第8話 マルスとの初仕事
◯孤児院 階段前廊下 (1902年 4月)
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食堂を後にして、
ふたりは廊下を歩く
屋根裏へと続く階段を
デアリスが登ろうとすると
上からシーツが山盛りになった
洗濯籠が降りてきた。
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これから、この孤児院で彼ら宝石と生活するのだ……
周りに宝石少年を受け入れてもらう為の設定を考える為、デアリスは部屋へ向かう。
子どもたちはどうにかなるかもしれないけれど、大人やシスター達はそうは行かない。
マルスが何者なのか、《設定》を決めなければ。デアリスは設定を詰めるために、マルスと一度部屋へ戻る事にした。
一階の食堂から部屋に戻るため、階段に向かう。ひと目につかないように、静かに。
(大人に見つかったら、きっと「誰だ」って聞かれるもんなぁ……)
幸い、階段までは誰にも見つからずにたどり着くことができた。
ふたりはほっと胸をなでおろす。階段を登れば、デアリスの部屋まで、すぐだ。
すると、シーツをこんもり乗せた大きな洗濯籠が、階段の上でゆらりゆらりと動いているのが見えた。
宝石についで、麻の洗濯籠にも、何か魔法でもかかったのだろうか?
(――違う、あれは、洗濯籠が動いてるわけじゃなくって)
それは、シスターの中で一番年が若いシスター・ベルが、自分の身体がすべて隠れるような大きな籠を持って、階段を下りてくる姿だった。
「シスター・ベル!」
予想していなかった遭遇に思わず声が出てしまい、慌てて自分の口を塞いだが、もう遅かった。
「デアリス!」
シスター・ベルは、うれしそうにデアリスの名を呼んだ。
(ヤバい!まだ、設定を詰められて居ないのに……!)
「丁度良かった。このシーツ運ぶのを……きゃっ!?」
デアリスの声に反応して、振り返ろうとしたシスター・ベルは階段を踏み外し、大量のシーツと洗濯籠といっしょに宙を舞った。
「シスター?!」
駄目だ、間に合わない。そう思った次の瞬間。大きな影がデアリスを追い越して走リ抜けた。視線をシスターに戻すと、シスター・ベルを横抱きに抱えるマルスの姿がそこにあった。
(よかった、無事で……)
シスター・ベルは目をぱちくりして、何がおきたかわからない様子だったが、マルスに抱きとめられていることに気づくと、叫んだ。
「……申し訳ありません!!」
シスター・ベルは、マルスの腕の中で子犬のようになりながら、ぎゅっと目をつぶり、胸を押さえ震えている。
心なしか、顔が赤い。
「怪我はないか……?」
マルスが優しく声をかけると、シスター・ベルは目をゆっくりと開いた。頬がさらに紅く染まる。
ふたりの目が合う。するとシスターは再びきゅっと目をつぶり、蚊の鳴くような声でつぶやいた
「もう大丈夫です、降ろしてくださいませ……」
「レディ、怖い思いをしたんだ、少し休むといい。」
「み、見知らぬ殿方に受け止めて頂くなんて……すみません。ありがとう、ございます」
マルスは階段の側にある椅子にシスターベルを座らせた。
その仕草はまるで、壊れそうなガラスを扱うかのように丁寧で、
マルスの戦士のような体格からは想像がつかないくらい、優しい動きだった。
マルスに対して屈強な男、という印象しかなかったデアリスは、彼が見せた繊細な気遣いに驚いた。
シスター・ベルも赤面し、デアリスが見たことの無いきらきらとした目をしている。
(これって――もしかして)
デアリスは、人が恋する瞬間ををはじめて目撃した事に、気がづいた。
「後は俺に任せなさい」
「……はい」
マルスは、そのまま散らばったシーツを籠にまとめはじめた。シスター・ベルはまだ放心状態だ。
いくら抱きとめられたとはいえ怪我でもしていたら心配だ。
デアリスはシスターに「大丈夫か?」と声を掛けたが、シスターはデアリスを一切見ないままに、デアリスに質問を始めた
「デアリス、あの方はどうしてここに……?」
(げ。)
想定していた流れでの質問――詰問――ではなく、
おそらく恋心が理由なのだが、質問内容事態はおそれていたものと同じだった。
まさか、【この人は宝石で、突然オレがマスターになったんです!】などと伝えるわけにはいかない。
デアリスは、マルスが子ども達に伝えていた設定を必死に思い出しながら、口を開いた。
「え、あ、ほら、あの、この間教会の手伝いした時に知り合って……えっと」
すぐに言葉に詰まった。その瞬間、シャツの胸ポケットが、わずかにピンク色に光った。
リーチアだ。直後に、頭の中に声が響く。
『主人、そろそろ働きたい、から、一緒に商売する、設定だった』
(――そうだった!)
リーチアの助け舟に感謝しつつ、言葉を紡ぐ。
「そろそろ仕事を決めたいって相談したら一緒に商売しようって声かけてくれたんだよ。俺もそろそろここを出た後の事も考えなきゃだしさ」
デアリスの答えに、そう とだけ返してから、シスターベルは視線をデアリスに向けた
「あの方のお名前は……?」
「え、マルス、だけど」
「そう、マルス様……とても勇ましいお名前ね。」
シスター・ベルはうっとりと、マルス様、ともういちど、つぶやいた。
当のマルスは、シーツを一枚ずつ、几帳面に畳みながら籠に戻している。
デアリスはこそこそとマルスの側に行き声を掛けた
「なんだよさっきの。レディって……」
マルスは首を傾げ、さも当たり前の事だろう?とでも言いたげに
「レディはレディだろう?」
そう言って、シーツを次々畳んでは、籠に放り投げてゆく。
マルスに無骨な印象を抱いていたデアリスには、紳士的なその思考や振る舞いが出来る事がやはり意外だった。
シスター・ベルがわたくしがやります、と声をかけたが、マルスは、良いから、休んでいてください、と言って彼女を座らせた。
「コレが大人のオトコ、ってやつなのか――」
男の自分でも、ちょっとかっこいいな、と思った。そのつぶやきを受けてか、シュピナが頭の中に話しかけてくる。
『マルスも隅に置けないねぇー……』
「だよな、意外だった……」
『意外、想定外行動』
リーチアも雑談に混ざってくる。
「おいおい、心外だな」
唐突に後ろから聞こえたマルスの声にデアリスは猫の様に飛び上がる。
「驚かすなよな!」
悪い悪いと笑いながら謝るマルスに、どこでそういう接し方を覚えたのかとデアリスは問いかけた。
マルスは少し黙った後に優しく笑いながら答えてくれた。
「昔の騎士爵に娘さんを任された事がある、その時にレディの扱いを叩き込まれた。戦場を離れたら常に紳士たれ、とな」
笑っているけれどさみしさの様なモノをマルスに感じた。
デアリスは掛ける言葉が思いつかなかった。
(マルスや他の宝石少年にも、いろんな過去があるんだよな……、)
いつか、そういう話も、聞けるような距離感になれるだろうか。
デアリスはそんなことを考えながら散らばった洗濯物を片すのを手伝いはじめた
「お、兄弟?手伝ってくれるのか?」
「おう、ひとりよりは早く終わるだろ」
そりゃ、ありがたいと笑う大きな背中に、家族が居たらこんな感じなんだろうか、と考えながら、床のシーツを拾う。
デアリスが手を動かしはじめると、再びシスター・ベルが「わたくしも」と言ってきた。
「いいって。シスター・ベルは休んでて」
「でも」
「いいんだって」
マルスと共に、黙々と片付けをする。
「兄弟、紳士だな」と、ニカッと笑って言うマルスに、デアリスはまあね、と笑顔で答えた。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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