エピローグ
テトラ村は、夜から日をまたいでこの日の昼までお祭り騒ぎのようになっていた。
勇者一行が魔王を倒した、ということで、もう村はモンスターに襲われなくなっていた。
それを祝して村人が食料を持ち出し、酒も振る舞い、大宴会を催していた。
けがが治っていない村人までが外に出て、村の中央に薪で作ったキャンプファイヤーを燃やし、弦楽器を奏で、大いに盛り上がっているのだった。
そんな村の自宅で――ノーラは軽く朝食を取っていた。
魔王城から日の出の丘までワープして、アルフォンスたちと村まで帰ってきたのは前日だ。
だが、そのあとあまりの疲労のためにすぐに家で寝てしまった。
村に帰ってからは魔王がいなくなったと聞いた村人が盛り上がっていたのは知っているが、ノーラ自身がまだ実感がなかったために、まだ夢のようでもある。
だが、自分が魔王を倒してしまった、と考えると頭を抱えたい気持ちはあった。
椅子に座ったまま、はああああ、と息をつく。
「どうしたの? ノーラ」
優しい笑みでクリスティーナがスープを出してくれた。
ジェフもこの日は家にいてノーラと食卓を共にしている。
「魔王がいなくなったっていうのに、さえない顔じゃない? ノーラ」
ノーラはクリスティーナに、ああ、えっと、と返す。
「まだ疲れが残っているのかい、ノーラ」
「そ、そういうわけじゃ」
「何ならまだ寝ていたらどうだい、まだ外の祭も終わりそうにないしね。勇者さんたちと行動を共にした、という大変な仕事をしたんだ、今日くらい怠けてもいいものさ」
「う、ううん。別に、わたし、たいしたことしてないし。ほんとに。ほんとに。だから平気」
ノーラは首を振った。
ノーラが魔王を倒した、というのはアルフォンスたちに頼み込んで内緒にしておいてもらっていた。
そもそもノーラだけの力じゃないし、何よりそんなことが知れ渡ったら武闘会の時の比ではないくらい悲惨なことになるだろう。
ただ、評判自体は上げておきたいので、一般人として勇者の冒険に多大な貢献をした、くらいのことは広めてもらうことにしていた。
そんなわけでノーラは、魔王を倒した勇者としては見られずに済んでいる。
まあ、それだけでもいいか、と思った。
外を見ると確かに、当事者もいないのにお祭り騒ぎだ。
アルフォンスたちは、村から出たと今朝聞いた。
傍若無人な人間たちだったが、それぞれ故郷はあるようで、皆自分の都合に従ってとりあえず解散した、らしい。
彼らがいなければ魔王も倒せなかったわけだし、とりあえず感謝の気持ちくらいは持っておこうかな、と思うノーラだった。
首のエンブレムがきらりと光を反射する。
「……お父さん。このエンブレムって、お父さんが持ってたんだよね、どこで買ったの?」
するとジェフは、ふむ、と言ってから優しげな顔をした。
「それは買ったものじゃないんだよ」
「え?」
「赤ん坊だったノーラが身につけていたものなんだ。僕たちがノーラを拾ったときに、既にノーラが持っていたのさ。ノーラが成長した暁には渡そうと思って、大切にしまっていたんだけどね」
「……」
「それがどうかしたのかい? もしかして、何かエンブレムについてわかったことが?」
ううん、とノーラは首を振った。
「何でもないよ。わたしは、村娘だしね」
ジェフはきょとんとした。
それからノーラは外に出ることにした。
するとすぐに、既に酒を引っかけているおじさんたちがノーラを見つけてくる。
それぞれ、楽しく飲んでいるようだった。
ポールおじさんもネルソンおじさんもグラントおじさんも……みんなである。
ノーラはしばし彼らと会話して楽しんだ。
横では彼らの奥さんであるおばさんたちも音楽に合わせ踊っていて、それを見ると、まあ、自分が受けた面倒にも多少意味があったかなあ、という気もした。
「あっ、嬢ちゃん、そういや、ユーリのやつのこと聞いたかい」
おじさんが不意に言って、それで突然思い出したようにユーリの姿が頭に浮かんだ。
そういえば、ユーリはどうしているだろう?
無性に気になって、見に行きたくなった。
「ユーリのこと、っていうのは?」
するとおじさんたちは何か気まずそうに顔を見合わせた。
「聞いてねえか……これは、うん、あれだな。本人、というか、村長に自分で聞きに行った方がいいと思うぜ」
ふうん、と言うノーラ。
だが……実は、それについてはノーラは見当がついている。
多分、以前のマリアへの告白のことだろう。
既にそのことはユーリ本人から聞いていたので、それについては別に気にもしなかった。
とにかく、顔だけ見に行こうと思って、そそくさとユーリの家の方に向かった。
何となくそわそわしているのは、何かを期待しているからである。
既にマリアに形の上だけでも断られている以上、今マリアと云々なっているとは考えにくい。
そこに、自分が行くのである。
うぬぼれというわけではないが……魔王を倒した、という事実こそ知られていないが、ノーラに村を救った娘、という印象くらいは持っているはずである。
それこそノーラを見る目は、多少、変わったのでは?
もし別にユーリが変わっていなくても、少々のことじゃ落ち込んだりしないくらいの耐性は、既にノーラは身につけている。
だから、何となく楽しい気分で彼の家に着いた。
だが家は閉まっていた。
窓から見ると灯りもついていない。
キャンプファイヤーの周りにもいなかったような、と思っていると、隣の家の玄関が開いて、村長が出てきた。
「おや、ノーラか。ユーリを探しておるのか? ユーリならいないぞ」
ノーラはきょとんとして村長を見た。
「はあ、いない。……いないって、どこかに行ったんですか?」
「村から出ていったぞい」
「は、……はあ!? 出ていった?」
「あのエリーゼとか言う、踊り子のおなごと一緒にな」
村長は別に動じた様子もなくそんなことを言った。
「え、エリーゼ? エリーゼってあの、勇者パーティの……え? え? 何で?」
混乱してよくわからなくなって、目を回しながら言うと、ふぉっふぉ、と愉快そうに村長は笑った。
「こちらが止める間もなくじゃからのう。要するに駆け落ちじゃな」
「駆け……お、ち……!?」
汗をたらたらと垂らしながら、ノーラはあがが、と顎を振るわせた。
「そ、そ、それ本当なんですか、っていうか、え、じゃあ、マリアさんは……?」
と、そこではっとして、ノーラはちょっとすみません! とダッシュで走り、マリアの酒場までひと息に駆けつけた。
酒場の入口を開けると……うっ! と鼻を押さえる。
強烈に酒臭い。
おそるおそる歩いて行くと――キィイイイイェーーーッ!
甲高い声と共に、階段から椅子が落ちてくる。
『こ、こらマリア!』という親父さんの声が聞こえたが、それをかき消すようにどんがらがっしゃんと何かが大破するような音が聞こえた。
これは……。
ノーラが微妙に戦慄して立ちつくすと、よろよろとした足取りでマリアが降りてきた。
服がよれて肩口まであらわになっている。
顔は酒で真っ赤に上気していて、片手に空の酒瓶を持っていた。
「ああん? 何よ……ああ、ノーラか」
濁った目でノーラを見る。
ノーラは距離を取りながらおそるおそるにたずねた。
「ま、マリアさん、あの、ユーリは……」
マリアは目をカッと開いて、酒瓶を床にたたきつけて粉々にした。
手近にあった別の酒をぐびぐびっ! と飲んだ。
「ああああ! 男なんてみんな死ね! いや女も死ね! 特に踊り子!」
どうやら……ユーリのことは既に知っているらしい。
「あ、あの。マリアさん、ゆ、ユーリには何も言わなかったんですか?」
「言う暇なんかないわよ! 知らない間にいなくなってたんだから! ふざけないでよおお」
近くの椅子をがっがっと蹴倒す。
「あああ! キープするようなこと言って曖昧に濁しておくんじゃなかったわよおおお!」
また酒をあおりはじめた。
こ、これはだめだ……とノーラは酒場から退散して、外に出ると自分も前後不覚気味に村長宅に戻った。
村長は、舞い戻ったノーラに不思議な顔をした。
「おや、どうしたんじゃね?」
「いやどうしたもこうしたも……。あの、エリーゼさんがユーリを連れて出ていったんですか?」
「どうもそうみたいじゃの。前から目をつけてたのか、誘惑しているようじゃったからな」
そういえば、と思い出す。
エリーゼの、村での様子や、しきりにユーリを気にしていた感じが脳裏を駆け巡った。
あ、あの女……とノーラはぷるぷると震えた。
たいして戦いもしないのにそんなことばっかり考えてたのか。
「そ、村長はいいんですか? お孫さんなのに、それが、その、得体も知れない女の人に」
「まあ若い男は皆村を出るからのう。遅かれ早かれ。それに一緒にいるのが魔王を倒した勇者の一人となれば、とりあえず心配はいらんじゃろ」
そんな考えでいいのか……とノーラは思ったが、村長がふふと笑う。
「それにのう……おぬし見たか。あの踊り子のボディを。あんなボディをしていれば、男なら皆虜になってしまうのもしょうがないというものじゃよ。何だかんだ言ってユーリもまんざらではなかったのじゃよ。わしは男の夢を追いかけるのを、許したのじゃ」
何かを思い浮かべてスケベな表情をする村長だった。
ノーラは村長の髭を思いきり引っぱった。
「いたたたただ!」
村長が叫ぶがノーラは無視して、く、く、く、と怒りをかみ殺すばかりだ。
男って……いやそれ以前に、冒険者って……!
よくよく考えると、今までノーラに面倒を押しつけてきた冒険者やら勇者やら全てのものが、ムカついてしょうがなかった。
村長はノーラの様子に、酒瓶を取りだして、グラスについだ。
「まあまあ、とりあえず一杯どうじゃ? 落ち着くぞい」
ノーラは杯じゃなくて酒瓶の方を一気飲みして叫んだ。
「落ち着いてられますか! ああもう! やっぱ魔王なんて倒すんじゃなかったあああ!」
叫んで赤ら顔でダッシュしていくノーラだった。
その日のキャンプファイヤーはノーラにめちゃめちゃにされた。
一般人より遙かに強いノーラを止められるものは、いなかった。
(終)
ありがとうございました。
反省して精進します。