⑤頑固と意地悪と
「まさかこんなことが起こるなんて……」
ルゼが肩を落として嘆く。ヤクは先ほどのルゼの言葉を思い出して尋ねた。
「ミュレット先輩の猛獣が突然暴れ出した理由って、何かないんですか?」
「俺はミュレットほど猛獣に詳しくないから、正直よくわからないんだ。けど……」
ルゼは顎に手を当てて続けた。
「もしかしたら、誰かに仕組まれたのかもしれない」
「仕組まれたって……どういうこと⁉︎」
「猛獣たちは外の小屋で飼われているんだ。外とは言っても俺たちの部屋は一階の突き当たりだから、その小屋とは壁一枚隔てているだけなんだが。だから普段は小屋に誰かが近付けば俺たちが気付くんだけど、今日は二人とも医務室にいたから……」
「その隙に誰かが小屋に入り、猛獣を出して暴れさせたということか。小屋に鍵は付いていないのか?」
ベスティが尋ねると、ルゼはため息混じりに答えた。
「一応付いてはいるけど……ミュレット、よく掛け忘れてるからなあ……」
やはりミュレットにも責任の一端はあるんじゃないかとシキは思ったが、口には出さなかった。ヤクがパッと顔を上げる。
「つまり、小屋をこっそり開けた人を見つければミュレット先輩への疑いはなくなるってことだよね。よし、僕たちで……」
「ちょっと待てよヤク!」
シキはヤクの言葉を遮ると、腕をぐいと引っ張って声を顰めた。
「お前まさか、いるかもわからない犯人探しのために時間を捨てる気か?」
「いるよ!だってミュレット先輩がずっと飼っていた子が、いきなり暴れ出すはずないもん」
「それだよ。お前、ミュレットに肩入れしすぎなんじゃないのか?」
シキの言葉に、ヤクはびっくりして目をぱちくりとさせた。
(無自覚だったのか)
シキは内心ため息をついた。元々ヤクは人懐っこい性格ではあったが、どうもミュレットには一段と懐いているようだった。手当てしてもらったのがそんなに嬉しかったのか何か別の理由があるのかは知らないが、シキは無条件にミュレットを支持する気にはなれなかった。
「王家と、何か関係があるのか?」
ヤクは息を呑んでシキを見やったが、すぐに首を振った。
「ち、違うよ。そもそも僕、王家と関係ないし……」
シキも、ミュレットのような下級貴族が王家と関わりがあるなどと本気で考えたわけではない。ただの意地悪である。だが、ヤクは意外と頑なだった。
「そうじゃなくて、何も悪くない人が責められるなんておかしいでしょ?責められた人はとっても嫌な気持ちになるよ。もし本当に先輩が悪かったならそれでいいよ、でもそうじゃなかったら止めないと」
冤罪をかけられたあの入学式の日のことを思い出したのだろうか、その瞳が翳ったのを見て、シキは咄嗟に反論することができなかった。
「シキくんも手伝ってよ!シキくんが手伝ってくれればすぐだよ!お願い!この通りだよっ!」
ぱちんと手を合わせて懇願してくるヤクに、ついにシキは折れた。
「わかったよ……やればいいんだろやれば」
「ありがとう!ルゼ先輩、きっと僕たちでミュレット先輩を助けるから、心配しないでね」
「ありがとう二人とも……。頼りにしてるよ」
二人の肩に手を置くと、ルゼはいくらか表情を和らげて頷いた。ヤクもまた、にっこり笑って頷いてみせる。
(……?)
不意にぐらりと眩暈がして、シキはよろめいた。あたりの音が遠のいて視界が急速に狭まっていく。
「シキくん!?」
「大丈夫か!?」
ヤクが何やら叫んでいるのが遠くで聞こえたが、すぐに曖昧になって耳鳴りに溶け込んでしまった。
(なぜ……久しぶりに特能を使ったから……?それとも……)
思考が回りきらぬまま、シキの意識は途絶えた。




