第79話 棺桶の中の忠誠
夜の戦いは、終わりを迎えようとしていた。
炎は上がらず、村は守られた。
仲間も、誰一人欠けてはいない。
だが――。
倒れた敵の沈黙は、勝利の静けさではなかった。
それは、“次”の訪れを告げる沈黙だった。
クローディア家の影は、まだ消えていない。
そして、その忠誠は――死をもって守られる。
最後の男が、膝をついた。
剣は折れ、呼吸は荒い。
周囲には、すでに倒れた仲間たちの影が横たわっていた。
森は再び静まり返り、風の音だけが残っている。
リディアはゆっくりと歩み寄った。
剣を構えたまま、距離を保つ。
「……誰の命令だ」
静かな声だった。
怒りではない。
確認だった。
男は顔を上げた。
血に濡れた口元が、歪む。
「……くく……」
笑った。
その目には、恐怖がなかった。
代わりにあったのは――誇りだった。
「クローディア家を敵に回したら……」
男は、ゆっくりと言った。
その声は弱々しいが、確かな意志があった。
「安心できるのは……棺桶の中しかないぞ……!」
レンが眉をひそめる。
「まだ仲間がいるのか」
男は答えなかった。
ただ、わずかに笑った。
その瞬間。
男の体が、びくりと震えた。
「……っ!」
口元から、黒い血が溢れる。
リディアの目が見開かれる。
「毒か!」
男の体が崩れた。
呼吸が止まる。
動かない。
レンは、すぐに他の倒れた敵へと視線を向けた。
確認する。
ひとり。
またひとり。
すでに――死んでいた。
「……同じだ」
レンが低く言う。
「全員……毒を含んでる」
自ら、命を絶った。
捕まる前に。
話す前に。
命令を守るために。
沈黙が落ちた。
リディアは、男の亡骸を見下ろしていた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
(……本気だ)
これは、ただの回収ではない。
警告でもない。
始まりだ。
彼女は顔を上げた。
「……戻る」
レンが頷いた。
二人は、蒼月亭へと向かった。
森を抜ける。
灯りが見える。
蒼月亭の前。
カイとミレーヌ、レオン達が待っていた。
カイが、すぐに駆け寄る。
「リディアさん!」
その声には、不安が滲んでいた。
「大丈夫ですか?」
リディアは頷いた。
「怪我はないよ」
その言葉に、カイの表情が少し緩む。
ミレーヌも、静かに息を吐いた。
レオンが前に出る。
「相手は?」
リディアは答えた。
「……多分、みんな死んでる」
その言葉に、空気が変わった。
「死んでる……?」
セラが呟く。
レンが続けた。
「聞き出そうとした男が、毒で死んだ」
フィオが目を見開く。
「毒……」
「他の奴らも同じだ」
レンの声は重かった。
「捕まる前に、自分で死ぬように仕込まれてた」
沈黙が落ちた。
カイは拳を握った。
「そこまで……」
ミレーヌが、静かに言った。
「……覚悟してたってことだね」
リディアは頷いた。
「いよいよ次は、本気で来るよ」
その声は、確信だった。
「間違いなく」
レオンが、剣の柄に手を置いた。
「また撃退すればいい」
迷いのない声。
だが――。
レンが首を横に振った。
「……次は、違う」
その言葉に、全員の視線が向く。
「もっと大多数で来ると思う」
現実的な予測だった。
数。
力。
準備。
今回の部隊は、あくまで様子見。
次は――確実に仕留めに来る。
沈黙。
誰も言葉を発さなかった。
だが――。
逃げる者は、いなかった。
カイが、小さく息を吸った。
そして、言った。
「……守ります」
誰に言ったのか。
わからない。
だが、その声には確かな意志があった。
ミレーヌが、彼の肩に手を置いた。
「一人じゃないよ」
リディアも、レオンも、レンも、フィオも、セラも、アリアも。
全員が、そこにいた。
蒼月亭は、もうただの宿ではない。
守る場所。
そして――守る者たちの場所。
森の奥で、風が鳴いた。
次の戦いは、近い。
今回の回は、「敵の覚悟」と「本当の戦いの始まり」が明確になった重要な転換点です。
暗殺部隊は敗北しましたが、彼らは“失敗した兵”ではありませんでした。
・捕縛される前に自決する覚悟
・情報を漏らさない絶対的忠誠
・クローディア家の組織力
これはつまり――
今回の部隊は「切り捨て可能な先発隊」でしかなかったことを意味します。
そしてリディアとレンは、それを正確に理解しています。
一方で重要なのは、蒼月亭側の変化です。
カイは「守られる側」から「守る側」へと意識が変わり始めました。




