第31話 桜庭と木下の共同作戦
蒼碧祭も終わり、緑ヶ丘学園、青海学園双方が落ち着いてきたある日、緑ヶ丘学園高等部生徒会メンバーは、青海学園高等部生徒会長の桜庭みやびから、生徒会メンバー同士の『親睦会』を提案される。
蒼碧祭というイベントはあったものの、生徒会メンバー同士での交流はそれ以外ではほとんどなかったため、この親睦会は今後の双方の関係性を維持するために提案されたものであった。
…………しかし、それは建前であった。
桜庭は親睦会の行先を有名遊園地に決定。そこで全員一緒に行動するわけではなく、合計九人を三人ずつのグループに分けて行動するように提案。
くじ引きの結果、グループは次のような振り分けになった。
A班 飯田・宮田・桜庭
B班 鈴村・綾瀬・木下
C班 琴原・柳・遠坂
これは意図的ではなく、偶然であった。
だがしかし、桜庭と木下にとっては絶好のチャンスであった。
桜庭は緑ヶ丘学園生徒会長、飯田勝翔に好意を抱いている。しかし、先日の蒼碧祭にて橘を撃退する作戦を決行した際、桜庭は改めて飯田が緑ヶ丘学園副会長の宮田詩織を愛しているのだと痛感する。
それでも、桜庭の飯田への気持ちがなくなることはなかった。
片や青海学園生徒会書記の木下咲良は、緑ヶ丘学園生徒会長補佐となった鈴村徹に好意を抱いていた。
蒼碧祭を経て久しぶりの再会を果たし、自分の気持ちを伝えたが、それは失敗に終わる。
加えて、蒼碧祭終了後の後夜祭で行われたキャンプファイヤーにて、鈴村は緑ヶ丘学園生徒会書記の綾瀬凛と共に踊ることを選択。この結果を見て、木下は鈴村を諦めるかと思ったが、その逆であった。
つまりこれは、恋人がいる飯田、鈴村をまだ諦めていない桜庭、木下による『共同作戦』でもあったのである。
そんな中、結果的に綾瀬に敗れた緑ヶ丘学園生徒会会計の琴原みどりは鈴村とは別の班になってしまい、蚊帳の外となってしまった。
こうして、桜庭と木下の共同作戦である『親睦会』が開幕したのである。
~~桜庭班視点~~
「さて! それではこの三人の組み合わせになったわけですし、まずは何に乗りましょうか♪」
桜庭は手を合わせ、とびっきりの笑顔で飯田に聞いた。
(……なんでこの人こんなに笑顔なんだ?)
飯田は鈍感であった。
開始早々、桜庭は飯田の腕にぎゅっと抱き着いた。それは宮田も目撃しており、もはやこれは確信犯である。
宮田と、『人生の選択肢』の【助言】を知っている鈴村はこの『親睦会』の意図を理解していた。
だからこそ、宮田はこの状況を受け入れたくなかった。
(この人、普通に私の目の前で飯田君にしがみついたわよね……。飯田君にその気があるのは察してはいたけど、蒼碧祭でのあのことがありながらストレートにアタックしてくるなんて……。やはりこの人から目を離しちゃいけないわ)
宮田は桜庭を鋭く睨みつけた。
その視線に素早く感づいたのか、桜庭は宮田に声をかける。
「あら? どうされましたか? 宮田さん。顔色が悪そうに見えますわ」
「……ええ、そうですね。私、絶叫系のアトラクション苦手なんですよ。ここってコースタ系のアトラクション多いじゃないですか。少し想像しただけで気分が……」
「あらあら、それは大変失礼いたしましたわ。私の配慮が足りず申し訳ありません」
「いえ、いいんです。ここはもともとそういう場所なのは知ってましたし、今回の旅行が『親睦会』なのですから、私が行かない理由もありません」
宮田はそのまま、桜庭を睨みつけるように言った。
「私も、しっかり桜庭生徒会長と親睦を深めたいと思っていますので」
「……ふふっ、嬉しいですわ。でも無理なさらないでくださいね。休憩をご希望でしたら言ってくださればすぐ対応しますので」
「ありがとうございます」
宮田は笑顔で返した。
だが、その宮田の心は嘘であった。
(私が絶叫系苦手なわけないでしょう……! どれだけ飯田君にジェットコースター無理やり乗せられたと思ってるのよ! もう慣れたわよ! 今なら何回でも乗れるわよ!)
宮田は心の中で叫んでいた。
「でしたら、絶叫系のアトラクションは諦めましょう。私は大丈夫ですが……、飯田生徒会長はどうですか?」
「俺ですか? 俺は全然平気ですよ! ……ていうか詩織、お前俺とよくジェットコースター乗ってたよな……って痛い痛い痛い! なんでつねるの!? 痛いんだけど!?」
「……飯田君は少し黙ってて」
これは宮田の作戦であった。
このままいくと、桜庭は絶叫系が苦手だと言う宮田を置いて、飯田と共にジェットコースターなどの絶叫系アトラクションに乗りに行く。このチャンスを桜庭は逃すまいと、確実に体を密着させるだろうと宮田は考えていた。
宮田は、敢えて桜庭に絶叫系アトラクションが苦手だと印象付けることで、この作戦を遂行することに成功する。
「……だからですね、桜庭生徒会長。私は飯田君と一緒にジェットコースターに乗ろうと思います。それであれば、私も安心して乗れますので」
「なっ……!?」
桜庭は驚いた顔をした。
宮田が取った作戦。それは、『絶叫系アトラクションが苦手アピールをして合法的に飯田を占有する』というものであった。
(やられましたわ……! この宮田さんの行動は傍から見れば至極普通なこと……! 苦手なものでも恋人と一緒なら安心して乗ることができる……。且つ! 私と飯田生徒会長の時間を取らせなくさせることもできてしまう……!)
基本的にジェットコースターは二人乗りである。
宮田がこの作戦を成功させれば、自動的に飯田の隣は宮田になるため、桜庭が入る隙はなくなるのである。
宮田の咄嗟についた『嘘』が功を奏していた。
桜庭はここで宮田に詰め寄る。
「そうですわ! 『親睦会』を銘打ってるのですし、お互いの呼び方を変えませんか?」
「呼び方、ですか?」
飯田は桜庭に聞き返す。
「そうです! 私たちはもっと皆さんと交流を深めたく思っています。いつまでも『飯田生徒会長』とお呼びしていては、なんだか距離感を感じてしまって親睦が深まった気がしません」
桜庭は悲しそうな顔をした。
しかし、これは演技である。
桜庭は呼び方をここでフランクにすることによって、間接的に距離感を詰めようと考えていたのである。
飯田はその桜庭の提案に納得する。
「あー、まあ確かにそれもそうですね。桜庭生徒会長のことはなんとお呼びすれば良いですか?」
桜庭はニヤりと口角を上げながら言った。
「そうですねぇ……。『みやびちゃん』はいかがでしょうか♪」
『みやび……『ちゃん』!?』
飯田と宮田は思わず声を揃えた。
桜庭は宮田を見ながら言う。
「あら、失礼しましたわ。宮田さんという方がいながらその呼び方は、少々距離を詰めすぎましたわね」
「……わざとやってますよね」
「さあ? 何のことかしら?」
宮田と桜庭が睨みあっているのを見て、飯田は「まあまあ」と二人を宥めた。
「確かにその呼び方はちょっと抵抗ありますね……。ま、でも呼び方については少し俺も気になっていたところです。普通に『桜庭さん』はダメですかね? 同い年ですし」
「同い年であることを理由にするのであれば、『みやびさん』でもよろしいですよ」
「それはダメ!!!!」
宮田は思わず叫んでしまった。
「あっ、ご、ごめんなさい。……でもちょっと、恋人の私からすると、そういう呼び方はやめてほしいです」
宮田は少し照れながら桜庭に言う。
(……かわいらしい子ですわね)
桜庭は笑っていた。
「わかりました! では『桜庭さん』で結構です! 以後それでお願いしますね♪」
「は、はぁ」
飯田は少し戸惑いながら答える。
桜庭は続けて宮田のほうを向いた。
「宮田副会長にも飯田生徒会長同様、『桜庭さん』でお願いできますか?」
宮田は少し悩んだが、少しだけ考えて答えた。
「……ええ、大丈夫です。それでお願いします」
「ありがとうございます♪ では、次は私の番です」
そう言うと、桜庭は手を合わせ、上を見て少し考えながら言った。
「そうですねぇ……。飯田生徒会長のことは『飯田さん』とお呼びしましょうか。宮田副会長は……、女の子同士ですし、名前で呼んでもよろしいですか?」
「……まあ、それくらいなら」
「私も構いません」
飯田と宮田は答える。
「はい! これで決定です! これからもよろしくお願いしますね! 飯田さん! 詩織さん!」
『は、はぁ……、よろしくお願いします』
桜庭の妙なテンションにだんだん置いて行かれそうになる飯田と宮田であった。
こうして、飯田と宮田は桜庭のことを『桜庭さん』、桜庭は飯田のことを『飯田さん』、宮田のことを『詩織さん』と呼びなおすことになった。
(……うかうかしていると、このまま桜庭さんの思うがままに親睦会が進みそうだわ……。もっと注意して動かないと……)
桜庭の行動力に少し驚きながらも、宮田はさらに桜庭へ注意を向けることにした。
~~鈴村班視点~~
「さて! 鈴村君!」
「さあ! 徹!」
『どっちと一緒にあれに乗る?』
その頃、鈴村は桜庭班とは別の方向に向かって歩いていた。
その先にあったアトラクションは、二人一台で乗るタイプのミニコースターであった。
鈴村は到着早々、綾瀬と木下にどちらと一緒に乗るかを迫られていた。
「どっちって言われても……。俺ああいうの苦手で……」
かくいう鈴村は、ジェットコースターや絶叫系アトラクションが大の苦手であった。これは宮田のように隠しているわけではない。本心である。
綾瀬は鈴村をからかいながら言う。
「またまたー、苦手なんて嘘でしょー? ジェットコースター嫌いな人なんてあまりいないよ?」
「そのあまりいない人間が目の前にいるんだけど……」
鈴村は呆れ顔で言った。
綾瀬は「それに!」と言って続ける。
「苦手な物も、好きな人となら乗り越えられる! 好きな人が隣にいれば、安心して乗れるでしょ?」
「うーん、まあ確かにそれはそうなんだけど……」
鈴村は顎に手を当てて考えた。
綾瀬の言い分は確かに説得力があった。
ジェットコースターに対する『恐怖』というのは、自分がそれに乗ったらどうなるかがわからないという不安から発生するものである。だが、それは思い人と一緒に乗れば話が変わる。
隣にいるだけで安心できる相手と一緒に乗ることができれば、その不安は消え去り、何事もなくジェットコースターに乗ることができるのである。
……しかしそれは普通の人間ならの話であった。
「……ごめん、やっぱ無理。俺無理。二人で行ってきて」
「……えぇ……」
鈴村は大事なところでヘタレであった。
綾瀬と琴原、二人のうちいずれかを選択する機会が訪れ、最終的な答えを出す度胸はあったが、こういったことに関しては全く度胸がなかった。
「……ま、今回は桜庭生徒会長が用意してくれた『乗り物乗り放題パスポート』のおかげでどれでも何回も乗れるし、まずは二人で行きますか」
綾瀬はそう言って、木下の手を掴んだ。
「……そうですね! まずは二人で行きましょう!」
「……『まずは』って……、結局俺が乗らない未来は来ないのかよ……」
鈴村は鈴歩に助けを求めようとして何度か干渉を試みていたが、全く反応がなく諦めていた。
その数十分後、同じアトラクションをループし満足した顔で綾瀬と木下が戻ってきた。
「いやー楽しかった! 鈴村君、あれやっぱり乗るべきだよ!」
「……それ今の咲良見てもう一回乗れって言えるか?」
「……あ」
木下は何回もループした影響か、乗り物酔いした様子で立っていた。
木下は顔が青くなりながらも綾瀬に気を遣う。
「わ、私は大丈夫……。す、少し休めば、なんとかなるから……」
「き、木下さんごめんなさい! 私てっきり木下さんも同類なのかなと思って、気にせず付き合わせちゃった!」
「大丈夫、大丈夫なんで……、あんま体揺らさないでください……」
木下は少し限界そうな顔をしていた。
鈴村は慌ててその場から立ち上がる。
「お、俺飲み物買ってくるよ! 綾瀬と咲良はここで待っててくれ!」
「あ、ごめんね! 私は木下さんの様子見てるから!」
そう言って鈴村は自動販売機へダッシュした。
二人きりになったタイミングで、綾瀬は木下に言う。
「……こんなタイミングで言うのもなんか変ですけど、やっぱり誰かと一緒に遊びに来るのって楽しいですね」
「そ、そうですか……。楽しんでもらえたようで何よりです……。……私の努力が報われてよかった……!」
「わっ! ちょ、木下さん! しっかりして! 倒れちゃダメです! 寝ちゃダメですよ!」
綾瀬と木下は、まるで雪山で遭難した人のようなやり取りをしていた。
そんな中、木下は少し辛い顔をしながら綾瀬に問う。
「……綾瀬さんは、徹とはよくデートとかするんですか?」
「で、デート!?」
綾瀬は木下の質問に思わず驚いてしまった。
綾瀬は鈴村が琴原と同時に付き合った頃から、そして、鈴村が意を決して自分を選んでくれたあの日まで、鈴村と二人きりでデートをしたことがなかった。
旅行はしたが、それは琴原も同行しての旅行だったため、本当の恋人になってからのデートはまだ一度もしていない。
それは冷静に考えると、綾瀬にとって一番の失態であった。
「で、デートですか……。二人きりでは、してないですね」
「えっ!? そうなんですか!?」
「おわっ、びっくりした」
「あ、すみません」
綾瀬の言葉に、木下は思わず飛び上がった。
木下は少し俯いた状態で綾瀬に言う。
「……後夜祭のキャンプファイヤーの時、私見てましたよ。徹と、綾瀬さん、琴原先輩のあのやり取り」
「……あ、見てたんですね……。青海学園に戻ってなかったんですか?」
「はい。私は、あの後夜祭で徹と一緒に踊りたかったので」
「……そうだったんですか」
木下はそのまま続けた。
「私はこの前言いましたよね。『徹の事はまだ諦めてない』って。……蒼碧祭の前にまた思いを届かせることはできなかったんですけど、それでもまだ諦めません。……諦めたくないんです、この気持ちは」
「木下さん……」
木下は胸をぎゅっと掴みながら綾瀬に言った。
「この『親睦会』の目的、綾瀬さんは何だと思いますか?」
「え? それは、緑ヶ丘学園と青海学園の今後のことを考えて親睦を深めるのが目的、なんですよね?」
「はい、そうです。間違ってないです。……しかし、それは表向きの目的です」
「表向き?」
木下は綾瀬が聞き返すと、そのまま立ち上がって綾瀬に向かい合って言った。
「この『親睦会』は私と、桜庭生徒会長の思惑によって決行されたものでもあるんです!」
「な……、なんですって……!?」
綾瀬に衝撃走る。
その様子を見ていた鈴村は、手に飲み物を持ったまま呟く。
「……何やってんだお前ら」
「あ、徹、おかえり!」
「おう、大丈夫なのかよ咲良。かなりげっそりしてたけど」
「大丈夫! 徹が優しいから元気出た♪」
「お、おう……? それならいいんだけど……。とりあえず、これお茶ね」
「ありがと♪」
そう言うと、木下はとても嬉しそうにお茶を飲んだ。
鈴村は元気そうになった木下を見て安心したのか、少し離れたところにあった椅子に座って次に乗れそうなアトラクションが何かを調べていた。
一方、綾瀬は爪を噛みながら考えていた。
(この親睦会が、木下さんと、桜庭生徒会長の思惑で決行されたもの……? 木下さんが抱いてる鈴村君への気持ちは知ってるけど……、なんで桜庭生徒会長も……?)
綾瀬は一部理解できないでいた。
綾瀬は考えた。桜庭がどんな思惑を持ってこの『親睦会』を決行したのか。
初めて会った時の事。蒼碧祭の準備をしていた時の事。蒼碧祭で橘を撃退した時の事。
綾瀬は桜庭と共に立ち会った場面をいくつか思い出していたが、考えてもそれらしき答えは見つからなかった。
その様子を見て、木下は「ふふふっ……」と笑っていた。
「教えてほしいですか? 桜庭会長の思惑を」
「な、何ですか……?」
木下は人差し指を自分の口に当てながら言った。
「桜庭会長、飯田生徒会長のことが好きみたいなんですよ」
「な、な……、なんですってえええええ!?」
綾瀬に再び衝撃走る。
「……何度も思うんだけどそのリアクション何なの。周りの人めっちゃ見てるからやめてくれ。せめて生徒会室の中でやってくれ」
「あ、ごめん」
考え事をしていた鈴村は集中力が散漫になってしまったことに少し腹を立てたのか、二度も同じような反応をした綾瀬に対し冷ややかなツッコミをした。綾瀬はそれに少し委縮してしまう。
綾瀬は木下にコソコソと話しかける。
「そ、それってどういうことですか……!」
「聞いての通りです。桜庭会長、どうやら初めて飯田生徒会長に会った時に一目惚れしたらしいんですよね。柳副会長からも聞きました」
「……つまり、この『親睦会』は宮田先輩から飯田会長を、私から鈴村君を奪うためのものだと……?」
木下は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「ふふっ、それは秘密です♪」
「な、なんですかそれ……!」
木下はそのまま鈴村の元へ歩み寄り、「次どこ行こっか?」と鈴村の手を引っ張りながら言っていた。
(……やばい、思っていた以上に木下さんのアピールが強い……。このままだと……、負ける!)
綾瀬は負けず嫌いである。
常に鈴村とゲームで対決をし、そのたびに敗北していたため、負けることが嫌いになっていった。
だからこそ、この木下からの宣戦布告は逆に綾瀬への動力源にもなった。
(私の鈴村君を……、取られてなるものですか……!)
その強い覚悟と共に、綾瀬は木下と鈴村を追いかけた。
と、その時。
鈴村のスマホに着信が入る。
「あれ、電話だ」
「誰から?」
綾瀬が問う。
「え、柳副会長からだ……。珍しいな。俺ちょっと出てくるわ」
「うん、わかった」
そう言って、鈴村は綾瀬、木下から離れた。
~~琴原班視点~~
(はぁ……。結局鈴村君とは一緒に行動できず仕舞いでした……)
琴原は一緒に周るグループが決まったあと、やり直しを桜庭に提案したが、桜庭はこれを即刻拒否した。
理由は単純明快。この時点で既に桜庭にとって理想のペアリングが出来上がっていたからである。
ここから再抽選となればチャンスは訪れなくなると考え、桜庭は琴原の提案を断っていた。
「あれー? ことちゃん、どうしたんスか? 具合でも悪いんスか?」
「こ、ことちゃん?」
「あ、この呼び方嫌だったスか? うち、呼び方には結構拘ってて、生徒会長とか副会長とかそういう慣れなれなしい呼び方したら失礼な相手にはあだ名つけないんスけど、そうじゃない人には距離感詰めるためにあだ名つけてるんスよ」
「あ、なるほど、あだ名だったんですねそれ」
「あんまあだ名とかで呼ばれたりしないんスか?」
「うーん、そうですね。大体後輩の生徒からは『琴原先輩』って呼ばれますし、先輩方からは普通に『琴原』と呼ばれますし……、仲のいい人くらいしか私のことを名前では呼びませんね」
「そうなんスねー。ま、今回はあくまでお互いの親睦を深めるのが目的ッス! うちらも親睦深めていきましょーよー」
「え、えーっと、じ、尽力します」
琴原は柳に頬をすりすりされながら言った。
「で、なんで元気なかったんスか?」
「……そう見えました?」
柳は琴原の顔を見て言った。
「バレバレッスよ。親睦会が決まった時あんだけ楽しみそうにしてたのに、今はどんよりしてる感じがしたッス。今のことちゃんは全然楽しそうに見えないッスよ。何かあったんスか?」
「えっと、それは……」
「……もしかして、鈴村っちにフられたのが原因ッスか?」
「…………っ」
琴原は自分の悩みを言い当てられて言葉に詰まってしまった。
「……それも、『未来予知』で見たんですか?」
「見てないッス。これはうちの直感ッスよ。尤も、直観というより『女の勘』が正しいッスけどね」
柳は少しどや顔で言う。
琴原は暗い顔をして口を開いた。
「……鈴村君にフられたことはもう受け入れてます。問題なのは、今日のグループ分けで、鈴村君と一緒の班になれなかったことです」
「……なるほど。ここで鈴村っちと同じ班になって、もう一度アタックするチャンスを狙っていたってことッスね」
「まあ、そんなところですね」
琴原は笑っていたが、その心は悲しみに染まっていた。
その様子を遠坂が見て言う。
「なるほど、グループが決まった瞬間に桜庭会長に猛抗議してたのはそれが理由だったんですね。合点がいきました」
「え、えーっと……」
「あ、ごめんなさい。ちゃんと面と向かって話すのはなんだかんだ初めてでしたね。青海学園高等部生徒会会計、遠坂湊と言います。蒼碧祭では鈴村くんと合同で出し物やってました」
「あ、そうだったんですか。私は緑ヶ丘学園高等部生徒会書記、琴原みどりです。よろしくお願いします」
お互いは今さらながら丁寧に挨拶をした。
遠坂は「それでですね」と話を続ける。
「鈴村くんたちと一緒に喫茶店やってて思ったんですが、やっぱりあの二人はお似合いです。息ピッタリでしたし、喫茶店の回転率がよかったのも、あの二人がいたからこそだと思いました」
「……そうですか」
遠坂は琴原に強烈な一撃を与えた。
「……でも、鈴村くんと綾瀬さんがあれほど息ピッタリになれたんです。たぶんですけど、琴原先輩も同じことができると思いますよ」
「ど、どういうことですか?」
「キャンプファイヤーの件は木下から聞きました。あの日、鈴村くんは綾瀬さんか琴原先輩か、どちらと付き合うかを決めたんですよね」
「……はい」
「まあ正直、二人の女性と同時に付き合うという選択と取った鈴村くんはすごいと思います。普通そんなこと、生半可な気持ちで選ばないですから。それなりの覚悟で決めたんだと思います」
「それは、鈴村君からも聞きました」
遠坂は「でもですね」と続ける。
「鈴村くんは綾瀬さんのことを選んだ。でも、それもそれなりの覚悟で決めたはずです。琴原先輩のことも考えたうえで決断したことなんですよ」
「何が言いたいんですか……? からかってるんですか?」
「うーん、伝わらないものですね……。つまりこういうことです」
遠坂は琴原の目を見て言った。
「綾瀬さんと息ピッタリにできたのであれば、琴原先輩のことを同じくらい思っていた鈴村くんであれば、琴原先輩もそれくらいのことができるってことなんですよ」
「…………?」
琴原は未だ理解できないでいた。
「つまりですね。確かに鈴村くんの中でお二人に優劣があるのは事実です。ですが、今ここで諦めたらダメってことですよ。悩んだということは、それでもなおまだ、鈴村くんは琴原先輩のことを思ってるってことです。琴原先輩が諦めるにはまだまだ早すぎるってことです」
「……そういうものですかね」
琴原は半信半疑で聞く。
「その通りッス! 湊っちの言う通りッスよ! 諦めるのはまだまだ早いッス!」
「で、でも、私にまだチャンス、ありますかね……」
「琴原先輩。人生いくらでもチャンスは巡ってきます。巡ってくるだけでなく、チャンスは自分から掴みにもいけるんですよ」
「……え?」
遠坂はにっこり笑いながら言った。
「琴原先輩が鈴村くんのことをまだ諦めていないのなら、鈴村くんが綾瀬さんを選んだとしても、気持ちを伝え続けていくべきです。そうでないと、そのうち本当に、鈴村くんの中から琴原先輩が消えていきますよ」
「………………それは…………」
琴原は唇を噛みしめた。
「……それは、嫌です。今以上に耐えきれません」
「そうでしょう。と、いうわけで。事情を知ってる俺と柳副会長で一つ作戦を思いつきました」
「作戦?」
柳はその遠坂の言葉を聞いてスマホを取り出して言った。
「今から鈴村っちを呼び出すッス。ちょっと待っててくださいッスー」
「え、ちょ、呼び出すってどこへ?」
「もちろん、ここですよ」
「…………ここって……」
遠坂は辿り着いた場所を指さした。
琴原はこの場所にはあまり近づきたくなかった。
「その通り。この遊園地名物、『お化け屋敷』です」
その遠坂の顔はとても笑顔だった。
「ま、まさか、ここに私と鈴村君の二人で、入れ、ってことですか……?」
「俺と柳副会長は別行動します。鈴村くんは適当な理由をつけてここに来てもらいます。あとは、琴原先輩の番ですよ」
「そ、そううまくいきますかね……? グループ分けも決まったわけですし、そう簡単に別行動してくれるとは……」
と言ったのも束の間、奥から全速力で鈴村が走って来た。
「ハァッ、ハァッ、だ、大丈夫ですか、琴原先輩!」
「す、鈴村君!?」
「……ほらね、来たでしょ」
遠坂はニヤっと笑った。
「あれ、琴原先輩随分元気そうじゃ――」
鈴村は琴原の顔色を見てそう言うが、それを柳が遮った。
「実はッスねー。このお化け屋敷にことちゃんが入りたいらしいんスけど、うちら二人とも怖くて入れなかったんスよ」
柳の嘘に、遠坂は「うんうん」と頷きながら話を聞いていた。
「そこで、鈴村っちなら入ってくれるかなと思って呼んだ次第ッス」
「……柳副会長、さっき電話で言ってたことと全く事情が違うんですけど」
「細かいことは気にしないほうがいいッス! さ、お二人で行ってきてくださいッス!」
そう言って、柳と遠坂は琴原、鈴村の背中を押してお化け屋敷に入れようとした。
「え、ちょ、遠坂君!? なんでこんなことすんの!?」
「まあまあ、これも一つの仕事ってことだよ」
「何の仕事!? ち、力が強い!」
遠坂は強引に鈴村をお化け屋敷の中に入れた。
「……さ、あとは琴原先輩が頑張る番ですよ」
そう言いながら、遠坂は琴原をお化け屋敷へ案内するような仕草をして言った。
琴原こそお化け屋敷は怖くて苦手だったが、意を決して行動した。
「……わかりました。私、行ってきます」
『いってらっしゃーい』
こうして、琴原は急遽、鈴村と二人きりでお化け屋敷に入ることになった。




