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第3話 ビロードの宝石箱


◯ルビアの街 街の教会に併設された孤児院の一室  デアリスの部屋(1902年 4月)


   |部屋にひとり残されたデアリスは

   |手の中にある高級そうな箱を見つめている。


(さてと――)


 手の中に残された、あまりにも自分に不釣り合いな箱。


 孤児として育ち、およそ十七年。もうすぐ独り立ちの頃合いだ。

 デアリスはこの孤児院から出て、街で働き口を見つけるか、それとも孤児院の職員を務めるのか、選択をする齢だった。

 赤ん坊のころにこの孤児院に預けられた。親の事は何も知らない。

 ただ、それなりの寄付金と、それなりの衣服を身に着けた状態で預けられたというから、困窮の果てに預けられたわけではないのだろう。

 教会には、私生児や、不義の子も預けられる場合がある。


(この箱、もしかしたら――?)


 自分の生まれに関連するモノなのかもしれない、と妄想したがデアリスはすぐに首を横に振り自分で否定した。

 幼い頃は、自分は実は貴族の血をひいているんじゃないか、と、考えたこともあったが、そんなに世の中都合が良くない。

 それに万が一そうだったとしても、もう十七年もこの場所で生活しているのだ、今更だ。

 預けた側も十七年も経ってから、今更こんな上等なものを渡すとは考え難い。


(つまり――コレはオレには関係ない、はずなんだ)


 デアリスはあらためて、手の中の小箱を見た。

 ビロードに、金糸の刺繍。金色の金具が打ち付けてある。箱の蓋は金の細工でとめられている。

 孤児院で育つ子ども達は、ビロードや金糸等の贅沢品に縁がない。そーゆーコウキュウヒンは、礼拝の時にだけ見る代物だ。

 デアリスたち孤児の普段の暮らしは極めて質素だ。

 朝起きて、パンとスープを食べて、掃除に洗濯、水くみをする。そして勉強して、昼を食べて、また働いて、寝る。それがここでの暮らしだ。

 この孤児院は子どもたちに教育を施す「教育院」を備えている。孤児の中でも才能のある者たちや、生まれは悪くないが事情により身寄りがなくなってしまった子どもたちにも、教育が与えられる。

 そういう意味では、一般的な孤児院よりも多少暮らしは恵まれているのだが――まあ、贅沢からは程遠い。

 衣食住が足りている、という程度の豊かさだ。


(でも、この箱を――オレに(・・・)渡すように言われたって、オレアは言ってた――)


 自分と箱を結びつけるものがどうしても思いつかず、うーん、と唸っていると、


『―――焦れったいなぁ、さっさと開けてくれよぉー』


 突然、デアリスの頭の中で声が響いた。


「……?!」


(なんだ、今の声……怪奇現象か?!)


 その声の主を探そうとデアリスは辺りをキョロキョロと見渡した。

 しかし、近くには誰もいない。そして再び耳の奥で少年の声が響いた。


『おーい、こっちだよぉ!アンタの手の中の……』

「うわっ!」


 驚いて、箱を床に落とす。

 箱の蓋が開いて、何かが光を反射しながら床に転がり、散らばった。


「やべっ……」


《コウキュウヒン》の中に入っていた《光るモノ》なんて、《コウキュウヒン》に決まっている。

 デアリスは慌てて、落ちた何かを拾い集めようとする。床板のくぼみに、何か光るものが見える。とっさに手に取った。

 手のひらにのせて見てみると、それは、宝石の台座のような金属の細工だった。

 何かがはまりそうなくぼみがある。アクセサリーだろうか、それとも、最近世間を騒がせている電気仕掛けの道具の部品か何かだろうか。

 鈍く光る金属が細く絡み合いながら、文様のようなものを作っている。


(たしか、ソケット?っていうんだっけか――?)


 電気、の光をはめる部品をそう呼ぶのだと、工学を教えに来た技術者に教えてもらった。


(でも、もっと、大きかった。――これはどっちかというと、アレに似てるな、そう《石座》)


 礼拝にやって来る貴婦人達の指や首元で似たようなものを見たことがある。

 宝石をはめる台座を《石座》と呼ぶのだ、というのは、貴婦人たちから教わったことだ。

 ステンドグラスに透ける光が好きだった幼い頃のデアリスは、ある日祈りに訪れた貴婦人たちの胸元に輝く宝石の輝きにも魅了された。

 貴婦人たちの指、首、胸元などをじっと見つめてしまい、シスターに叱られたのは、苦い思い出だ。


(あの時は、優しい御婦人が、指輪だったら見てもいい、って言ってくれたんだっけな)


 その時だ、宝石を嵌める金属の台座のことを、石座と呼ぶのだと教えてもらった。

 拾った小さな金属の細工物は、その「石座」によく似ていた。


(石座だけ、なんて、珍しいな)


 めずらしーなー。と、のんびり考えていたが、次第に、イヤ~~~な結論にたどり着く。


(石座だけ、って、おかしくねぇ?)


 そう。普通、石座は石座だけで存在しているわけではない。

 本来ならばそこに《はまっている》はずのものがあるはずだ。


(――宝石を、落とした――?!)


「イヤそれはヤバいって!!!」


 思わず大きな声が出る。

 ビロードの箱ですら《コウキュウヒン》なのに、その中に《ホウセキ》があったとするなら、もっとおおごとだ。

 デアリスは焦りながら虫の如く地に這いつくばり、きしむ埃っぽい床に顔を目一杯近づけて、目を皿のようにして探す。

 すると、ベッドの手前にキラリと光る、黒い石があった。


「お、これ、か……?」


 手にとってみる、つやつやと磨かれた石だ。明らかに先程まで部屋にはなかったもの。

 大きさも、ちょうど石座に収まりそうに見える。


「嵌(ハマ)るか???」


 手にした石は、宝石と言うよりは金属を思わせる石だ。黒い鉄がそのまま、磨かれたような、メタルブラックの石。

 力加減がわからないので、石座の上に石を置いて、少し押してみる。ハマらない。デアリスは少し弱気になった。


「割れたり……しないよな…?」

『大丈夫だ、割れやしないさ』


 再び、頭の中で声が響いた。さっきとは違う。太く低い男の声だった。

 謎の声がふたり分……不気味だ、ものすごく不気味だ。デアリスのそんな気分を察したのか、《声》は続けた。


『俺は割れたりしない。安心してくれ』


 温かい声だった。太く低いけれど、頼りがいがある大人の声だ。


『もう、早くしてくれぇー』


 先程の少年の声が、再び響く。

 声に急かされるまま、とにかく、この台座に石を戻さなければ、とデアリスは焦る。


(頼む、どうにかなれ、どうにかなれ……どうにかなれ!)


 念じながら力を入れると、黒い石がカチッと台座に嵌った。その瞬間に台座と宝石が熱を放った。


「あつっ……!」


 デアリスは思わず手を離す。


 すると――。

 手を離れた石は宙に浮き、石座を中心にマグマの様なものが湧き上がる。


「うぇっ?!」


 突然部屋を明るく照らした赤とオレンジの光に、デアリスは思わず後ずさる。

 部屋が燃えるのではないか、と一瞬警戒したが、不思議なことにほんのりと温かさを感じる程度で、危険は無さそうだった。

 マグマは台座に絡みつきながらそして急速に形を変え、薄い鉄が折り重なったような、金属光沢のある黒い結晶になった。

 そして、結晶の中央にヒビが入る。


 ぱきり。ばきん。


「な、何だ……?!」


 音を立てて広がっていくヒビから、突然、屈強な腕が飛び出した。

 褐色の肌。腕だけでもわかる、盛り上がった均整の取れた筋肉。

 その腕が卵から雛が孵る様に結晶の殻を砕く。そして中から現れたのは黒髪褐色の肌を持つ逞しい体躯の男性だった。

 その男は革鎧を纏った戦士の様な姿をしている。昔の戦装束な様な服装を纏っている。


「ふむ。久しぶりの身体、だな」


 首をコキコキ鳴らしながら、太く低い声で、その男はつぶやいた。


 デアリスは、あまりの光景に腰が抜け床に尻もちを付いてしまった。

 謎の人物はため息をつき、デアリスを見下ろしている


「まさか、俺をまっさきにハメるとはな…」

「ハメ……?いや、ハメてないです」


 デアリスはあらぬ疑いを掛けられたと思い込み、必死に首を横に振る。

 目の前の男はたくましく、デアリスよりも頭ひとつほど背が高い。必然的に見上げる形になる。

 予想外の状況にこの体格差。正直怖い。だが、やってないものはやってないのだ。

 お調子者という自認がデアリスにはあった、しかし、人を騙したり、貶める様な事は神に誓ってしない。


 デアリスの必死な様子を見て、男はデアリスの視線まで屈んで、穏やかに声を掛けてきた。


「そういうことじゃない。俺を、鋳造心臓(コア・ソケット)に、嵌めただろ。」

「こあそけっと??」

「あー、まぁ細かいことはいいだろう」


 面倒くさそうに頭を掻いてから、褐色に黒髪の男はデアリスに手を差し出す。


「え……?」

「俺はマルスだ。よろしく頼む、兄弟(マスター)」

「ますたあ??なんだよそれ」


 首を傾げながら手を取ると、ぐっと手のひらをつかまれ、そのまま身体が持ち上げられた。


「おわあ!」


 片手で持ち上げられるとは思わず、情けない声が出る。


「ちょ、ま、待って……」

「あぁすまん、兄弟(マスター)。人の姿になるのは久しぶりで、力加減が難しいんだ!」


 大男は、はっはっは、と大きく口を開けて笑い、デアリスを下へと卸した。


「人の姿になる、って……」


 デアリスは彼の頭からつま先を見てから、はっとする。

 先程石座にはめたはずの石も、その鋳造心臓(コア・ソケット)と呼ばれた石座もどこにも見当たらない。

 それに、あのマグマから形成された黒い結晶からこの大男は現れた。つまり――


(え、信じられないけど、、まさか……)



「まさかだけど……あの石?!」

「ああ」

「あんたが?!」

「おう、そうだが」


(――石が、人間になった)


 目を凝らしてみると、彼の革鎧に埋め込まれた石は、先程の石に似ている。

 独特の肌の色、硬くしっかりした黒髪、黒光りする瞳は金属光沢の様な銀の光が反射している。


「マジか」


 デアリスは事態を受け入れた。確かに、さっきの石が変身した、と考えるのが一番納得が行く結論だった――。

 昼飯前でお腹もすいている、これ以上頭を使うのは得策ではない。

 何より、頭を使うことが苦手なデアリスとしては、本人が言うならそうなんだろう、と受け容れるほうが楽だ。


(実際目の前で起こったのだから、そういう事だ)


 屈強な男はデアリスが落ち着きを取り戻したのを見て満足そうにうなずくと、


「ま、色々思うとこはあるかもしれんが、兄弟(マスター)。まずは他の奴らを探すぞ」

「他の、奴?」


 大男――マルスによると、箱にはもう二つ石が入っていたと言う。


「赤っぽいのと、うす赤っぽいのだ」

「赤と、うす赤」

「俺より小ぶりだから、少し、手間取るかもしれないな」


 この石の人――マルスよりも小さいとなると、確かに探すのは面倒そうだ。

 部屋の床は凹凸のある木の板がしきつめられている。

 木目のへこんだところに転がり込んでいたら、昼飯前に見つけるのは難しいかもしれない。


「まァ、時間はかかるかもしれないが、ひとり、五月蝿いのがいるからな。早くしたほうがいい」


 マルスがつぶやくと、即座に元気な少年の声が頭の中に返ってきた。


『うるさいってどういうことさ!』


 さっき頭の中で響いた声と同じ声。デアリスは少し怯えながらマルスに質問した


「今、誰かがオレに文句を言った気がするんだけど……この声ってなんだ?」

「おお、やっぱり聴こえてるのか、さすが俺等の兄弟(マスター)だな」

「その、マスターって言うのも、わからないんだけど……」


 そりゃそうだろうな、と言う顔をして、マルスが口を開いた


「俺達の所有者をマスターと言っている」


 所有者、という言葉に引っかかる。デアリスが首を傾げ考えていると、マルスはしゃがみ込み床を指さした


「とにかく、今は探すとしよう、話はあとでも出来るだろう?」

「わかったよ……昼飯までに見つかるといいなぁ」


 デアリスとマルスは、狭い部屋の床を隈無く探す事になった。


『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』

原案:神田明子

作:西瓜すいか・差異等たかひ子

企画・制作:Hisshigumi Project


※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。



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最後まで読んでくださり、ありがとうございます!


『ディスポーザブル・キャスト』を面白いと思っていただけたら、ぜひ応援していただけると嬉しいです。


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ご感想も大歓迎です。

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毎日更新していきますので、これからも『ディスポーザブル・キャスト』をよろしくお願いいたします。

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