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20 フレイミルの星夜①

長らく更新お休みしてましたがのんびり再開します。

お休み中の励ましのコメントありがとうございました!

 夜の帳が下りた街は、そこかしこに飾られた無数の星型のランタンに照らされて幻想的な美しさを纏っている。どこからかフレイミルの祭りを楽しむ音楽が流れ、誰かが歌い、軽快な踊りの足音が響き、見渡す限りの人々が笑っている。祭りの火照りを冷ますように夜風が吹くと、被っていたフードが煽られ――そばにいたウィリアムがすかさずフードの端を摘んだ。


「肌寒い風になってきたな。君の言うとおり外套を羽織ってきてよかった」

「これは、人目につかないようにと思って言っただけで……」

「だとしても、君の判断が正しかったことには違いない」


 彼の人となりを、歩んできた道を知らなかった時ならば、その手を跳ね除けていただろう。けれど今は、フードを被せ直して、あまつさえ丁寧に髪も整えてくれるウィリアムを拒絶する気は微塵も起きない。


「祭りの街を見るのは初めてなのか?」

「え?」

「興味深そうに見回していただろう」

(バレてた……)


 フードの下からこっそり視線だけを動かしていたのに、目敏い男だ。けれど、まあ、こちらの様子をつぶさに気にしてくれていると思えば悪い気分でもない。


「孤児院にいた頃は屋台で買い物をする金がなかったですし、教会の仕事を手伝うのが習わしでしたから、街に出たことはありません」

「そうか」

「でも、手伝いが終わった後は、必ず林檎のケーキが用意されてました。孤児院の子供全員分の、大きなケーキです。いつも質素な食事ばかりなので、みんな目を輝かせて頬張ってました」

「君もか?」

「……ご想像に任せます」

「ふむ」


 ルイスは一旦口を閉じたが、ウィリアムの視線はもっと昔の話を聞きたいとせがんでいる。穏やかに強情なその視線に、ルイスは負けた。


「ケーキを食べて眠ると、次の朝には贈り物が届いてました。毎年違うものが、全員分……新品の服だったり靴だったり、本やペンだったり……いつだったかはふかふかの布団が届いていて、俺はそれが一番、嬉しかった。それまで薄い布団だったから、羽毛がたっぷり入ったそれに包まると夢見心地で……」


 多くの孤児の面倒をみている孤児院にはケーキはともかくとして、贈り物を揃える余裕などなかったはずだ。あれはきっと、貴族か富裕層からの寄付だったのだろうと推測できるが、真相を知ることがないまま、ルイスは孤児院を出てしまった。あそこに置いてきたあの布団は、今も別の子供を温かく包みこんでいるだろう。


「その話を聞けてよかった」


 ウィリアムが言った。ルイスと同じように目深に被ったフードの下で、浅葱色の瞳は優しく目尻を下げている。辺りには人がごった返し、見慣れた制服の騎士達も警邏しているが、夜の暗がりとフードが功を奏して二人を気にしている者は誰もいない。


「礼拝の前に屋台で何か食べていこう。仕事をこなしたからお腹が空いているだろう?」


 口が返事をする前に、腹が「ぐぅ」と返事をした。恥ずかしすぎる。素直すぎる食欲が憎い。しかしウィリアムはルイスの腹の音を指摘するでも、からかって笑うでもなく、いつもの真面目な面持ちで屋台を見繕ってくれる。

 反発するのをやめてみる。とめどなく与えられる彼の気持ちを正面から受け取ってみる。自分の気持ちをありのままに受け入れる。そうしてみると、彼の隣でとても息がしやすくなった。


「……あれ、食べてみたいです」

「たしかに、美味しそうだ」


 こんがり焼けた鶏の串焼きに、蒸して塩をまぶしたほくほくの芋、それに林檎のパイと林檎酒を買い込んで、祭りのために街路に並べられたテーブルの端の一角に向かい合って座る。


(そういえばこいつ生粋の貴族だけど屋台の食べ物に抵抗ないのか?)


 とルイスが心配しているうちに、ウィリアムは躊躇なく串焼きに齧り付いていた。案外と豪快な食べっぷりに驚いていると、ウィリアムと目が合った。


「どうした?君も食べるといい」

「……普通に食べるんですね」

「普通とは?」

「フォークとナイフがない、とか言い出すかと」

「初めて戦場に行った時はそう思ったな。肉に直接齧り付くのは衝撃的だった」


 ウィリアムの話に耳を傾けながら、ルイスも串焼きに噛み付いた。

 初めて戦場に行った時――路地裏で出会ってすぐの頃だろうか。今は経験豊富な騎士団長にも新人騎士の時代があったのだ。満足な食器がなく狼狽える若い彼を想像するとおかしくて、ルイスはこっそりと小さく笑った。


「ルイス」

「はい?」

「ついている」

(!?)


 ウィリアムの指がルイスの口元をぐいっと拭った。想像に気を取られてみっともない食べ方をして見損なわれたかも、とひやりとした考えがよぎったが、ウィリアムの微笑がそれを否定する。


「ゆっくり食べるといい。まだ時間はある」

「はい……」


 礼拝に行きたい教会がある。

 待ち合わせ時間の詳細を決めた時、ウィリアムにそう言われて、ルイスはその教会を何となく察した。そしてウィリアムはルイスの推測通り、ミルダ地区の教会だ、と言った。

 西のミルダ地区にある教会には孤児院が併設されていて、ルイスは十四歳までそこで暮らしていた。ウィリアムがあの騎士だとして、保護されたルイスがどこの孤児院に引き取られたのか、彼は当然把握していただろう。

 食事を終えた二人が訪れた頃には、教会の礼拝堂はすでに多くの人で溢れかえっていた。祈りを捧げて、神父に祝福を賜り、最後に林檎の果汁を含んだ聖水を受け取って飲み干して礼拝を終える――出入り口の近くで聖水の杯を配るのは孤児院の年嵩の子供の役割だ。今年は雀斑顔の少年とくるくるとした赤毛の少女がその役割を担っていて、忙しなく次から次へ杯を渡し、その脇では少し年下の少年少女達が手際よく杯に聖水を注いだり片付けたりと作業を手伝っている。年長の少年と少女はルイスがここで世話になっていた頃からいるのだろう、ぼんやりと見覚えがある顔だったが、名前までは思い出せなかった。


「どうぞ、フレイミル様のご加護がありますよう……に……」


 ルイスに杯を手渡した少女は彼の顔を見るなり目を丸めて、さっと頬を赤くしてから、隣の雀斑顔の少年の袖をぐいぐいと引っ張った。


「ユアンっ」

「なんだよロージー、忙しいのに」

「ル、ルイスさん!」

「は?え?あ、……ああっ!」

(ん?)

「あの、神父様呼んできます!少々お待ちください!」

「いや、忙しいだろうから別に……」


 ルイスが断る暇もなく、ロージーと呼ばれた少女は後ろの少女に仕事の代役を頼むと一目散に礼拝堂に向かって行ってしまった。立ち尽くすルイスとウィリアムに、ユアンと呼ばれた少年がやや興奮気味に言った。


「そっちの柱の方で待っててください。すぐに神父様が来ますから」

「いや、本当に……」

「大丈夫です!神父様、いつもルイスさんがどうしてるか気にしてましたから、会いたがってるはずです!」

「……そうか」


 ウィリアムに視線を投げかけると、彼は小さく頷いた。二人揃って言われた通り混雑から離れた柱の付近で待っていると、ほどなくしてロージーに手を引かれた神父がやってきた。白髪交じりの短い茶髪に丸眼鏡、柔和に刻まれた目元の皺まで、四年前と変わっていない懐かしい顔だ。


「ルイス、よく来てくれたね」

「いえ、こちらこそすみません、忙しい時に」

「ちょうど他の者と交代する時間だったのだ、気にすることはないよ。アースメル伯爵様もようこそおいでくださいました」

「ああ」


 ん?

 ルイスは神父とウィリアムを交互に見やった。

 二人は面識があるのか?


「ここで立ち話も落ち着きませんから、どうぞこちらへ」


 神父に通されたのは礼拝堂から少し離れた応接間だった。年代物のソファに腰掛けるとギシリと大きく軋む音がした。


「元気な姿が見れて安心したよルイス。裁判の件を新聞で知った時は驚いたが、もう体はなんともないのかね?」

「ご心配ありがとうございます。きちんと解毒魔法を受けたので体はなんともありません」

「そうか、よかった。さっきのロージー達もそうだが、ここの子ども達も君をひどく心配していたんだ。孤児から騎士になった君はこの孤児院の英雄だからね」

(英雄……柄じゃないな……)

「それに、裁判で相手の貴族に君への賠償金の支払いが確定しただろう。貴賤関係ない判決にみんな大喜びをしたよ」

「だが平民が貴族に危害を加えた場合の処罰に比べればあまりにも軽微なものだ。我々の力が及ばず、申し訳なかった」

「団長が謝ることではありません」

「そうですよ。貴方様はルイスを精いっぱい守ってくださったのでしょう。昔から今まで、ずっと変わらずに」


 神父の言葉に確信を得て、ルイスは訊ねた。


「神父様と団長は知り合いなのですね?」


 神父がウィリアムに視線を投げかけ、ウィリアムが頷いた。


「そうだよ。君がここに来てから、アースメル伯爵様はずっと寄付をしてくださっているんだ」

「寄付?」

「孤児院運営の資金援助はもちろん、このフレイミルの祭りでも、全員分の贈り物やケーキを用意してださっているんだよ。もちろん今年も」


 ルイスは信じられない思いでウィリアムを振り返った。


「毎年何を贈ればいいのか迷っていたが、君に喜んでもらえていてよかった。布団が一番だったのは意外だったが」

(そういう……ことだったのかよ)


 二人のやりとりを微笑ましく眺めていた神父が、さらに続けた。


「ルイス、アースメル伯爵様はね、君を気にかけて定期的に様子を見にもいらしていたんだ。声をかけてあげたらどうかと言っても、自分を見たら事件の嫌な記憶も思い出すだろうからそれはできないと、いつも遠目から君が元気かどうか確認するばかりだったが」

「え……」

「神父殿」

「おや、申し訳ありません。これは喋りすぎましたかな」


 どことなく気まずげなウィリアムに、神父が茶目っ気のある笑顔を返す。年配の彼にしてみれば、不器用に幼子を見守ってきた若者はさぞ尊くももどかしく見えていたに違いない。ようやく並んで座れるようになった二人を前に、彼の表情は終始温かい喜びに満ちていた。

 別れ際、神父はルイスの手を握って祈りを捧げてから、最後に言った。


「ここを出た時よりもずっと明るい顔を見れて安心したよ、ルイス。騎士の仕事は大変だろうが、くれぐれも体には気をつけて。アースメル伯爵様、これからもどうぞこの子をよろしくお願いいたします」

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