第73話 蒼月亭の品、王都へ
エルフの長との正式な取引が成立し、蒼月亭は交易の拠点としての役割を持ち始めた。
次に動き出したのは行商人ロークである。
彼は、カイの修理した武器や防具を王都で売り、その価値を試そうとしていた。
それは単なる売却ではない。
蒼月亭の「修理」という技術が、外の世界で通用するかを確かめる最初の一歩だった。
朝の蒼月亭。
広場では、いつものように穏やかな時間が流れていた。
畑ではミレーヌが鍬を振るい、レオンは周囲の見回りを終えて戻ってくる。
酒場の扉の前では、カイが木箱を開き、中身を一つずつ確かめていた。
ナイフ。
短剣。
小型の盾。
どれも、ジャンク品として捨てられかけていたものを、カイが修理し直したものだった。
その時――
「準備はいいか?」
ロークが背後から声をかけた。
振り返ると、彼はすでに旅支度を整えている。
革の外套に、大きな背負い袋。
腰には短剣。
いつでも出発できる姿だった。
「はい」
カイは頷いた。
「これを持っていってください」
そう言って、木箱の中の武器と防具を差し出す。
ロークは一つずつ手に取った。
ナイフの刃を指でなぞる。
盾の縁を叩く。
短剣の重さを確かめる。
「……いいな」
その一言には、確かな評価が込められていた。
「これなら、十分売れる」
カイは少しだけ安堵した。
「これを売ったお金で、ミレーヌさんに頼まれたものを購入してください」
ロークは頷いた。
「任せてくれ」
ミレーヌが近づいてきた。
「助かるよ、カイ」
その言葉に、カイは少し照れながら答えた。
「蒼月亭の修理屋ですから!」
ミレーヌは思わず笑った。
「頼もしいねぇ」
その笑顔は、誇らしさに満ちていた。
ロークは武器と防具を丁寧に布で包み、背負い袋へ入れた。
その動きには、商人としての慎重さがあった。
「まずは王都で試してくる」
彼は言った。
「蒼月亭の品が、どこまで通用するか」
カイは静かに頷いた。
自分の修理が、外の世界でどう評価されるのか。
それは不安でもあり、楽しみでもあった。
ロークは続けた。
「戻って来たら、エルフの製品も購入させてくれ」
ミレーヌは腕を組みながら頷く。
「わかったよ」
「長には話しておく」
ロークは小さく笑った。
「助かる」
彼は背負い袋を持ち上げた。
重さはある。
だが、それは希望の重さでもあった。
外へ出ると、馬が静かに待っていた。
レオンたちが連れてきた馬――蒼月亭で共有する、大切な移動手段だ。
ロークはその背に荷を括り付ける。
「気をつけて」
ミレーヌが言った。
「ああ」
ロークは答える。
「すぐに戻る」
カイも頭を下げた。
「お願いします」
ロークは彼を見た。
「お前の技術は、本物だ」
その言葉に、カイの胸が熱くなる。
「証明してくる」
ロークはそう言って、馬に乗った。
手綱を握る。
そして――
ゆっくりと歩き出した。
山道の向こうへ。
王都へ。
蒼月亭の未来を運ぶために。
広場に残った三人は、その背中を見送った。
ミレーヌは静かに言った。
「始まったね」
カイは頷いた。
「はい」
黙ってロークの背中を見ていた。
蒼月亭の修理。
エルフとの取引。
そして、外の世界との繋がり。
すべてが、少しずつ動き始めていた。
第73話では、ロークが蒼月亭の武器と防具を持ち、王都へ向かうことになりました。
これは単なる売却ではなく、
カイの修理技術が外の世界で認められるかを試す重要な一歩です。
蒼月亭は、宿であり、修理屋であり、そして交易の拠点として成長し始めています。
ロークが王都で何を見るのか。
蒼月亭の品は、どのように評価されるのか。
その結果が、新たな未来を切り開いていくことでしょう。




