01:夜の郊外
話をしながら公民館にたどり着いた俺達がそこで見たのは、下りたシャッターと本日の受付は終了しましたという張り紙だった。
まぁ、夕暮れ時に巨体のオークが暴れているところを見つけて、そのオークが根城にしている世界にお呼ばれして、要救助者が居ないかと結構広い範囲で調べて東京に戻って、治療は済んでたから警察署に預けて話を聞いて、徒歩で話しながら向かってたから、営業時間が終わってても仕方ない……営業ではないか。
そして、人が中に居るのはわかるけど、話を聞くために呼び出すのはどうなんだろう? ということで人について聞くのは保留。近くにモンスターが居ないかを探ってみることになり、血生臭くない小さな公園を通ったところで、アクリル板ゴーレムを広げて探知させてみた。
要救助者を探していた時の設定をそのまま使ってみたら、付近に住んでる人数が多い分ヒット数がちょっと多すぎたから、モンスターを探すなら魔力かということで条件変更。
「……魔力の方を優先しても、思ったより人っぽい反応が多い……?」
「ふむ、先程はあまり気にしていなかったが、魔術を扱える人材がそんなに居る……わけではないのだよね?」
「はい? ……ああ、呼び方被ってますよね。アビリティそのものを動作させるために使われてる、一般的な物理や存在力とも違う力の総称みたいな感じで勝手に魔力って呼んでましたけど、何か正式な呼び方ってあります?」
「む、いや、理解して使い分けているのなら良いのだが……よく気づけたね?」
「それはまぁ、大抵の力はアビリティの【操作】があれば操作できますし、一番はゴーレムが動いてたからですかね。あれは本当に何でも身体にできてそのまんま変形しながら動きますし、魔術……というか宝珠に宿してある力と違って無駄に光りもしないですし」
ゴーレムの素材には石、砂、水どころか生肉やアクリルでも問題はなく、磁力だの静電気だの引力だのを操って身体のように見せかけているにしては周囲への影響が小さすぎ、素材への影響も意識しなければ動作に必要な分だけしか起こらない。
例えば砂だけでゴーレムを作ってみれば、動かした後で核を抜いてもそのままサラサラの砂に戻るだけ、というのが水を加えるなどして物理的に作った砂人形と大きく違う所である。
……今更だけど、もしかしたら砂を結合させて不純物混じりのクリスタルみたいなものも作れる? 覚えてたら今度やってみようかな。
いや、試すかどうかはともかく、ひとまずそういう不可思議な現象を起こす力の名前は魔力で問題ないということ。
そして、定義はともかく、魔力を持ってる人がこれだけ居るってことはつまり、物理的にはありえないような超常現象に関わる人がそれだけ多い、ということになる。
「んんー…………まぁ、攻撃とかに使えそうなほど魔力を持ってる人は少ないみたいなんで、濃度の差をもう少し見えやすくしますかねー」
魔力が皆無な人に対する魔力を持ってる人の割合は……って長いな。魔力なしに対する魔力持ちの割合は一、二割くらい。ただ、魔力持ちの中でも薄い方の人はかなり多くて、最大限に活用できたとしてもちょっとコップを浮かせたらすぐに使い果たしそうな量しかない人が、魔力持ちの九割以上を占めてる感じ。
感知方向に全振りしてたらもう少し頑張れそうだけど、そううまく活用できる人も少ないだろうから……魔力を持たない人も含めた全体から見ると、一割にも満たない人がちょっとした超能力者や霊感に目覚めた、みたいな認識で終わりそうな程度だから、そこまで気にする必要もないかな。
無視するのは怖い量だから非表示にはしないけども。
そして、残った数パーセント未満については、俺の魔力を越えてるから要注意かなと。まぁ、俺が自分の体に宿してるのは最低限の、基本ツリーと探索者ツリーのアビリティぐらいで『闘気』や『魔力』みたいな力は全部外付けにしてあるから、濃度だけ見れば今ここに居る八人の中でも最低値だし、越えられるのも道理なんだけどね。
存在力から高効率で変換もできるし、俺は特に他の大きな力を扱うための制御力しか伸ばしてないから、扇風機や暖房器具とコントローラー単体の消費電力を並べるくらい無茶な比較だけども。
ともかく、高濃度の魔力を持つ存在が目立つように再表示してみたところで、改めてモンスターらしき何かが居ないかを探してみる。
「……」
同じ部屋ぐらいの狭い範囲に人型の反応が三つ集まってるのは、魔法少女の三人かな? オークが居た世界では衣服の形も見えていた反応が人型になってるのは、変身を解いた状態だと考えれば筋は通る……というか寝間着のような形の反応が薄っすらと見えた。判別できたからこの三つは問題なし。
人外っぽい形状の魔力の塊がどこかにないもんか――
「これは、子供、ではないですよね?」
「ん? ちょっと拡大……確かにそうみたいだね」
織宮さんが指摘した反応に注目してみると、一様に小柄で一定の魔力を持つ五つの反応が、がに股&猫背のような姿勢のまま歩いている。
完全に日が沈んで街灯も少ない暗い街中を、体格差がほとんどない子供が五人で歩いている……なんてことがそうそうあるはずもなく、詳細に見てみれば造形からしてまず間違いなくゴブリンだと思う。
「俺が普通に暮らしてた頃は見たこともなかったけど、東京にはこんなモンスターが……?」
「い、いやいや、オークもですけど、こんなには居ませんでしたよ?!」
「ま、存在強度が高まっている世界というのは、モンスターが現れやすくなっているものなのだよ」
織宮さんがちょっと語るに落ちてる感はあるけど、ランス博士の言う通りちゃんと一つの世界として成り立っていた頃と比べれば多かったりはするんだと思う。そういうわけで、「なるほどですねー」と返して、さてこのゴブリンは――
「パッと狩るべきか、声ぐらいかけてみるべきか、どうします?」
「うむ? 案外遠いが、一応見るだけ見ておくかね。と、そうそう、アキミチ君、イノリ君。ここは君らが暮らしていた世界であることだし、君らの判断でやってくれても構わないのだよ」
「え、そうなんですか?」
「うむ。迷宮都市に連れ帰るといった場合は私だけでなくギルドの判断も仰ぐ必要はあるが、この世界だけで完結する話であれば問題ないのだよ。有用そうな力を持つモンスターが居た場合でも、死体があれば解析は可能だしね」
「なるほど……まぁ、俺もボスモンスターの死体から力を抽出してみたことはありますし、そんなもんですか」
「うむ。……アキミチ君は、個人でやっているとは思えないほど異常な精度をしているが、そのようなものだね」
「えぇー……?」
解析も抽出も全部貰った基本ツリーと探索者ツリーのアビリティを介してるんだけど、それで異常な精度とか言われても……?
ま、まぁ、ゴブリンが街中を歩いてる状況だからそれは一旦置いておくとして。この世界だけで完結する話なら自己判断でやっても良い……?
「ええっと、特に実行する気もないかなり極端な例ですが、人を殺してしまったりとかはどうなります?」
「うむ? その場合は……一般人を虐殺してまわろうというのであれば流石に止めに入ると思うが、警察と共にギャングを殲滅した、あるいは逆に腐敗した政権を打倒して虐げられていた民衆を救った、といった話なら特に問題にならないのだよ」
「はぁ、なるほどですね」
状況によるんだろうけど、本当に問題にならなかった実例がありそうだねこれ。積極的に手を出す気はないけど、選択肢があるのは良い。
「あの、結構距離がありそうなので急がないと……」
「じゃあ、とりあえず飛べる乗り物でも作りますかね」
「う、む?」
アクリル塊を二〇〇キロほどと黒色の顔料を取り出し、探索中の戦闘でも度々使ってるゴーレムの核を押しつけながら操作して、まずは簡単な箱のような形に変形させてから、角ばったところは全部面取りをして丸みも付ける。
出入口はどうとでもなるけど、とりあえず左側を上に跳ね上げるようにして開けておく。内装は……座席は要らないかな? ということで補強も兼ねたパイプをちょこちょこ配置。後は、動力として『念動』のターゲットにしやすいように四隅にちょっとした塊を設置し、余ったアクリルは床の補強に回して終了。思考を加速させつつやったから正確なところはわからないけど、かかった時間は大体一〇秒くらいだと思う。
「こんな感じで、収納を使って飛ぶとログが凄いことになりそうなので、今回は『念動』を推進力にして飛ぶようにしようかと」
「そ、そうかね、うむ。『飛翔』や『加速』は使わないのかね?」
「あの辺のは注意しないと無駄に光ったりするので……風が強かったら『飛翔』を使って影響を弱めるくらいですかねー」
そんなことを言いつつ中に入って搭乗待ち。
何やら驚きつつも乗ってはくれるようだったので、全員が乗ったことを確認してから上げていた壁を下ろして、力を込めてある金の小さなプレートを二枚、『浮遊』と『念動』のものをゴーレムの核の近くにセット。正面の壁にまず前方の景色を映し、そこにゲームのミニマップのような形でゴブリンの位置を、ゴーレムの正面方向が地図の上になるように重ねて表示。『浮遊』の力は床全体に、『念動』の力は四隅に作ったちょっと頑丈な所に込めて垂直に離陸した。
電線の地中化――無電柱化だっけ? そういう工事が進んでた都心の方とは違って少し外れたこの辺りはまだ電線もあるから、当たらないように気を付けつつ上昇を続けて、ゴブリンが居た辺りまでぬるっと進む。
現代日本の乗り物とは違い、何らかの力を外に与えた反作用で飛んでるわけじゃないから、エレベーターからモーター音を除いたような静かさで飛べるのが良いところ。道交法や航空法には抵触しそうだけどまぁ、飛行機やヘリの類は一切飛んでないし、具体的に規定されてる飛行用の機器とかではないだろうし、覗きとか何やら悪用する気はないし?
「……ねえ、エマ。あんたんトコの子どうなってんの……?」
「私も気にはなっているが、精度と処理速度が異様に高いだけなのだよ。最初から何でもできたわけでもなく、確かに一つ一つ成長している。その成長速度も驚くほどだったが、技術的には地続きな……過程を見れば崖の一つや二つは飛び越えているが、確かに空間的に隔絶しているというほどでもない範囲にはあるのだよ」
「……凄いわねぇ……」
……運転中、いや、空を飛ぶ場合は操縦中? まぁ、そういう状態だから後ろは向かずにいるけど、そんな変なことしてるかな俺?
何かのネトゲでプレイ歴一か月未満のユーザーの割に妙にテクニカルな操作をしてるとか、慣れるのが早いみたいな感じだろうけど……探索者の場合ネトゲ初心者イコールPC初心者みたいなところがあるだけで、俺の場合はPC上級者のネトゲ初心者だったってだけみたいな話なだけなんだよなぁ。
……心の中でも自分で自分のことをPC上級者とか言うのは痛いな。いわゆる完全に理解した曲線って奴の、愚者の山から絶望の谷へ転がり落ちた覚えがあって……現在でも啓蒙の坂を登ってる途中、継続の台地とやらにはまだ届いてない実感があるからなぁ。
ゴブリンは話しかけてみても話にならなかったからサクッと処した。




