僕は何があったのかと外に見に行こうとしたが、サグルは「いつもの事だよ。」と言う。
「君達には何よりも先に今から言うことを、知っておいてもらいたいんだ。そうすれば、外の喧騒の理由も分かるだろう。くれぐれも肝に銘じておいて欲しい。」
僕とシーナはそれぞれ頷いた。
「これは僕がこの世界に来た時に言われた事だ。」
そう語り出したサグルは、人狼という存在についてだった。
知っての通り、僕やシーナ、サグルのような迷い人はこの世界ではかなり優遇されている。それは、この世界に初めて現れた迷い人の始祖、つまりは初代羊主の事だが、彼が〈墓場の世界〉で尽力したおかげだそうだ。
始祖は〈ギルド〉という枠組みを初めに整えた。そこでは、働き手のない人狼たちを傭兵として雇い、様々な仕事に派遣する組織であった。
当初こそ人狼以外の者が開いた組織として、依頼も少なかったが、小さな依頼を少しずつこなしていく事に大きくなっていった。
その矢先だった。〈墓場の世界〉で大きな争いが起こったのだ。壮絶な戦いに始祖はこれを食い止めようと尽力することになる。始祖が雇っていた傭兵は、勿論みなが人狼だ。始祖の思惑に乗っかり、傭兵たちは争いに身を投じた。
戦火はあまり広がらなかった。大きくなる前に収束することができたのだ。これは全て始祖率いる傭兵たちのおかげだった。彼らは英雄として讃えられ、その指揮を執った始祖は、人狼の王国の宰相の任を与えられた。
始祖は宰相としてその手腕を遺憾無く発揮することとなった。始祖の世界に比べて後退していた世界を、最低で100年は早めたと言われている。人狼たちが満月の夜に狼へ変化するのを抑える薬も発明した。人狼の王国は世界を統一した。
問題だったのは、その始祖の死後である。人狼は寿命が比較的長い。だが、始祖はただの人間である。寿命は人狼よりは断然短かったのだ。王国では、宰相の後継者を決めることとなった。
後継者を決めようとすること数日。〈墓場の世界〉に第二の迷い人が現れる事となる。女であった。彼女は始祖に引けを取らない才能があった。すぐさま人狼の事を理解し、宰相の座を引き継いだ。
それから数年。世界は彼女のものとなっていた。
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ここでサグルは一息ついた。外の喧騒はなお収まる気配は無い。僕たちはサグルが酒で喉を潤すのが、とても長い時間のように思えた。しばらくしてサグルは再び話を始める。
「ごめんね、続けよう。」
サグルはもう一度、第二の迷い人の登場について繰り返して、先を続けた。
彼女は狡猾だった。宰相として国事を進める時に、国民の信頼を徐々に勝ち取って行ったのだ。同時に彼女の手下に王の根も葉もない噂を流していった。
それは彼女が全てを統べるまでの3年間ずっと行われていた。段々と信頼を無くしていった王は、臣下に調べさせ、遂に彼女に行き着くことができた。
『何故、このような噂を流した。』
『それこそ根拠が無いではありませんか。どうして身寄りのない私を宰相に取り立てて下さった王様を蔑ろにするとお思いですか?』
それから幾つもの綺麗事を並べていく。曲がりなりにも王様は国を背負っている。それだけでは騙されなかった。
『では其方が噂を流していないという証拠を述べよ。』
『それは悪魔の証明です。無いことを証明するのは難しいのですよ。ですが、証拠を出せと仰るのなら……私は一度もこの王宮から出ておりません。それは証拠になり得るのではないですか?』
王様は唸った。確かに彼女が言っているのは事実だったのだ。彼女を疑えば、王宮に仕える人狼たちも疑うことになってしまう。ただでさえ、王の現在の評判は良くない。それだけは避けなければならなかった。
そこに口を挟んだ者がいた。それは王の命令で噂について調べた者だった。
『王様、発言することをお許し下さい。』
『許可する。』
『宰相殿は部下の者に噂を流させておりました。ですので、宰相殿が王宮から出ていなくとも関係ないのであります。』
『ほう……。其方の部下はどこに?』
『みな亡くなりました。良い部下でした。人狼の彼らがそんな事をするとは思えません。』
実は彼女がこうして問い詰められる数ヶ月前から、王国では大規模な疫病が発生していたのである。奇怪なことに、彼女の部下はその疫病でみな亡くなったのだ。
『全ての……者がか?』
『はい、全ての部下でございます。』
『そんな馬鹿な話があるか……。』
王は真実に気付いていた。しかし、真実に辿り着いた答えを言うことは出来ない。それは彼女に根拠を求めた王自身が、根拠の無い発言をすることになるからであった。王に打つ手は存在しなかった。
『……其方を疑って悪かった。もう良い。』
『私こそ疑われるような素振りを見せてしまい、申し訳ございませんでした。以後肝に銘じ、そのような行動は致しません。』
形だけの社交辞令であった。
それから数週間経った頃、王の悪評判と疫病によって遂に民衆による暴動が発生した。その時、彼女は何故か休暇を取り、遠くの街へ行っていた。
『ああ、全ては仕組まれていたのだ。放浪者に頼った我ら人狼が過ちであったのだ。』
それが王の最後の言葉であった。クーデターは成功した。王は処刑され、その後釜に彼女は示し合わせたように座ることとなる。
戴冠式に彼女が現れた時、それを見守る全ての人狼が驚く事となる。彼女は傷だらけだったのだ。そして、彼女はこのように演説をした。
『かつての王は暴虐であった。何度も圧政を行おうとし、それを私に命じてきた。民を愛している私は、それを断るたびに心も体も痛めつけられてしまった。だが、民のおかげで私はこうして立ち上がる事が出来た。これからは全ての人が平等な国を築こうではないか!』
それが最後の平等な日であった。彼女は迷い人が〈墓場の世界〉に現れ始めたことに気付き、すぐに人狼局を組織した。
人狼局は表立っては人狼の傭兵を派遣する、ギルドと同じものだった。しかし、1人、2人と増えていった迷い人が、やがて所属する傭兵の数を超えるようになると、傭兵は全て解雇されることになった。
そこから彼女の人狼差別は開始する。人狼局には全ての迷い人が登録され、派遣されるのは迷い人のみ。人狼は一切、登録が不可となった。
また、人狼の王国は人狼局に統合される。人狼局の上層部がそのまま国の上層部に就任した。王と名乗っていた彼女は、迷える子羊を従える〈羊主〉となった。そして、完全に迷い人による世界が誕生することとなった。
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それ以降、サグルは喋らなかった。どうやらこれで話は終わりのようだ。この世界で人狼が差別されているのは、偏に羊主の責任である、と。人狼は罪なき被害者であったのだ。
この〈墓場の世界〉を作り出したのは、紛れもない羊主であり、そこに迷い人は異議を唱えない。恐らく唱えたとしても、処刑されるのだろう。だが、それを怖がって何もしないのは、ただの臆病者だ。
「それは嫌です。」
僕はそうとだけ告げると、席を立った。サグルは僕の様子を伺う。どうやら僕の意図が読めなかったのだろう。それならそれでいい。
勘定を机に置くと、僕は店から出た。そこには喧嘩をしている迷い人と人狼。通行人に話を聞くと、悪いのはやはり迷い人であった。
通行人はそれを見て何とも思わないようだ。ああ、この世界は汚れている。〈墓場の世界〉の墓場は人々の心を指しているのかもしれない。
僕が迷い人を殴る前、そう考えた。
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