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澱界宮の探索者  作者: 赤上紫下
第 02 章
20/116

02:順調に奥へ

 探索者ギルドが持つ迷宮の各階層ごとの難度は割と横並びで、例えば初心者向けの迷宮だったファーバ草原宮の第四層は、下級ロビーにあるどの多層型迷宮の第一層よりも突破が難しい、といった感じになっている。単層型という階層が一つしか存在しない迷宮は例外。

 そして、このラミナリア臨海宮の難度はファーバ草原宮のものに近い。

 個体ごとの強さはほんの少し上ではあるものの、足場が悪いせいか、次の転移門(ゲート)までの距離が大きくなっているせいか、遭遇するモンスターは少なめで、特に苦労はしなかった。足場の悪さと合わせて移動に倍ぐらい苦労した印象はあるけどそれはそれとして、第二層は問題なく抜けて第三層に到着した。


「この迷宮は第三層で雨かぁ。雨量はそこまでって感じだけど、風がちょっと強めかな」

「そうね。……後の話はした方が良いかしら?」

「……何かあるのはわかったけど、できれば聞くのは直前ぐらいがいいかな」


 まぁ、どこかで荒れた川だの海だのを越える必要があったりするんだろうけどね。

 危険に備えるには事前に知識を備えておいた方がいいとは思うけど、百聞は一見にしかずとも聞くし。

 それはそれとして雨対策。俺はちょっと前回の使用感から厚みを足して清音化を目指した雨合羽上下と長靴とウェーダーゲイター。リシーは足の付け根までの長さのウェーダーとウェーダーゲイターと、スリット入りのミニスカートにフード付きの短い外套(ケープ)

 そしてウルとルビーはどんなのを着るのかと思ったら、どちらもフード付きの外套を羽織った程度だった。リシーの雨具より布の量は多そうだけど、何となく、高価なのはリシーの雨具の方のような気もする。


 そんなこんなで雨が降り続けている第三層具を着たままリシーについて歩いていると、陸地を分断する濁流があった。川幅は五〇メートルぐらいで、崖から二〇メートルぐらい下を流れている。

 ファーバ草原宮の第四層と比べれば、川幅は大人しいし、木もそこまで密集してるわけじゃないから視界もそんなに悪くもない、けど、俺達が居る崖の両端を結ぶように、なんか一人用っぽい木とロープで作られた吊り橋が設置されている。作りは一応しっかりしてそうだけど、アレを使えと?


「あの吊り橋が一番安全に次の階層へ向かう手段なんだけど……凄く嫌そうね、アキ」

「いや、だって、ねぇ。……リシーは、吊り橋って怖くない?」


 この階層は割と強めの風が吹いているし、掛かっているのは木製の吊り橋である。

 普通に怖い。自動車以上の速さで走れるようになっても吊り橋は別種の怖さがある。


「怖さで言うなら、アキの舟も相当じゃない?」

「えっ? ……あー……自分以外の、ろくに実績があるわけでもない力で空を飛ぶのは、確かにそうかも」

「でしょ? というか自分で飛ぶのは怖くないの?」

「んー、最初は制御するだけで精一杯だったし、余裕ができる頃にはもう慣れてたから、特に怖くはないかな」

「ふぅん?」


 今思い返してみると、他に渡る手段もあったのによく俺の舟に乗ってくれたなリシー。


「……それで、吊り橋は使う方針?」

「ええ。他に足場があるわけでもないし、あの吊り橋だって四、五人なら問題なく渡れるぐらいにはしっかりしてるのよ?」

「あー……うん、そういうことなら……」


 まぁ、最悪落ちても自力で飛べるしな、俺。

 今ならLvも上がってるし『防護』の力で守られてもいるから、川に落ちても落ち着いていれば何の問題もない、はず。

 そう、よくよく見てみれば足場になってる木の板だって朽ちてる様子は全くないし、ロープにはほつれすら見えない。

 大丈夫、大丈夫――


「……」


 ……まぁ、うん。風はちょっと強いしちょっとは揺れるけど、変に軋んだりもしてないし、木の床を歩いてるようなもん、かな。横向きに板が通してあるだけじゃなくて、進行方向にも長い板が真っすぐ渡してあるから、板が何枚か逝ったところで踏み抜く心配もない。それにたかが五〇メートル程度。


「……ふぅ」

「……モンスターと初めて戦った時より緊張してなかった?」

「こういう橋を渡ったことなんて今までなかったし……何かと戦うよりこういう物の方が命の危機として現実的だったから、かなぁ……」


 なんか『吊り橋といえば怖いもの』っていう漠然とした感覚は更新する機会がなかった感じ。車が通れない規模の吊り橋は渡った記憶がないし、そもそも金属製ですらない木製とかね。


「……それでよく戦えたわね、アキ」

「戦闘の方はなんか、日常から遠すぎたから、って感じだと思うよ、多分。一応振る練習ぐらいはしたばかりだったし」

「うーん……そんなものかしらね」


 他に挙げるなら、高校ごろに学校の備品のテニスラケットでちょっと漫画やアニメの真似をして振ってみたぐらいかな? 何も持たずに家でちょこちょこやってみたりもしたけど、本当にその程度しか関連しそうな記憶はない。


 吊り橋を渡り終えてからしばらく進むと、海に沈んだ人工的な建築物の塊のようなものが見えてきた。

 ただ、進行方向からは外れた所で、一番近いところまでの距離は一〇〇メートルほど。今歩いている場所から直接向かうには崖を下りる必要もあるので、少し戸惑う位置だ。


「おぉー……?」


 よく見てみると、二一世紀ごろの街並み、のようにも見える。

 地面はかなり乱雑に傾いているので、ただ単に海面が上がって沈んだりしたわけではない模様。海面より上に出ているのは鉄筋コンクリート製のビルっぽい廃墟と、アスファルトで固められた路面ぐらい。

 崩壊してから何年経ったのかはわからないけど、コンクリートには今の角度に傾いた後で赤い汁を垂らしたような汚れが付いている。


「知ってる遺跡なの?」

「いや、遺跡って。……いや、遺跡か……。まぁ、この街が壊れる前の姿を想像してみると、俺が住んでた世界の街とちょっと似てるかも、ってぐらいかな。どれだけ似てても世界は違うはずだから、どう思うべきかは悩むけどね」


 放棄された廃墟だと考えれば多少ロマンはあるけど、ガチで滅ぼされた結果でもありそうだから判断が難しいところ。結局のところ目の前にあるのは複製(コピー)だからそんなことを考えてても、って思いもあるけども。


「あっ」

「えっ? モンスターでも居た?」

「いや、そういうわけじゃないけど……よく考えたらあの瓦礫、鋼になってる鉄が結構大量に含まれてるんだよなって。錆びてる部分は多そうだけど、そんなのは還元すればいいだけだし……あー、でも炉をどうにか用意しないとダメかなぁ」


 コンクリートの融点は鉄より低かった気がするから、使うのは砂かな?

 たしか、二酸化ケイ素だかが含まれてて融点が高かったはず。だから押し固めれば溶けた鉄を流し込む鋳型として使えたりした、ような?

 いっそ原子レベルで操作ができれば、とは思うものの、今のところできるのは植物の繊維を絡みつかせて充填剤や接着剤のような働きをする他の分子をペタペタ張り付ける程度。酸化鉄から酸素原子を狙って弾き飛ばすような加工は残念ながら、今はまだできない。

 まぁ、化学的な加工方法を覚えてないのが本当に痛いところだけど、ランス博士がかなり細かく原子を認識してたみたいだし、できる可能性もある、はず。


「……取ってきたら?」

「ありがとう悪いね皆、すぐ済ませるから」


 地味に距離があるから流石にちょっと気が引けてたんだよね。

 崖の上から斜めに飛び出し、リストバンドで『防護』の力をサーフボードのようなイメージに固めて水切りしつつ、一番大きな廃墟に着地。そこから【物品目録】で収納できるようにどんどん力を通していって――路面の標示が日本語だったみたいだけど知らない街っぽいので普通に収納。

 あとは落ちる前にケトル風の動力器を出して飛んで戻った。


「お待たせ」

「またしっかりと取ってきたわねぇ……良いものはあった?」

「ある程度金属は取れたけど、他は微妙かも。あとまぁ、使われてる言語は俺が住んでた国と同じものだったけど、街自体は全く知らない所だと思う、ってぐらいかな」

「そう……ウル?」

「?」


 リシーに声を掛けられてもウルは足を止めたままだった。視線を追ってみると、さっきまで遺跡があった場所?


「い、遺跡が、周囲の海ごと消えましたよ……?」

「……収納しただけだし、規模は第二層でやったのと大差ないよ?」

「いや、アキ……どっちも十分おかしい規模だし、複数の種類のものをまとめて収納ってのも珍しいのよ? 全部存在力(ExP)にしてたらLvも上がるんじゃない?」

「一個ぐらいは上がると思うけど、Lvだけで何でもこなせるようになると新しい発想が湧きにくそうな気がするから……まぁ、本格的に上げるなら下級ロビーの迷宮を一通り回ってからかな?」

「…………まぁ、それでも十分早い方ではあるのよね」


 リシーからは溜息を頂戴してしまった。自覚もあるので反応に困る。



 猪型やワニ型のモンスターが所々を闊歩していたりはするものの、こちらの人数よりは少なかったので一撃でさっくり倒しつつ進むことしばらく。

 転移門(ゲート)にようやく到着して第四層へと移動すると、天候は更に悪化していた。窓を補強しなくても問題はないけど、外はちょっと歩きたくない……ってぐらいの雨と風で、大雑把に例えるなら、弱めの台風ぐらいかな。第三層からずっと雨続きなのでそろそろちょっと温まりたい。そこまで体温は下がってないと思うけど、気分的にね。

 地形はこれまでと大差なく、崖の下に海がある森といった感じ――かと思ったら森というか島が途切れていた。大きく回り道をする必要があるとかではなく、本当に海によって分断されている。

 次の転移門(ゲート)がある方向は分断されている向こう側だけど二〇〇メートルぐらいの距離はある。今回は吊り橋もない。


「……え、リシー、これ普通はどうやって渡るもんなの?」

「どうやってって、岩は見えてるでしょ? あそこを足場にしていけば、軽く跳ぶだけで渡れるわね」

「……なるほど」


 確かに、岩で構成されてる大きな足場は見える。

 ただ、島のすぐ近く以外は海面からほとんど出ないぐらいには低く、昆布のような幅の広い海藻が何本も引っかかっている。そもそもどの岩もずっと濡れたままだから滑りそうな気がすごくする。

 濁流の川と違って常に水が流れてるわけじゃないし、濁ってないから海面より下にある足場も見えるのが救い……かなぁ。


「……別に、飛んでも良いと思うわよ?」

「いや、せっかくだし、普通についていってみるよ。海に落ちたら飛んで戻る感じで」

「まぁ、それなら大丈夫そうね」

「うん、ありがとうリシー」


 最悪溺れても蘇生できるはずだし、適正Lvを越えてそうな今ならちょっと難しいアトラクション、のようなものだ。

 今の俺に不足してる能力を見つけられるかもしれないしね。

 ということで、崖の上から飛び降りたリシー達を追って、俺も海に沈んでいない足場にまずは着地。大雨で濡れてはいるので摩擦をしっかり確認しながら前に跳ぶ。

 コンクリートのような平面ではなくごつごつとした岩なので、靴底の引っかかり方や進みたい方向に傾いている箇所を意識しながら踏んでいれば、摩擦も案外しっかりある。横からの水量が多くて押されはしたけど、その辺はLvの高さでごり押し。

 海藻が岩との間に流れてきても踏み抜くつもりで蹴ってみたら案外何とかなった。

 そのまま次の足場に――なんかぐにゅっとした。


「ぬおっ!?」


 踏んだ直後にモンスターらしい敵意を感じたので跳んで距離を取る。

 そして改めて見てみると、どうやらタコ型のモンスターが岩に擬態していたらしい。大きさは、触手を除いた腹部分だけで一メートルほど。

 足を延ばしながら跳びかかってきたので『防護』の力で防ぎつつ少し距離を取り、少し加速させた剣を取り出して、目と目の間をズパンと斬る。

 擬態を解いて褐色っぽくなっていたタコが白く染まったので、たしかこれでもう締まったはず? まぁ、同じとは限らないけど動きは止まったので剣ごと収納、してみたらできた。

 三人を待たせるのもあれなので移動を再開し、崖を上って合流した。


「お疲れ様。あそこにモンスターが潜んでたのは気づかなかったわ」

「俺も踏むまで気づかなかったよ。というかあれは、気づかなくても仕方ないんじゃないかな……?」


 俺が踏むまで襲ってこなかったのは、擬態したまま休んででもいたのかな。

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