2 - 5.『Whisper』
2-5.『囁き』
リルゲア先生に秘策を封じられ、身動きが取れない。どうすればいい?
その時、僕に誰かが語り掛けた。
『こんにちは。』
『誰……?』
『貴方のお母さんの魔法です。』
魔法? 魔法が意志を持っているというのか?
『正確には貴方の遠い祖先です。その私が魔法と変化したのです。』
自己を魔法にする。禁術とされている技術だ。その域に達する人間がいるのか?
『貴方が動揺するのは分かる。でもこれは納得して頂かなくても結構です。大した意味は無いので。それよりも貴方は今、勝ちたいのでしょう?』
『それはそうだけど……。』
遠い祖先というのなら敬語を使った方がいいのだろうか。でももう遅いからいいよね。それよりも今考えるべきなのはリルゲア先生にどう対抗するのか。その強さの真実を見極めないといけない。
『今はまだその段階じゃない。……だよね。』
『分かっているのですね。では、どうしてそこまで強さに意固地になるのですか?』
『もしかしたらあなたは弱さというものを知らないのかもしれない。弱さとは文字通り弱いことであり、決して心は強い訳ではない。弱さは自分自身すらも傷付けるんだ。』
『……』
僕の答えに『意思』は返事を返さない。
『確かにあなたが言うのも一理あるでしょう。ですが、これだけは言わせて下さい。私とて最初から強かった訳ではありません。弱いながらに一生懸命努力し、力を手に入れました。貪欲なのは良いことです。欲は人を強くする。良い意味にも悪い意味にも。それを活かすのは貴方次第です。』
『分かってる。』
『であれば、いいでしょう。私が今から教える能力を話した所で、私は消えないのでご安心を。一挙一動教えて差し上げます。貴方に伝えるべきことは沢山あるので。』
『……ありがとう。』
『ありがとう、ですか? 珍しいですね。』
そうだろうか。僕は弱い。そして貪欲だ。力が欲しいといつも願っている。そんな僕に力を与えてくれるのだ。感謝こそすれ、他のやましい感情など無い。
『私にありがとう、と言ったのは貴方で二人目です。』
『僕の前にもいたの?』
『ええ、貴方のお母さんですよ。』
代々継承されてゆくこの魔法は、母さんから引き継いだ。ということは『意思』は母さんの中にも現れたということだ。その時、母さんは『意思』に感謝したのだ。僕と同じように。心が暖かくなる。やはり母さんは母さんだった。誰に対しても優しい。僕は少しだけ感傷的になり過ぎていたのかもしれない。
『そう……。じゃあ、頼む。』
『分かりました。貴方はこれから【多重詠唱】と同じように詠唱をします。名は【希望的観測】。』
勇者の望み。たとえそれが人々にとって希望的観測であったとしても、勇者はそれを叶える事が出来る。そんな勇者が与えられた絶対なる力を引き出す能力。だが、僕は唱えなかった。
「どうしたんだい? 降参かな?」
リルゲア先生からは負けないと踏んでいるのだろう。絶対の自信が垣間見得る。そんなリルゲア先生に僕が勇者の力を借りて、圧勝したとする。それで誰が納得するのだろうか。クラスメイトはすごいと褒めるかもしれない。でもそれだけだ。僕の力じゃない。そんなの僕は嫌だ。
『どうしたのですか?』
心配そうに『意思』が尋ねる。僕は笑った。
『ごめん。僕はまだそれを使わない。僕にはまだ早いって知っているから。』
『そうですか……。貴方はお母さんとは違いますね。私は貴方のような人も良いと思います。では私は黙っておく事にします。健闘を祈っています。』
『ありがとう。』
「【多重詠唱】!!」
「ほう……。」
リルゲア先生は興味深そうに僕を見る。敢えて僕が使うとは思わなかったのだろう。だが、意表を一つつくだけでは勝てない。今から何度も意表を付かないといけないのだ。
「【茨の森】。」
茨がリルゲア先生に襲い掛かる。避けようとするが、足は既に捕らえている。
「それだけじゃ、私には当たらないな。」
無詠唱で足に絡みついた茨を切り裂く。前方……つまり、僕の方へ跳んでくる。スナートはこれでやられたが、僕はそれぐらい予想している。第二の【茨の森】が構えている。
「これが二つ目か。」
近距離での魔法発動。
「【風塵乱舞】」
緑魔法風系統……『超位魔法』。
「やっぱりリルゲア先生は只者じゃなさそうです。超位魔法を生徒に使いますか、普通。」
「君にはそれぐらいじゃないと勝てなさそうだったからね。」
大人気ないことだ。僕は次なる魔法を発動させる。
「……まだ残っていますよ。」
僕は突然横に引っ張られる。強制的に戦線離脱。僕の腕には茨が絡まっていた。
「その使い方は面白いね。まさか避けられるとはね。」
三つ目の【茨の森】。これまで僕が使った中では三回が限度だった。これ以上は使えない。
超位魔法の【風塵乱舞】は、荒れ狂う風を体に纏う魔法。まだリルゲア先生の魔法は終わっていない。
「【雷撃】」
黄魔法雷系統の上位魔法。さらに僕は魔法を使う。
「【水鉄砲】」
「下位魔法?」
リルゲア先生に青魔法水系統の下位魔法が当たる。ただの水だ。だが、それはこの状況では最悪を招く。
「……そういうことか!」
雷撃を避けようと、地面を転がる。だが、僕の【雷撃】は一発ではない。三発の雷撃が転がる先に落ちる。それを寸前の所で避けた、リルゲア先生はボロボロであった。
「どうですか? 意表をついたでしょう?」
「ふふっ……全くだ。超位魔法まで使ったのに勝てないとはね。これはあの人に報告した方が良いかもしれない。」
あの人……?誰かと繋がっているのか。ますますリルゲア先生が怪しくなってきた。
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