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第70話 蒼月亭の品は世界へ

蒼月亭を拠点に商売を始めたいと申し出た行商人ローク。

ミレーヌとの話し合いを終えた彼は、次に修理屋カイのもとを訪れる。


王都の鍛冶屋が閉じて以来、武器の品質は目に見えて落ちていた。

だが、ロークはすでに知っている。

この廃村に、失われつつある“本物の技術”を持つ修理屋がいることを。


それは、蒼月亭がただの宿ではなく、

武器と物資の流れを変える「始点」になる可能性を意味していた。

蒼月亭の広場の隅で、カイは短剣の刃先を砥石に当てていた。

一定の角度を保ちながら滑らせるたび、金属の澄んだ音が静かに響く。


そこへ、ロークがゆっくりと歩み寄ってきた。


「いい手つきだな」


カイは顔を上げる。


「あ、ロークさん」


「ちょっといいか?」


「はい」


ロークは、修理を終えたばかりの短剣を手に取った。

光の反射を確かめ、重さを測るように軽く振る。


「……なるほどな」


感心したように、低く呟いた。


「何か、問題ありましたか?」


カイが少し不安そうに尋ねると、ロークは首を振った。


「いや、逆だ。出来が良すぎる」


そう言って、刃先を陽にかざす。


「王都の武器屋に並んでる品より、こっちの方がずっといい」


「え……」


カイは目を瞬かせた。


ロークは続けた。


「王都は変わった。あの鍛冶屋が閉まってからな」


カイの胸が、わずかにざわつく。


「……オヤジさんの店、ですか」


「ああ」


ロークは頷いた。


「表向きは何も変わってない。店はあるし、武器も売ってる。だが中身は別物だ」


短剣を指先で弾く。


「芯が甘い。仕上げが浅い。見た目だけ整えてる品ばかりだ」


その言葉には、商人としての冷静な評価が込められていた。


「だが、お前の修理品は違う」


ロークはカイをまっすぐ見た。


「芯まで整えてる。流れを戻してる。これは“直してる”んじゃない。“蘇らせてる”」


カイは何も言えなかった。


ただ、自分の手を見つめる。


煤に汚れ、小さな傷がいくつも刻まれた手。


「……対抗できると思いますか?」


思わず、口から言葉が漏れた。


ロークは即答した。


「十分だ」


迷いのない声だった。


「むしろ、お前の方が上だ」


カイの胸の奥で、何かが静かに灯る。


ロークはさらに続けた。


「だから提案がある」


腰の袋から、小さな革帳を取り出した。


「これから俺が各地を回る。王都だけじゃない。ヴァルディア、オルフェン、もっと遠い街もだ」


帳面を開く。


「そこで、ジャンク品を買ってくる」


「ジャンク品を……」


「ああ。捨てられた品、本来の価値を失った品、見捨てられた品」


ロークは笑った。


「だが、お前が直せば、商品になる」


カイは息を呑む。


「それを俺が売る」


「……」


「利益は分ける。お前は直す。俺は運ぶ。それでいい」


蒼月亭の広場に、風が吹き抜けた。


カイはゆっくりと頷いた。


「……お願いします」


ロークは満足そうに笑った。


「話が早くて助かる」


その頃、厨房ではミレーヌが棚を整理していた。


そこへ、ロークとカイが入ってくる。


「話はついたかい?」


「ああ」


ロークは頷いた。


「これから定期的に仕入れと売却をやる」


「そうかい」


ミレーヌは腕を組む。


「ちょうどいい。こっちも頼みたいことがある」


棚から紙を一枚取り出した。


そこには、いくつもの品名が書かれている。


「塩、香辛料、乾物、油、酢……」


ロークが読み上げる。


「欲しいものリストさ」


ミレーヌは笑った。


「畑で取れないものは、外から持ってくるしかないからね」


ロークは頷いた。


「武器の売却代金から、差し引けばいい」


「助かるよ」


ミレーヌは素直に言った。


「蒼月亭の料理は、材料が命だからね」


ロークは紙を折り、懐に入れる。


「任せろ」


カイが静かに言った。


「僕の修理が、役に立つなら嬉しいです」


ロークはカイを見た。


「役に立つどころじゃない」


にやりと笑う。


「これは商売になる」


蒼月亭の厨房に、新しい風が吹き込んでいた。


武器は外へ出ていく。

物資はここへ流れ込む。


流れが生まれ始めていた。


蒼月亭は、もはやただの宿ではなかった。


それは、技術と物資が交わる場所。

新しい交易の始点となり始めていた。

第70話では、行商人ロークと修理屋カイの正式な協力関係が描かれました。


王都の鍛冶屋の閉鎖により失われつつある「本物の武器」。

その空白を埋める存在として、カイの修理技術が外の世界へ広がり始めます。


また、武器の売却によって蒼月亭に必要な物資が流れ込む仕組みも整いました。


修理屋カイの技術は、もはや村のためだけのものではありません。

それは、世界の流れを変える力へと、静かに歩み始めています。


次回――

蒼月亭に、初めて“商人としての仕入れ品”が届きます。

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