私の婚約者が恋に落ちた。ただ、それだけだった。
私はマリー・アンバー。どこにでもいる貴族の娘で、家が伯爵家という以外に取り柄はありません。
幼い頃から婚約しているダニエル・アダマンタイトも同じ伯爵位を持つ家の令息で、やはり、特筆するところはありません。
そんな、平凡な私たちに一大事件が起こりました。
ダニエル卿が恋に落ちたのです。
私たちの家は近隣ではなかったから、王立学校に通うまで数度しか会ったことがありませんでした。代わりに、季節や節目ごとに送る手紙は、置き場に困って気に入った物だけを選別するぐらい送りあってきました。
だから、王立学校で毎日、交流を深めて、卒業後に結婚できるようにしていく必要があったのです。
ダニエル卿も私と同じ意見だと思っていました。彼が恋に落ちるまでは。
恋に落ちたダニエル卿は、それまでの彼ではなくなってしまった。
それまでのダニエル卿は私と同じようにどこにでもいる貴族の子どもでした。
友人以外にはどんな相手にも丁寧に接していたというのに、彼女に対しては塩対応でした。
気を引きたいのか、と思いましたが、そうでもありません。
意識してしまうことをどうしようもできず、冷淡に振る舞うことで、どうにか、距離を保っているそうです。
恋をしたのなら、その素晴らしい機会を活かせばいいのに。
そう言うと、ダニエル卿は困ったような表情で「僕の婚約者は君だよ」と言いました。
婚約者とはいっても、何度か会ったことのある文通相手でしかありません。
交流はまだ深まっていなくて――私はダニエル卿の恋を他人事のように応援していました。
それを言ったら、ダニエル卿が倒れてしまったけど。
彼女はダニエル卿に冷たく、素っ気ない態度を取られても、何度もアタックしてきました。
すごいガッツです。
目の前で演じられている劇の中にいるようで、私は二人の様子に釘付けでした。
でも、ダニエル卿は靡きません。
「だって、僕は伯爵家の人間だからね。婚約者である君を蔑ろにすることはできない」
「でも、彼女のことが好きなんでしょ?」
「好きと言うか、目が離せないんだ。気付いたら見ている。君という婚約者がいるのに、僕もまだまだ未熟者だな」
彼女のアタックは続いたけど、ダニエル卿の塩対応も相変わらずで、卒業の時を迎えました。
そして、それが彼女との接点の最後となりました。
最後に彼女と二人きりになったダニエル卿は、ものの数分で戻ってきました。
その僅かな時間にタフな彼女の心を折ったようです。




