Ⅳ 進軍
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
1219年、春。
アウラガ。
遼舜は、また家族に別れを告げていた。
「行ってくる」
「気をつけてね」
星歌が遼海を抱いている。
遼海は、もう六歳だった。
「父上」
遼海が言った。
「今度は、どこに行くの?」
「ホラズムだ」
遼舜が答えた。
「遠い、西の国だ」
「いつ、帰ってくるの?」
「...分からない」
遼舜が正直に答えた。
「でも、必ず帰る」
「うん」
遼海が頷いた。
「待ってる」
遼舜は、遼海の頭を撫でた。
そして、星歌を抱きしめた。
「無事で」
「ああ」
遼舜は、馬に乗った。
(ホラズム...)
(どれだけ、長い戦になるんだろう)
広場。
チンギスが、全軍を集めていた。
二十万の大軍だった。
モンゴル史上、最大の軍勢だった。
「諸君」
チンギスの声が響く。
「ホラズムが、我らの商人を殺した」
「使者を殺した」
「これは、許されざる行為だ」
兵たちが、怒りに震えた。
「今日より、ホラズムを滅ぼす」
「イナルチュクを捕らえ、処刑する」
「ムハンマドを追い詰め、滅ぼす」
チンギスが拳を上げた。
「出陣だ!」
「おおおおお!」
二十万の兵が、雄叫びを上げた。
ゲルの中。
ボルテが、息子たちを呼んでいた。
ジョチ、チャガタイ、オゴデイ。
そして、トルイ。
トルイは、十四歳になっていた。
「母上」
トルイが言った。
「今回は、俺も戦に出ます」
「...そうね」
ボルテが微笑んだ。
「もう、大人ね」
「はい」
トルイが頷いた。
「兄たちのように、戦いたい」
ジョチが言った。
「トルイ、無理はするな」
「兄上」
「初陣だ。慎重に行け」
オゴデイも続けた。
「俺たちが、守ってやる」
「ありがとうございます」
トルイが頭を下げた。
チャガタイが、厳しい顔で言った。
「だが、甘えるな」
「戦場では、自分の身は自分で守れ」
「...はい」
トルイが緊張した顔で頷いた。
ボルテは、四人を見つめた。
「お前たち」
「はい」
「必ず、無事に帰ってきなさい」
「はい」
四人が、一斉に答えた。
出陣。
二十万の軍が、西へ向かった。
チンギスは、軍を三つに分けた。
「右翼は、ジョチとジェベとスブタイ」
「オトラルを避けて、北から回り込め」
「はっ」
三人が頭を下げた。
「左翼は、チャガタイとオゴデイ」
「オトラルを包囲しろ」
「はっ」
二人が頭を下げた。
「中央は、俺とトルイとムカリ」
「ブハラとサマルカンドを攻める」
「はっ」
トルイが緊張した顔で頭を下げた。
遼舜は、中央軍についていた。
(三方向から攻めるのか)
(チンギスの戦略は、いつも見事だ)
数ヶ月後。
モンゴル軍は、ホラズムの国境に到達した。
「見えたぞ」
チンギスが言った。
「ホラズムだ」
広大な大地が、広がっている。
オアシス都市が、点在していた。
「まずは、小さな街から落とす」
チンギスが命じた。
「恐怖を広めるのだ」
最初の街、オトラル近郊の小都市。
モンゴル軍が、包囲した。
守将は、ティムールという男だった。
「モンゴル軍が来た」
ティムールが兵たちに言った。
「だが、恐れるな」
「我らは、ホラズムの兵だ」
兵たちが、城壁に立つ。
だが。
モンゴル軍の攻撃は、凄まじかった。
投石機が、石を放つ。
城壁が、崩れる。
「くっ...」
ティムールが歯噛みした。
「持ちこたえろ!」
だが。
数日で、城門が破られた。
モンゴル軍が、雪崩れ込む。
「降伏する!」
ティムールが白旗を掲げた。
チンギスが、ティムールの前に立った。
「降伏を受け入れる」
チンギスが言った。
「だが、条件がある」
「何でしょうか」
「この街の民を、全員連れて行く」
「...!」
ティムールが驚いた。
「彼らを、兵士として使う」
チンギスが続けた。
「次の街を攻める時の、盾としてな」
「そんな...」
「嫌なら、全員殺す」
チンギスが冷たく言った。
「選べ」
ティムールは、震えた。
だが。
「...承知しました」
ティムールが頭を下げた。
街の民、数千人が連れて行かれた。
彼らは、次の戦いで盾にされることになる。
遼舜は、この様子を見て震えた。
(これが...戦か)
(民を、盾にする)
だが。
(これが、チンギスの戦い方だ)
遼舜は、記録を続けた。
オトラル。
イナルチュクが、報告を受けていた。
「モンゴル軍が、近づいている?」
「はい」
アジズが答えた。
「周辺の街が、次々と陥落しています」
「...」
イナルチュクは、震えた。
「総督」
アジズが言った。
「逃げましょう」
「いや」
イナルチュクが首を振った。
「俺は、この街を守る」
「ですが...」
「アジズ」
イナルチュクがアジズを見た。
「お前は、逃げろ」
「若い。生き延びろ」
「...総督」
アジズが涙を流した。
「分かりました」
アジズは、夜に脱出した。
数日後。
チャガタイとオゴデイの軍が、オトラルを包囲した。
六万の大軍だった。
「兄上」
オゴデイが言った。
「あの街に、イナルチュクがいます」
「ああ」
チャガタイが頷いた。
「父上の仇だ」
「必ず、捕らえる」
二人は、攻撃を開始した。
だが。
オトラルは、堅固だった。
イナルチュクが、必死に守っている。
「くっ...」
チャガタイが歯噛みした。
「落ちないな」
「時間がかかりますね」
オゴデイが答えた。
「ですが、必ず落とします」
ブハラ。
ホラズムの第二の都市だった。
チンギスとトルイとムカリの軍が、近づいていた。
守将は、ジャラール・アルディンの部下、アミールという男だった。
「モンゴル軍が来る」
アミールが兵たちに言った。
「だが、我らはブハラを守る」
「この街は、イスラムの聖地だ」
「簡単には、渡さん」
兵たちが、決意を新たにした。
だが。
市民の一人、バハードゥルが言った。
「守将、降伏しましょう」
「何を言う」
「戦っても、勝てません」
バハードゥルが続けた。
「周辺の街が、全て陥落しました」
「モンゴル軍は、強すぎます」
「...」
アミールは、迷った。
数日後。
チンギスが、ブハラに到着した。
「見事な街だな」
チンギスが呟いた。
「トルイ」
「はい、父上」
トルイが前に出た。
「お前が、攻めろ」
「...!」
トルイが驚いた。
「俺が、ですか?」
「ああ」
チンギスが頷いた。
「これが、お前の初陣だ」
「見せてみろ」
「...承知しました」
トルイが剣を抜いた。
ムカリが、横についた。
「トルイ様、私がお守りします」
「ありがとう、ムカリ」
トルイが攻撃を指揮した。
「投石機、前へ!」
若い声が、戦場に響く。
投石機が、石を放つ。
城壁に、当たる。
「梯子を立てろ!」
トルイが命じた。
兵たちが、梯子を立てる。
「登れ!」
モンゴル兵が、梯子を登り始めた。
ブハラ兵が、矢を射る。
「ぐあっ!」
モンゴル兵が倒れる。
だが。
トルイは、止まらなかった。
「続けろ!」
トルイの目が、光っていた。
チンギスは、それを見ていた。
(トルイ...)
(よくやっている)
数日後。
ブハラの市民が、城門を開いた。
「開門します!」
バハードゥルたちが叫んだ。
「降伏します!」
アミールが駆けつけた。
「何をする!」
だが、もう遅かった。
モンゴル軍が、雪崩れ込んだ。
トルイが、先頭で入った。
「降伏した者は、殺すな!」
トルイが命じた。
「ただし、兵は捕らえろ!」
モンゴル兵が、ブハラ兵を捕らえていく。
アミールも、捕らえられた。
チンギスが、ブハラに入った。
「トルイ」
「はい、父上」
「よくやった」
チンギスが笑った。
「初陣にしては、上出来だ」
「ありがとうございます」
トルイが頭を下げた。
だが、内心では嬉しかった。
(父上に、認められた)
グルガンジ。
ムハンマドが、報告を受けていた。
「ブハラが、陥落した?」
「はい」
宰相が答えた。
「トルイという若い将軍が、攻めたそうです」
「トルイ...」
ムハンマドが震えた。
「チンギスの末子か」
「はい」
「...」
ムハンマドは、恐怖を感じていた。
(モンゴルは、強すぎる)
テルケン・ハトゥンが言った。
「ムハンマド、サマルカンドを守りなさい」
「母上...」
「あそこは、首都に次ぐ重要な街です」
「失えば、国が終わります」
「...分かっています」
ムハンマドが答えた。
「すぐに、軍を送ります」
だが。
ムハンマドの心は、もう折れかけていた。
1219年の秋は、終わろうとしていた。
モンゴル軍は、ホラズムの各地を蹂躙していた。
オトラルは、まだ持ちこたえている。
だが、時間の問題だった。
ブハラは陥落し、次はサマルカンドだ。
トルイは、初陣を飾った。
遼舜は、記録を続けた。
歴史の証人として。
西への風が、激しく吹いていた。
レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!




