83 進むべき道へ
「右、三体…!」
「分かりましたわ!〝水〟!」
「次…左、二体…!」
「任せろっ!」
バデュラスの洞窟攻略二日目。
俺達は全員の目覚めと同時に攻略を再開し、現在十八階層まで来ていた。
ここまで来ると、もう低ランクモンスターは殆ど居らず、出てくるのはDランクばかりになった。
ウォーモンキーのような厄介な能力が無いとしても、Dランクというのはどれもかなりの強さを誇る。
ガテツの話ではCランクが最高だと言っていたが、この調子だと恐らくそれ以上の敵が居る可能性が高い。
だが、他にも問題がある。メリアという存在だ。
忘れているかも知れないが、メリアはメドゥーサ…Sランクモンスターである。
ダンジョンというのは、そのダンジョンに住むモンスターの最高ランクが上がれば、他の階層にも大きく影響される。
本来はゆっくりと変化するのだが、差が激しいと急激に変化してしまう。
メリアと出会ったブルトン洞窟がその例だ。
つまり何が言いたいのかと言うと、バデュラスの洞窟攻略に時間をかければかける程、攻略難易度がどんどん上がってしまう可能性があるのだ。
だが、その心配を緩和できるような変化が俺達にはあった。
「前…十体…!?」
「私にお任せをっ…!」
「っ…やっぱり、何度見ても凄いですわ…」
「はい…はやすぎて目がおいつかないです…」
そう、ユアの存在だ。
ユアはあの後、自分の全てを曝け出す事を決めた。
過去を抑えるのではなく、前に進むためにその力を振るう決心をしたのだ。
勿論、ユアはそれで済ませる訳ではない。
このダンジョンを攻略した暁には、ガテツに全てを話すつもりのようだ。
俺達に話した、血塗られた人生を。
「…気配無し。暫くは、大丈夫。」
「ふぅ…ようやく一息つけますわ…」
「ウィル様、油断してはいけません。」
「ぅひゃいっ!?い、いきなり後ろに来ないでくださいまし…!」
「…ユア。」
「はい。」
「それが、本来のユアなんだな。」
「…はい。ですが、前よりも身が軽くなった気がします。」
確かに、ユアの動きはこれまでより俊敏になっている。これも、暗殺者として生きる為に必要な力だったのだろう。
だが、今は「暗殺」という重みを、ユアが背負う必要が無い。
自然と体が軽く感じるのもそのせいだろう。
*
ユアが覚醒した事で、攻略ペースは格段に早くなった。
戦力としては勿論だが、最も大きかったのは「気配遮断」のスキルだ。
気配遮断はその名の通り、気配を完全に断つ事ができる、ウォーモンキーの「認知低下」より遥かに強いスキルだ。
また、熟練度によって気配を消せる対象を増やすことができ、不意打ちや逃走、偵察、戦闘回避など様々な使い方ができる。
なぜ今までこのスキルを使わなかったのかと聞くと、
「暗殺者として気配を消すのは当たり前の事なので、使っていなかったというよりは使う必要がありませんでした。」
と、最もらしい答えが帰ってきた。
それを考えると、初めて出会った時、スキル無しにメリアの探知に引っ掛からなかったのはとんでもない事なんだなと改めて実感する。
そんな訳で急速に攻略していった結果、俺達は予想していた日数より早い、五日目にして最下層である四十階層まで来てしまった。
二人の戦闘経験値は必要なので、道中の敵は全部倒したが、それでもこの速度は異常だ。
ちなみに道中のモンスター事情だが、やはり俺の予想が正しかったようで、三十階層を超えた辺りからCランクモンスターがちらほらと沸いていた。
そして、一つ前の三十九階層は全てCランクモンスターだった。
つまり、この四十階層にはBランクモンスターがいる可能性がある。
…ハズなのだが…
「…何も居ませんわね」
「…反応、無し。」
「どういうことだ…?」
Cランクは愚か、下位のモンスターすら見当たらない。
メリアの五感でも反応が無く、トラップの類いによる出現の線も考え魔力眼を使ってみるも、やはり反応がなかった。
「皆様、こちらに。」
先行していたユアが、一つの通路の前で立ち止まった。
どうやら、何かを見つけたらしい。
俺達はその通路を覗いた。
「…灯りだ。灯りがついている…」
鉱石の微妙な光しか無かった通路の奥に、明らかに人工的な光が見えた。
俺達は焦らずにその場所へと歩いていく。
たどり着いたその場所は、他よりも開けた空間になっていた。
その場所自体は自然にできているのだろうが、壁に一定間隔でついている金属片らしき物はそうではなさそうだ。
灯籠のように取り付けられた金属片からは眩い光が放たれており、その場所全体を明るく照らしている。
まるで灯りのように…
「ケインさま!あれを!」
この場所の異様な感じに見いっていた俺を現実に戻すように、イブが服の裾を引っ張りながら俺に呼び掛ける。
ハッと我に帰った俺が、イブの指差す方向を見ると、そこに扉らしき物があった。
恐らく、あれがガテツの言っていたものだろう。
俺達がそこへ近づこうとした時、後ろからカシャカシャと何かが走ってくる音が聞こえた。
そして、あっという間に俺達を包囲した。
それは、あの自称・英雄が連れていた甲冑達だった。
そして、入り口の方から予想通り、奴の声が聞こえる。
「ここまでの案内、ご苦労だったな庶民。」
「…はぁ、やっぱりか…」
声の主に聞こえないくらいの小さな声で、俺が言葉を漏らす。
「さぁ、ここに英雄たる僕に相応しい武器があるのは分かっている!大人しく鍵を渡し、この場から引き下がってもらおう。そうすれば、命だけは助けてやる。」
自称・英雄が、高らかに宣言する。
さて、どうしたものか…




