伝承◆プロローグⅠ
劍は王を選ぶ。
その地では、古くからそう語り継がれていた。
王が国を繋ぎ止める限り、劍は現れる。
それは王を守り、国を守り、境界を閉ざす。
だが誰も、その姿を知らない。
ただ幾度かの歴史の中で、王たちは記録を残した。
——それは剣であり、盾である。
世界の均衡を保つものだと。
二つを持つ王は選ばなければならない。
◇ ◇ ◇
晴れ渡った青い空に、白い鳥が舞っていた。
太陽に照らされた海洋。
帆船が帆を広げ出向していく。
宵の国、と呼ばれる国の港町。
煌めく水平線を眺める青年の頬を、
潮風が撫でていく。
明るい茶色の髪。
裾を短く揃えられた髪は洗いざらしのまま、
風に吹かれて柔らかく揺れていた。
海を映した、
夏の青空のような瞳は、どこか穏やかで。
白いシャツに胴衣といった、飾り気のない服装がよく似合っていた。
「なぁ、ちょっと選ぶの手伝ってくれよ。」
隣にいた短い灰銀髪の男が、
青年に声をかけた。
「え、僕がですか?」
「自分で選ぶと、いつも似たようなのになっちまうんだよ。」
男が立ち止まった露店の店先には、小さな硝子細工が並んでいた。
「妹さんへのお土産ですよね。」
「そう。」
地方へ出るたび、硝子細工をひとつ買って帰る。
それが、彼と妹との長年の習慣らしかった。
青年は広げられた品物を見回す。
「じゃあ、これなんかは?」
小鳥。
「持ってる。」
花。
「持ってる。」
星。
「あるな。」
「………。」
「だろ?」
男は苦笑した。
なるほど。
「それは悩みますね。」
青年も困ったように笑った。
「五歳の時からずっとだからなぁ。」
そう言う男の眉尻は下がっていた。
妹が可愛くて仕方ないらしい。
二人して、品物をじっくり見回す。
「他には……」
「たこ。」
「ないな。」
「……いか。」
「うまそう。」
「サメ。」
「怖ぇよ。」
「船。」
「俺は好きだけどなぁ。」
青年は思わず笑う。
あまり、女性の好みではなさそうだった。
「うち、海洋国家ですからね。」
港の方から、船が出航する鐘の合図が聞こえた。
「うーん……分かんねぇ。」
男は、ぼやきながら天を仰ぐ。
でも、その表情はどこか嬉しそうに見えた。
「あ。じゃあ、これなんかどうですか?」
言いながらひとつを手に取り、男にみせる。
「お。」
「お好きでしょう?」
青年が言うと、
自分を指刺しながら男が眉をひそめた。
「俺が?」
硝子細工と青年の顔を見比べる。
妹への土産物なのに。
そう思ってそうな顔だった。
だが、しばらく青年と硝子細工を眺めた後。
男はふと笑った。
「……悪くねぇ。これにするわ。」
店主に硬貨を手渡し、品物を受け取る。
「毎度あり。」
「おう、ありがとさん。」
まるで常連のように挨拶をし、
男はゆっくり歩き出した。
町外れに待たせていた馬車に向かう。
「お、にいちゃん!
今日は酒場はいかねぇのか?」
「行きてぇんだけど、用事があるから今日は帰るわ。」
「また来いよ。」
「おう。」
港町の人々は、男の姿を見つけるたび気さくに声をかける。
青年も同じように手を振られ、
軽く会釈を返した。
「そんじゃ、帰るわ。」
「ええ、お気をつけて。」
馬車に乗り込む直前。
灰銀髪の男は、
何かを思い出したように青年を振り返った。
「……なぁ。」
「はい。」
「――――お前、いつ来んの?」
男の顔は、ふざけてはいなかった。
「……まだ言ってるんですか。」
「まだ言う。」
ぱっと、いつもの表情に戻る。
見間違いだったかと思うほど、一瞬だった。
「僕は選べる立場にありませんから。」
「お前、いっつもそれな。」
男が、わざとらしく大きなため息をつく。
「普通はさぁ、さすがにその気になるかと思うんだけどなぁ。」
「…………。」
はい、とも。
いいえ、とも。
青年は答えられなかった。
男は小さく肩をすくめる。
「まぁ……選ぶのは、お前だしな。」
「……はい。」
「じゃ。何かあった時は、頼むわ。」
その瞬間だけ。
青年の表情から笑みが消えた。
「……そんな日が来ないことを願ってます。」
「――またな。」
男は馬車へ乗り込んだ。




