第90話:胸騒ぎの風
魔物の群れは討伐された。
複数の冒険者パーティが連携し、森からあふれ出た脅威を押し返したことで、オルフェンの街は安堵に包まれていた。
歓声。笑い声。酒場の灯り。
だが、その賑わいの裏で――
胸騒ぎは、静かに始まっていた。
オルフェンの街は、まるで祭りのようだった。
城門の外での激戦が嘘のように、人々は笑い、商人は声を張り上げ、酒場は満席だ。
「助かったよ!」
「さすが冒険者様だ!」
「今日は奢りだ!」
そんな声が飛び交う。
レオンは肩を回しながら苦笑した。
「大騒ぎだな」
フィオが頷く。
「まあ、街が守られたんだから当然よね」
レンは周囲を一通り確認し、肩の力を抜いた。
「後続の気配もない。完全に終わりだ」
セラも小さく息を吐いた。
「無事でよかった……」
酒場の扉が開くたびに歓声が上がる。
冒険者達が次々と祝福を受けている。
レオンはその様子を見て、ふっと笑った。
「それじゃ、家に帰るか」
「そうね」
フィオが頷く。
レンが続ける。
「廃村に」
「だな」
四人は街の喧騒から離れ、城門へ向かった。
守ったのはこの街だが、帰る場所は別にある。
蒼月亭。
あの廃村。
あそこが今の自分達の“家”だ。
城門を出ようとしたその時――
「おい!」
低く、よく通る声。
振り向くと、鎧姿の男がこちらへ歩いてくる。
ダリウスだった。
「ダリウスさん?」
レオンが目を見開く。
「どうしたんですか? なんか慌ててる様な?」
フィオも違和感を覚える。
いつも落ち着いている男の足取りが、今日は速い。
ダリウスは短く息を吐いた。
「王都を警備中に不審な奴がいた」
空気が変わる。
レンの目が細まる。
「問い詰めたら、クローディアの連中だった」
「……!」
セラが息を呑む。
ダリウスの目が鋭く光る。
「胸騒ぎがしてな。これからカイの所に行く所だ」
「ええ⁈」
フィオが思わず声を上げる。
レオンの顔から笑みが消えた。
「私達も急いで帰らないと」
レンが低く言う。
「村はリディアさんしか戦力はいない……もし……」
その言葉の続きを、誰も口にしなかった。
だが全員が同じ想像をしている。
蒼月亭が、再び狙われる。
レオンが強く頷いた。
「急ごう」
ダリウスが問う。
「馬は?」レオンが言う「ない!走る!」
ダリウスが言う。
「俺の馬に二人乗れ。残りは全力で走れ」
ダリウスがそう言った瞬間、レオンの頭はすでに戦闘を想定していた。
「待ってくれ!」
レオンが一歩前に出る。
「レンとセラを乗せてやってくれ!」
ダリウスが眉を上げる。
「理由は?」
「廃村に着いたら――レンはリディアさんと動いてもらう。索敵と奇襲対応だ」
レンが即座に頷く。
「了解」
レオンは続けた。
「セラは水魔法で消火だ。もし前みたいに火を放たれたら……蒼月亭が狙われる可能性が高い」
セラの目が真剣になる。
「わかった。最優先で火を止める」
フィオが歯を食いしばる。
「俺達は後から向かう!」
レオンも強く頷いた。
「前線はリディアさんとレン。守りはセラ。俺とフィオは突破された敵を潰す」
ダリウスが短く笑う。
「悪くない指示だ、若いの」
「時間がない!」
レオンが叫ぶ。
ダリウスは迷わず馬に飛び乗り、レンとセラを引き上げた。
「掴まれ!」
馬が地を蹴る。
土煙が舞い上がり、三人は一気に加速した。
残されたレオンとフィオは、互いに目を合わせる。
「全力だ」
「ああ」
二人は森へと走り出した。
呼吸が荒くなる。
だが止まらない。
(リディアさん一人じゃない)
(蒼月亭は、俺達の家だ)
夕暮れの森を、二組に分かれた影が駆け抜ける。
先行部隊――
リディアと合流するための即応班。
後続部隊――
突破された敵を叩くための殲滅班。
戦いは、まだ始まっていない。
だが布陣は整った。
そして全員の胸にあるのは同じ思い。
――間に合え。
森の奥に、蒼月亭がある。
ここで物語は一気に緊張へ。
オルフェンの勝利の余韻から一転、クローディア家の影が本格的に動き始めます。
ここから先は、
「間に合うかどうか」
が物語の軸です。
そして――
リディア一人でどこまで持ちこたえるのか。




