12:巨大な盆地
第五層から繋がる転移門がある場所は、薄暗い洞窟の中だった。
洞窟の出口は一つだけ、それも見える範囲にあり、第五層に居た頃から徐々に傾いてきていた日が空を赤く染めている。
「これ、日が沈んだら探索大変だったりしない?」
「そうでもないわよ。初心者向けの迷宮だから、夜も明るくしてあるもの。第四層の昼の方が暗いぐらいね。あ、でも採集エリアは夜は暗くなるんだったかしら」
「へぇー……。暗いところを攻略する手段は探しとかないとダメか」
初心者向けの迷宮だからっていう話なら、中級、上級者向けの迷宮はしっかり暗くなる可能性も割とありそうだし。
「Lvが上がれば見えるようになるわよ?」
「そうなんだ?」
「ええ。五感全ての感度と許容量が高まるし、ある程度調整もできるようになるの。視覚なら暗いところでも明るいところでも普通に見えるし、閃光で目が眩んでもすぐに回復する、って感じね」
「それは凄いね。嗅覚と味覚が厳しそうだけど調整できるなら……どういう仕組みかはわかんないけど」
「それはたしか……調整しなかったら強度が高まって刺激を感じ取れなくなるだけ、だったかしら。Lvが上がると無意識で調整できるようになるから、一時的に鋭く感じ取れるようになってるってわけね」
「あー、集中すると素早く動きながらでもゆっくり考えられるようになってるのと似たようなものかな」
「ええ。欠点は……熟睡してるLvが高い人は起こすのが大変、ってぐらいかしら」
「なるほど、鈍くなってると…………俺を起こすの苦労したりしなかった?」
「一〇前後ぐらいならちょっと鈍い程度よ。致命傷を負う瞬間まで起きないこともあり得るから、もっとLvが上がったら探索中に寝る時は気を付けましょってことね」
「……そだね、気を付けるよ。ありがと」
いろんなところに注意するべき要素はあるもんなんだなぁ。
話が一区切りついた感じなので空を見てみると、空は赤から暗い青に変わってきていた。丁度いいので少し外を覗いてみると……まぁ、絶景かな。
全体像を一言で言えば、大きな盆地を囲む急勾配の岩肌、というかほぼ崖。
第三層以降で見かけた川との関連は不明なものの、大小合わせて何本もの滝がある。下の盆地は霧に包まれた森があることしかわからない。霧の原因は滝がまき散らす水分かな? 距離はあっても森の木は見えているので、濃霧と言うほどのものではない。
俺が居る洞窟の出口は、この崖に道の最上部付近の壁にあり、上る道を少し進めば崖の上を見ることができそう。下る方は少し先でターンしている以外はほぼ不明。まぁ、この崖の下までなんやかんやで行ける道にはなっているとは思う。
そして、次の第七層はこの下の盆地の奥にある。高低差は今回も第五層と同程度か少し大きいぐらいなので、一キロ以上はありそう。
正直、どんなスケールしてんだよって言いたいところ。強いて言えば、第五層までより階層が少し狭い気がする、ぐらいかな?
「どうしようこれ……飛んでく?」
「ここのモンスターは飛べるわよ? 視線もかなり通りやすいから、二、三十体に襲われる覚悟は必要ね」
「んー……モンスターの強さがわからないと判断し難いところだね。勝てると思う?」
「一体一体は強くないけど……空を飛べるから評価が難しいのよね。アキが倒せるなら大丈夫、だと思うわよ?」
「ううん……」
いきなりその群れと戦うのは少し怖い。もう少し小さな群れと戦う方法は――
「リシー、ちょっとこの石、外に投げてみても良いかな?」
「……まぁ、良いんじゃないかしら?」
「それじゃ早速」
いわゆる、モンスターを釣る方針で、道から手を出し、下の壁のどこかに当たるように投げてみる。
重力に引かれて加速した石がカッコッと音を立てながら岩肌を転がり落ちて――蝙蝠のようなモンスターが何体も空に飛び出した。モンスターが俺に気づいたな、と感じたところで洞窟に引き返す。
由来がよくわからない感覚頼りの話になるけど、外で俺に気づいた個体だけが追いかけて来たらしい。数は三体、翼を広げると二メートル強ぐらいなので、地球でも探せば居なくはない程度のサイズ。
少しの音で反応し、探索者を見かけると他のモンスターに居場所を伝えたりすることもなく向かってくるあたり、実にゲームのやられ役らしい頭のよろしくなさだと思う。一応、いわゆるステルスゲーと比べれば距離があっても正確に認識されるものの、仲間を連れてこないあたりが温情というかなんというか。
直近の第五層で主に取っていたのは岩だったので、今回射出するのは両手で抱える程度のサイズに加工しておいた岩、というか石?
射出した石はモンスターごと洞窟内の壁に当たって割れたものもあるけど、釣ったモンスターは全個体を仕留めることに成功した。
「とりあえず、問題なさそうだよ」
「そ、そうね。そういえば聞きそびれてたけど……アキがすごい速度で飛ばしてるのって、やっぱり【物品目録】なの?」
「うん、そうだよ。凄いよね、アビリティって」
「そんなことまでできるアビリティだったのね……」
流石に音速は超えてないけど、出せる速度は徐々に上がってるような気がするし、狙いは正確でブレもなく、何より反動がない。
まぁ、空を飛ぶことに関してリシーの同意は得られたので、出した舟に一緒に乗り込み、まずは少し浮かせてみる。今の俺なら――
「……うん。喋る余裕も、回収する余裕もあるね」
「Lvも、上がってるでしょうからね」
「慣れたのもあるけど、そうだね」
「それにしても、第四層ではわかりにくかったけど、本当に静かに浮かぶわね……」
「流れを綺麗に整えてあるからね。さて、リシー、今回は第四層の時よりスピード出すつもりだけど大丈夫?」
「出さなかったら逆に危ないでしょ。追い付かれるでしょうし」
「そういうこと。落ちたら危ないから、しっかり座っておいてね」
「ええ」
安全バーやシートベルトでも用意しておいた方が安全なんだろうけど、俺の身体能力もこの世界に来る前とは桁が違う勢いなので、俺よりLvが高いリシーはまぁ大丈夫だろうという……うん。加減速には気を付けようと思う。
岩肌に近づきすぎると怖いので十数メートル程度は距離を置いて、風を切る音から抵抗はそこまで考えてなかったなと反省して減速し、視界が少し悪くなってきたら更に減速。……なんやかんや減速はしていたのでフリーフォールほどのスリルもなかっと思う。
しかし、これで第五層を合わせて下に二キロ強進んだことになるけど、元の世界だとどんな地形だったんだろこれ? ……まぁいいか。
「何体ぐらい追ってきてるかな?」
「えーっと、二〇は行ってないわね。でも油断しちゃダメよ? アキ」
「うん」
バサバサと岩肌の方から蝙蝠が迫ってくる。日は沈んだもののリシーの言う通り周囲は明るく、霧も少し遠くが見えにくい程度で、森の方からモンスターが来てそうな感覚は今のところない。
十分地面が近づいたところでリシーが飛び降り、俺も習って舟を消して戦闘準備。上向きに物を飛ばすと回収が大変そうなので、蝙蝠を引き寄せてからケトル風の試作品を手に飛び回りつつ、下に向かって縫い付けるように射出する。
リシーは、と視線を向けてみると、闘技も使ってはいないようで、普通に近くの蝙蝠を一撃で、二体まとめて一撃で仕留めた瞬間も見た。
そんなこんなで仕留めた総数は一八体。動き回っていたせいか俺の方によく来たので、俺が仕留めた数は一〇体だった。
「追加は、ないか。この階層はあっさり終わりそうだね」
「……ここも、普通ならもっと苦労する所なのよ?」
「……まぁ、ほら、舟を飛ばすのにも苦労はしてるから?」
「…………それもそうね」
リシーは物申したげな雰囲気だったけど、俺も制御に慣れるために頑張った結果たからね。
何にせよ岩肌が露出した崖は越えた、あるいは下りきったし、第七層への転移門への距離はまだ何キロもあるとはいえ、これまでのモンスターから考えれば簡単に倒せそうではある。
一応、油断はしないようにしておきたいとは思うけど。
あとは、木が生えた森ではあるので、木材を補充しておきたい。岩よりは木の方が色々加工はしやすいし、拾えた岩の金属の含有量は本当に微々たるものだったので。せめて鉄鉱石でもあればなぁ、とは思うけど、これは別の迷宮に期待するしかないか。
薄く霧がかかっている森を下草の草原に変えつつ次の転移門への道を半分ぐらい進んだところで、何かの図柄が彫られた石柱の成れの果て、のようなものが見えた。中々に太い。
装飾はなく、表面は灰色なので、資源としての価値は分解する程度だろうか。
絶賛複製中の複製物でしかないので歴史的価値があるとは言い難いところ。まぁせっかくなので収納。
「しかしまぁ、この森に入ってからモンスターと会わないね」
「それは、今が夜だからよ。入口近くの蝙蝠は活動的だったけど、この森のモンスターが活発になるのは昼ごろね。全く居ないわけじゃないけど」
「なるほど、そんな要素も関係はするのか……聞いてみれば納得しかないけど」
昼行性……何が居るかなぁ。草食動物ではありそうだけど。
木や石柱に棒を当てては収納しつつ進んでいると、前方の、多分木の上の方がガサガサと物音を立てているようだった。
「……モンスターかな?」
「そうみたいね。そろそろ共闘でもしてみる?」
「まだ連携とかできる気がしないからなぁ……急所に当たれば大体一撃だったし」
「そうなのよね……第四層の大きな蛇ぐらいよね、アキが倒し損ねたのって」
「うん。今ならあれでも一撃で行けると思うけどね」
「でしょうね。ま、多数を相手にする時は頼もしいから、悪いことではないわよ」
「ならよかった。さて、そろそろ見える…………おぉぉ……?」
前方に生えている木を収納して視界が開けた直後、木をもしゃもしゃと食っているヤギが見えた。体高は六メートルほど、二階建ての家ぐらいある。頭身からして大人っぽいけど、でけえ……。四本の足で普通に立ったまま木を食べている。
瞳孔が丸いのは、今が夜で薄暗いからか。ヤギのあの横に平べったい瞳孔はなんか怖いから助かった。いや、歯並びの悪い口と側面についた目だけでも割と怖いけどね。
で、草食動物なら視界は広いんだろうな……うん、気づかれた。普通のヤギの鳴き声とは違う、『メ゛エ゛エ゛エ゛エ゛』って感じの迫力のあるでかい声が降ってきた。
「狙ってるのはアキの方みたいね。手伝いましょうか?」
「ありがたいけど、まずは自分で試してみるよ」
「わかったわ」
俺の返事を聞いてリシーが後ろに跳び下がった。
今までのモンスターより明らかにデカいけど、これがボスってわけじゃない。この階層に現れる普通のモンスター、のはずだ。
角を前に構えている以外は第一層で見た猪と似たようなもの。このサイズはもうこの剣じゃ厳しいかな。致命傷は与えられそうだけど相当暴れられると思う。切れ味が鈍くてもいいからもっと大きな武器――石斧かなぁ。時間がないのでとりあえず鋭くカットするだけ。終わったら真面目に磨製石器ぐらいのを作ろう。割と切実だこれ。
「……よっし!」
速さ自体は大したこともない。跳び上がるような形にはなったが突き上げるような頭突きを回避し、今しがた作った岩の大型刃を首目掛けて射出する。
今までより大きなものを勢いよく飛ばしたせいか、もしかしたら多少の存在力をコストとして消費しているかもしれない程度の感覚があった。その通りだったとしても『もしかしたら』としか思えない程度の誤差だけど、これも覚えておこう。
皮を残すような調整には失敗したものの、頭自体がかなりの大きさだったので勢いのままドスンと突き立ち、後足が痙攣するような形で、棒が届かなかった関係で放置していた木が土ごと蹴り飛ばされた。
どちらもリシーが回避した方向とは別方向なので、リシーは、無事。
ただ、周囲からデカいヤギの鳴き声が聞こえ始めている。
「普通に倒せたようで安心したわ。さ、忙しくなるわよ?」
「個体数はそこまででもなさそうだし、一撃でも倒せたから頑張ってみるよ。ちょっと周りに迷惑そうな仕留め方だったのはごめんねリシー」
「短時間で倒せてるだけでも十分よ」
「そっか」
地面に打ち込まれた岩の大型刃を一応回収し、倒したヤギ型モンスターの死体も回収し、次の戦闘に備える。
次にモンスターが来たのはリシーの方で、サイズはやはり今回収した個体と大差ない。この森のモンスターはあんなサイズなんだろうと思う。
剣を光らせているので、闘技か。リシーが持つ剣は俺の剣より少し長い程度なので当然といえば当然。
「……ふっ!」
やはり一撃で、地上から闘気を伸ばして仕留めたようだ。骨はきっちり断ちつつ無駄に転がさない技術は流石――で、俺の方にも別個体、サイズはやっぱり同程度。
「何体来るんだろうね、これは」
急に忙しくなった探索の落差には驚いたものの、深呼吸で息を整えた。
整流:流れを整えること。DIYでもある程度実現できるフィルターを作れる。
層流:整った流れ。流体なら水でも空気でも該当する概念。
乱流:乱れた流れ。普通に勢いよく水を出すと大体こうなる。
層流噴水:乱れがなく、ガラス管のように透き通って見える噴水。
層流と比べて乱流は空中で水の球がいくつも作られたりと衝撃が発生しやすいため、大きな音が発生しやすいです。




