第6話 初めての討伐
目が覚めたら、森の中だった。
地面に倒れていた。頬に土の感触があった。
身体を起こした瞬間、足が滑った。
「うわっ!!」
縁ギリギリで止まった。心臓が止まるかと思った。
覗き込んだ。暗くて底が見えなかった。
横幅も、自分の身体が何人分も入りそうなくらいある。
「……これ、俺がやったのか」
「マジか」
しばらく穴を見ていた。
どうする、これ。
そもそも穴掘り師に「埋める」能力はない。
掘れるだけだ。落ちないように、恐る恐る土の上を歩いた。
木の棒を立てて、目印をつけておく。
それだけ思って、街に戻った。
翌朝、現場に行った。
「よー穴掘り」
「おはようございます」
重い石を運んだ。昼飯を食った。
銅貨をもらった。いつも通りの一日だった。
四日目の夜、小さな「満ち」が来た。
(ああ、何か落ちたか)
それだけ思った。
特に気にしなかった。
七日目。また来た。
九日目。また来た。
今度はかなり大きかった。
なんか色々落ちてるな。そのくらいにしか思わなかった。
十日ほど経ったある日の仕事終わり、なんとなく穴を見に行った。
獣道を歩いた。穴の近くまで来た。
風が止まっていた。森が、いつもより静かだった。
(今日は何も落ちていないのかな)
そう思いながら、覗き込んだ。
目が合った。
ぎろり、と。
足がもつれて、しりもちをついた。
思わずついた手に違和感を感じた。
見ると、手は真っ赤に染まっていた。
不思議と痛みは感じない。
それどころじゃなかった。
鼓動が耳元で響いた。
荒い呼吸を手で必死に抑えた。
しばらくはそのまま動くことはできなかった。
這うようにして、穴を縁からそっと覗き込む。
いる。
ここまで熱を感じる荒い鼻息。
確かな存在感。暗闇の中、
目の前にいるようにも感じたし、
遠くにも感じた。
穴からは出れないのか、
もう諦めているのか。じっとして動かない。
俺はそれを見ていた。それも俺を見ていた。
しばらく、お互い動かなかった。
逃げたい。立ち上がりたい。
でも、動けなかった。
逃げた瞬間に追われる気がした。
今ここで見張っていないと、出てきた時に終わる。
息を整えようとした。できなかった。
俺はゆっくり、
穴の縁から少し離れた場所に座り直した。
膝を抱えた。震えを止めるためだった。
止まらなかった。
長い夜が始まった。
……
月が空を移動していた。
何度か爪が土を引っ掻く音がした。
その度に身体が跳ねた。穴を覗いた。
動いている。また穴の縁に手をかけている。
届かない。
ずる、
と落ちる音。
それから、また静かになった。
何度も繰り返された。
俺はずっと、穴の方を見ていた。
寒かった。冬の夜気が肌を刺した。
指先の感覚がなくなっていた。
でも汗をかいていた。恐怖で。
ずっと、恐怖で汗をかいていた。
二つの目が、闇の中で光っていた。
何度も目が合った。その度に心臓が跳ねた。
時間が止まっているように感じた。
永遠に夜明けが来ないんじゃないかと思った。
爪の音が、少しずつ間隔を空けていった。
呼吸の音も、少しずつ弱くなっていった。
俺はそれに気づいていなかった。
ただ、見ていた。
……
東の空が、薄く色を変え始めた。
それでも、まだ二つの目は光っていた気がした。
風が吹いた。
その風で気づいた。
爪の音が、しばらく聞こえていない。
呼吸の音も、いつの間にか止まっている。
恐る恐る、立ち上がった。膝が痺れていた。
ゆっくり、穴に近づいた。
覗いた。
目が、開いていた。
でも動かなかった。
しばらく、じっと見ていた。
わかった。
死んでいる。
その瞬間、
身体に何かが流れ込んできた。
今まで感じたことのない、
大きな、深い、満ちる感覚だった。
胸の奥、骨の中、頭の芯まで届いた。
一秒、二秒、三秒。それでも流れ続けた。
身体が震えた。
今度は恐怖ではなく、別の何かで。
膝が崩れた。地面に座り込んだ。
「……はっ」
声が出た。
「はっ……はっはっはっ」
笑いが止まらなかった。
涙が出ていた。怖さで震えていた手が、
まだ震えていた。でも止まらなかった。
呼吸が落ち着いた頃、立ち上がった。
何かが、違った。
森の音が、よく聞こえた。
風が葉を揺らす音。遠くで枝が折れる音。
地面の下で小さな何かが動く音。
今まで聞こえていなかった音が、全部聞こえる。
それだけじゃなかった。
(あそこ)
何もない方向に視線が向いた。
木立の奥、二十メートルくらい先。
そこに、何かがいた。
寝ているのがわかった。
小型の魔物。鼠系。三匹。
なんで、わかるんだろう。
でもわかる。確かにわかる。
気配が手に取るように見えた。
「……嘘だろ」
身体を動かしてみた。
軽い。
腕を振った。
足を踏み出した。
地面を蹴って、跳んでみた。
今までと違う。全部、軽い。
穴の底の巨体を見た。
二百キロは下らない。
日雇いで運んでいた石は、よくて百キロだった。
それを一日中運んで身体が悲鳴を上げていた。
試しに、巨体の腕を掴んで引っ張ってみた。
ずる、と動いた。
「……マジか」
もう一度引いた。
重い。重いけど、動く。
掴んだ。引きずり上げた。
穴の底から、巨大な身体が引きずり出された。
息が切れた。それでも、できた。
血だらけの巨体を見下ろした。
長い夜が、終わった。
◇◇◇
買取商人の店に入った。
男は俺を見た。
素材を見た。顔が変わった。
「……どこで仕留めた」
「森で。穴に落ちていました」
「お前が?」
「……はい、多分」
男は素材を調べた。
奥に引っ込んだ。紙を持って戻ってきた。
「これを見ろ」
紙にはさっきの生き物の絵が描いてあった。
グレイモア。
その下に数字があった。
金貨五枚。
「賞金首だ。三ヶ月前から出ていた。今すぐここで払える」
「……え」
もう一度紙を見た。
金貨五枚。
頭の中で計算した。
王都への移動費。入場料。全部余る。
「全部、足りる」
声に出ていた。
商人が金貨を並べた。
俺はそれを受け取った。
手の中にあるものは思ったいたより軽かった
◇◇◇
その夜、荷物をまとめた。
現場の前を通った。
もう日が暮れていた。
誰もいなかった。
ダンの姿もなかった。
声には出さなかった。
街を出た。振り返らなかった。
ペンダントを首にかけた。
冬の空気が冷たかった。
王都まで、あとどのくらいだろう。
昨日までの不安はいつの間にか
消えていた
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ここまでお付き合いいただきありがとうございます!!
次からはようやく王都に行きます!
お待たせしてしまい申し訳ありません。
いつも、いいねや☆ありがとうございます!!
物凄く嬉しいです!
アドバイス、叱責、何でもお待ちしております!




