03:薄暗い洞窟で
どういう道を進むかはリシーに任せたままの探索……案内付きだから探索というよりちょっとハードなレジャー? まぁ、そんな感じで通り慣れてそうな道なき道を踏破しているうちに、斜面に開いていた洞窟に入った。
中はそれなりに広さもあり、澄んだ水が溜まっている箇所もある。
そんな洞窟をリシー達が持っていた光源――光る石を真ん中に置いたランタンのようなものを頼りに進み、雨や風の音がほとんど聞こえなくなってきた辺りでリシーが立ち止まって振り向いた。
「ここで一旦休憩しましょうか」
「そうですね。少し冷えましたし」
「そ、それだけが理由ってわけじゃないわよ? この迷宮では大体ここで休憩してるじゃない。ねえルビー?」
「それはその通りですが……」
ウルとルビーの視線がビキニアーマー姿のリシーに『やっぱり寒いんでしょう?』と言っているような気がする。まぁ、俺がそう思ってるからそう感じるだけかもしれないけど。
血色がそれほど悪いようにも見えないので、Lvが上がれば周囲の環境からの影響を受けにくくなるんだと思う。Lvを上げた剣が重力の影響を受けにくくなるぐらいだし。
……これ、上手くやれば溶鉱炉の素材の耐火性をLvで補える? いや、それを試す前に今はちょっと、温まりたい気分かな。ずっと雨の中を歩いていたわけだし。
「……火を使うことに問題はないよね?」
俺達が入ってきた入口に向かって微風程度に風が流れ続けてるし、外は雨と風が強いから、換気も匂いも問題ないはず、とは思うけど一応確認。
「そうですね。燃料はありますか?」
「途中で取った木があるよ」
「……生木は燃えにくいですよ?」
「水分は抜いてあるから大丈夫。場所はどこにしようか」
「え、あ、はい、ではあちらで」
ウルが指定した場所に【物品目録】で加工した木材を適当に組んで着火した。
水分は抜いてあるので気化熱がなく、温度を高く維持できる。そうなると完全燃焼して煙もほぼ出なくなる、って感じだったはず。ただ、燃えやすい分だけ火の勢いも強くなって必要な酸素量が増え、酸素供給が滞れば温度が高くても不完全燃焼になるというジレンマはあるけども。
火も点いたので、軽く跳んで雨具収納&靴履き替え。
あとは、燃え移らない程度の距離に三角柱っぽく形を整えた薪をごろごろと。あとは煙が流れてこない辺りに陣取って休憩の準備は完了と。
Lvが上がって夜目を利かせられるようになっているから、光源が貧弱でも周囲がある程度見えるのは良い点か。
「さて……後はどうしてようかな」
「あら、早いわねアキ、お疲れ様。それなら……よければ、ちょっと装備を乾かすのを手伝ってもらえないかしら?」
「……まぁ、リシーが良いならやるけど……」
舟を出し、半分ぐらいまで水を溜めて、リシーが濡れた装備を浸けるのを待つ。
物を間接的に収納する際、収納できるようにするために【物品目録】の力を流し込む対象をかなり大雑把に指定できる。収納できるようになっていない物を通して別の物を間接的に収納はできないみたいだし、リシーの装備を収納できる状態にするのは気が引けるので、こうやって収納できる状態の水から間接的に、触れている水分だけを収納できる状態に――
「うぅ、意外と冷たいわね」
「……いや、あの、リシー?」
「た、耐えられないわけじゃないのよ? ちょっとLvは足りてないかもしれないけど、問題ないぐらいだから」
「いや、そうじゃなくて……」
「形がわかるんだったかしら? それは良いって言ってるし、今のアキなら問題なくできるでしょ?」
「………………できると思うけど、念のため、頭は出しておいてね」
「ええ」
本人が良いって言ってるなら良いんだろうけどさー……。
かなり詳細なリシーの3Dモデルが脳内に浮かんでるような状態だし、泥とかちょっとした返り血とか、汗とか皮脂とかがどの程度水に溶け混じってるかの分布もわかるんだよね……。いやリシーは良いって言ってるけどさ。
あんまりじっくり観賞するのもどうかと思うので作業は滞らないように、粘膜付近は水気を対象にしすぎないように気をつけて、水と水に溶けた汚れを収納。
「ひゃぅっ?!」
「っ、リシー? 大丈夫?」
「え、ええ、ちょっと感触に驚いただけよ、問題ないわ」
「……まぁ、問題ないなら、いいか」
身をすくめながら悶えるような動きだったから流石に気になるんだけど……やたらオープンなリシーの様子から考えると、想像以上にくすぐったかったのかな。もう落ち着いてきてるみたいではあるし、この予想はそんなに外れてはいない……よね?
リシーは自分のタオルを取り出し、濡れたままの髪や顔を拭いている。
「……ふぅむ」
ドライヤーみたいに温風を出したりできたら便利かな?
というか、だいぶ今更だけど空気が収納できるかはまだ試してなかったっけ、ということで早速やってみることに。
空気を収納してみようとしたところ……液体や固体と違って力を通した空気がどんどん逃げていく。まぁ、手からはちょっと無茶だったかな?
じゃあ次は口だとやってみたら……口の中が凄く冷えた。おのれ熱伝導……。
空冷式で口を冷やすのもあれなので……タオル? いや、ガーゼマスクみたいな感じで、目の粗い薄布を何枚も重ねたようなフィルターを大きく作って……よし、収納できてる。一気圧の水を一万リットルぐらい適当に収納したところで収納は一旦中止。
これを【物品目録】内で加工。まぁ、とりあえず圧縮できるだけ圧縮してみる感じで。ただ、圧縮できてはいるものん、この空気がどうなっているかはよくわからないので、水を注いだ皿を出して少し実験。
直接は怖いので箸ぐらいの長さの棒を作って、その先端からこの皿の水に向かって少しずつ圧縮済みの空気を放出してみる。
結果は――
「出した時点で空気が光ってる? ……なるほどなるほど」
今まで試した範囲では、【物品目録】の中では時間が経過しないようだった。
そんな空間内で空気を圧縮して起こる結果として予想していたのは、二通り。
収納時と同じ温度の圧縮空気が断熱膨張によって皿の水を凍らせるか、断熱圧縮によって高温になった圧縮空気が膨張しながら皿の水を揺らすだけか。
空気が光っていたのはつまり相当な高温になっていたということで……断熱圧縮による熱量の増加は、空気分子がベチベチ当たりまくった結果ではなく、分子間力が強く働くようになったから? いや、普通に圧縮すると両方掛かって、【物品目録】で加工したら分子間力の方だけ、って可能性もあるか。
発光に関しては高温な物体からの熱放射で、雷が発する光も同じ原理だったはず。
まぁそもそも、この世界の物理法則は地球と同じものなのか、って時点から既に割と怪しいけどね。分子もまだしっかり認識できてるわけじゃないからなぁ。【物品目録】内部での加工もアビリティ任せのマクロ処理みたいなもんだし。
ともかく、【物品目録】内部で気体を圧縮すると温度も上がる。
それだけわかっていれば、あとは使うだけ。
「……あれこれつまり、炉が要らない……?」
高温に耐える器さえあれば鉄を溶かせる温度だって出せるよねコレ。というか空気の圧縮にエネルギーが要らなそうなのが酷い。本当に酷い。
器については……Lvを上げた器を用意すれば熱の影響を受けないようにすることもできる気がする。何ならLvを上げまくった鉄鍋で中に入れた普通の鉄だけを融かす、なんて真似も本当にできそう。存在力の無駄遣いな気しかしないから、普通に耐熱容器を用意した方がよさそうだけども。
とりあえず指の近くまで燃えてきた棒は水の中にポイ。
収納中のガスの分別は……窒素と酸素ぐらいならどうにか、ってところ。
「まぁ、大体わかったし、次は料理でも……の前に鍋を置けるようにしないとか」
石材は塊で大量にあるので、ごっつい五徳のような感じで適当に切り抜いて準備完了。
第二層で取っていた昆布(仮)を適当に切り抜き、一度取り出して鍋の中で水洗い。洗い終わったら一旦収納して水分を完全に抜き、鍋の中の水も新しいものに取り換えて乾燥させた昆布(仮)を投入。
あとはそれほど強くもない火でじわじわと。
「……本当に食べられるの? それ」
「まだわからないけど、多分ね。……火、使う?」
「私は大丈夫だけど、ウルー?」
「はい、火というよりは、薪を頂けるとありがたいですが」
「うん。薪はまだまだ作れるから好きなだけ持ってっていいよ」
「ありがとうございます」
それはそれとして、鍋の方。洗っている最中は多少それっぽい匂いも感じてたけど、鍋からはまだそれほど香るほどでもない。まぁ、煮出しの方が早いとはいえ時間は掛かるものだから気長に……気長に?
「あ、リシー、休憩って時間はどのぐらいの予定?」
「そうねぇ……あと、二時間ぐらいかしら?」
「二時間かぁ。出汁が取れたらまた何か試してみるかな」
「あら、休まなくていいの?」
「外でちょっと休んできた後だから……まぁ、お湯でも沸かしてみようかな、とは思ってるけど」
「……今も沸かしてるところじゃないの?」
「いや、風呂用にね。この鍋はむしろ急ぐとダメな方だからのんびりやってるけど、手早く温める方法もないもんかなと」
「ふぅん?」
湯気が立ってきたので味見皿におたまで掬って少し飲んでみる。
出汁を取るにしても早すぎるので、味が薄いのは承知の上。かなり薄めだけど昆布出汁っぽいのは取れてる感じだから、(仮)は外していいかな。
「……スープの方を使うの?」
「いや、両方だよ。リシーは味噌って大丈夫?」
「味噌……あー、あの、茶色の? 食べたことはないわね」
「あれと合わせるといい味になる、はずだから」
ついでにワカメっぽい海藻も取れていればよかったんだけど、まだ見つけてないんだよねぇ。海中をもっと見ておくべきだったかな?
まぁ、昆布は取れたし、ワカメからは出汁が出なかったと思うから、具として適量買うだけでいいか。
鍋の底からぽこぽこと泡が出てきた辺りで再度味見。さっきよりは濃い。出汁としては、ちょっと薄いかも? まぁ、こんなもんかな。
鍋の中をしばらくかき回し、泡が更に出てきたら、昆布は出して……作業用の台を用意してからまな板を置いてその上へ。
買ってあった豆腐を小さく切って鍋に入れ、昆布は細く切って……ちょっと多い気がしたので半分ぐらいは収納し、とりあえず一切れ味見。昆布味だったので残りは投入。
豆腐が崩れないようにやさしくかき混ぜ、温まってきたら……コンロじゃないのがちょっと難しいな。適当に五徳の下から火のついた薪を押し出し、味噌をおたまに――あれ、この味噌の色……?
「……あっ、そういえば出汁入り買ったんだっけ……まぁいいか」
「……アキ?」
「いやほら、パッケージのここ、かつおと昆布両方入ってたから昆布出汁が被ってるんだけど……ちょっと昆布風味が強めになる程度だろうし別にいいかなって」
「? あ、これは知ってる匂いかも……」
一通り混ざったところで一応味見……許容範囲かな。
あとは煮立たないうちに火から下ろして一応完成。
とりあえず自分用として大きめのお椀ぐらいの深皿に注いで――いつの間にか素手になっていたリシーが俺の手元を見ていた。
「口に合うかはわからないけど、よければ?」
「……じゃあ、せっかくだから」
少なめにしておいた方がいいかな、ということで深皿に少し注いでスプーンを突っ込み、リシーに渡す。
そして俺の方も……マナーがよくわからないので静かにすすってみれば、まぁ、普通の味噌汁だね。うん。ビバ、適当!
「……こういう味になるのね。へぇー……」
「これはかなりシンプルだし量も使い方も適当だから、店で出てくるものはもっと美味しいと思うよ。あぁ、あと、珍しい使い方で、お風呂に浮かべることもあるんだったかな」
「お風呂にって、果物じゃないんだから……え、本当に?」
「うろ覚えだけど、たしか……あったと思うよ?」
「えぇ……?」
「……まぁ、それをやるかは別として、お湯は沸かしてみようかな」
さっき使った空気を収納するためのフィルターを広げて、また大雑把に空気を収納。酸素は色々使えそうなので取り分けつつ、残りは圧縮して熱源の準備は大体完了。
これで、【物品目録】の中で熱だけ移せれば楽なんだけど……そこまで甘くはないか。残念。
ではこの熱源をどうするか。……あくまで密度が高いから熱いのであって、一気圧の環境下に置けば膨張して熱が下がる。高圧時に熱を取り出しておけば当然膨張時にはもっと下がる。だから、例えば湯船に溜めた水の中に圧縮空気を射出しても意味は薄い。
となると、強度に不安はあるけど、石材かなぁ。金属が使えれば楽なんだけど。
「……いや、オーブンみたいに扱うなら……」
そう。完全に密閉された、【物品目録】を使わないと何も出し入れできないオーブンを作ればいい。内部に作る空間の形は、球が理想かな?
熱を移すには【物品目録】から取り出しておかないとだめだから、加工した岩を置いても割れないように木材で置き場を作って、加工した岩も静かに設置。あとは、圧縮具合を少し加減した圧縮空気と水をこの岩製密閉オーブンに入れて、一部を収納して、収納した分だけ新たな圧縮空気と水に入れ替える。そしてまた一部を収納して入れ替え、入れ替え、入れ替え……。
一度連続処理を止めて、出しっぱなしだった舟に温まっているはずの水を出してみると――湯気の勢いだけで中々に熱そうなのがわかる。
「……お湯は沸かせたけど、加減が難しいなぁ」
まぁ、一度に全部を沸かしているわけじゃないし、温度が低いわけでもないから、水を加えて温度を調節すれば良いか。
それはそれとして、入浴できるぐらい溜まったら金属の加工方法も考えよう。この方法、厚みは持たせてるけど爆発しそうな気がして思ったより神経使う……。
大豆は畑の肉と呼ばれるぐらい栄養も豊富で、豆腐や味噌の主原料は大豆(麦味噌なども麹が違うだけで主原料は大豆)。枝豆もきな粉もおせち料理の黒豆も大豆。
大豆は根に共生する根粒菌が窒素を固定するので、根粒菌との相性が良い土地でなら、植えた大豆は窒素肥料と同じような影響を周囲に与える。
そして大豆の花言葉は『可能性は無限大』、『必ず来る幸せ』、『親睦』。
可能性は料理、あとは肥料……かと思いきや検索して出てくるのは別の由来。でも連想しますよね、料理の方。
まぁ、花言葉なんてマナーマニアの大好物みたいなものなので気にしないのが吉かとは思いますが、なんか面白かったので。




