祭祀剣
Lunariaが身支度を終えた頃には、
陽は既に高く昇っていた。
それでも城内は、
どこか静かだった。
昨日まで絶えず行き交っていた足音も、
今日は遠い。
まるで城そのものが、
ゆっくりと外界を閉ざし始めているようだった。
政務室へ入ると、
既に官僚達が待機していた。
机上へ整然と並べられた書類。
各国使節の帰国日程。
戴冠後の謁見予定。
西方連合との会談調整に、
祭祀明けと戴冠後の政務確認。
Lunariaは、
椅子へ腰掛けながら、
小さく息を吐いた。
「……始めましょう。」
声は、
思っていたより普通に出た。
「本日中にご確認いただくものは、
こちらで最後となります。」
官僚の言葉に、
Lunariaは静かに頷く。
書類へ目を落とした。
文字を追うたび、
頭の奥が鈍く重い。
けれど。
不思議と、
昨日ほど苦しくはなかった。
終わりが見えているからかもしれない。
今日を越えれば、
明日には祭祀が始まる。
禊。
回廊。
継承。
そしてそのまま、戴冠。
少なくとも、
今のように次々と判断を迫られることはなくなる。
「……大丈夫。」
やり切れる。
小さく呟いた言葉は、
官僚には聞き取られなかった。
「西方連合側ですが、
戴冠翌々日の出立を予定しております。」
「変更は?」
「ございません。」
「ならそのままで。」
確認。
了承。
裁可。
淡々と言葉を返すたび。
少しずつ。
自分が、
人の世界から離れていく気がした。
その最中だった。
……ずるり。
不意に。
室内の空気が、
重く沈んだ気がした。
Lunariaは、
ゆっくりと顔を上げる。
誰もいない。
官僚達は書類をめくり、
静かに次の予定を確認している。
Lunariaにとっては日常の風景。
なのに。
まるで――
政務室の隅で
巨大な何かが横たわっているようだった。
見えない。
けれど、
いる。
暗闇そのものが、
呼吸しているような感覚。
「……姫様?」
官僚の声に、
はっと意識が戻る。
「……いいえ、続けて。」
自分でも、
少しだけ声が掠れていた。
〈それから、夜も来るだろう――〉
兄からの手紙に書いてあった言葉を、
なぜかLunariaは思い出していた。




